姫路の不動産会社 エステート・リードのスタッフが、日々学び、考えたことを綴ります。

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2010年5月アーカイブ

相手の立場

 

先日のブログにも書かせて頂きましたが、私は人に自分の考えや気持ちを伝えることが苦手です。
自分では伝えているつもりでも、実際には10のうち5しか伝わっていない事も多々あります。
しかも、その場ですぐに気づくことが出来ず、後になってあの時もっと別の伝え方が出来ていれば・・・と後悔する事があります。

 
「女性はマナーで9割変わる」の本の中にこんなお話がありました。


感謝の気持ちを忘れない。

 


最近、上司に指導していただきながら、後輩に指導やアドバイスをさせていただく機会をたくさんいただいています。

今までは、自分が教えていただく立場でしたが、人に指導やアドバイスを
するのは、とても難しいです。
今までとは逆の立場になり、今まで見えていなかった上司の苦労や、私たちに
対する熱い思い、たくさんのみなさんの思いが見えてくるようになってきました。


 

イソップ物語 キツネとセミより

先日本屋さんで『転ばぬ先のイソップ物語』という、とてもおもしろそうな本を見つけました。
この本には、それぞれの時代に苦難を乗り越えて生き抜かれた賢者とよばれる人々の言葉と、人生のルールや法則をイソップ物語と交えながらのお話で、とても、読みやすく理解しやすかったです。
 

 

 

逃げない心作り

最近、よく自分を振り返る事が多くなりました。

今までも、日常ただ過ごすだけでなく、自分なりに考えながら過ごしてきたつもりでしたが、つもりの部分が多かったのか?と思い直す機会が増えてきました。というのも、入社させて頂いて、年数も経ってきて、新人さんが入社し、新人教育というところまでは、今まで上司がやって下さっていて、それが当たり前だと思って過ごしてきてましたが、違うなと思い出しました。

当然,先達の教えをこわなければいけない事が数知れずですが、先に入ったものが、自然と次にはいった人に、自分達が学んできたものを継承し、教えていく事、それが当たり前だなと思いました。   

そういう経験をさせて頂く中で、教えることで教わることが多い事への気づき、業務内容にしても、見直しと新規開拓への挑戦をさせて頂いていくと、自分と向き合わなければいけない場面が何度もあったからです。

いろいろ調べてる中で、あるHPから、心刺さるお話がありました。読ませて頂きながら、心が痛くなる思いでした。

 

毎日一度、自分を振り返る

 

先日、題名に惹かれ一冊の本を買いました。

何に惹かれたかというと、今、私の乗り越なければならない課題の一つに「習慣化する」という事があるからです。

 

『結果をきちんとる出せるの習慣術』 菅原圭さん著という本です。

100点満点の返事

 

最近、上司や先輩からたくさんのご指導を頂き、皆さんが多く本を読まれている現状に触れ、私自身も少しでも知識を増やしていきたいとの思いから、最近本をよく読むようになりました。本を読むという、きっかけを頂けた事を本当にありがたく思っています。

 

曖昧なぼかし言葉

私は、自分に自信がなく、曖昧な表現をしてしまうことが多々あります。
引き続き読ませて頂いている、櫻井弘さん著 『話す力が面白いほどつく本』に、今の私にヒントとなる“ぼかし言葉”という言葉の癖について書かれているところがありました。

 

「悟りがあるか?」

最近は、社内で先輩が後輩へと、色々なアドバイスやある意味教育という切磋琢磨している場面が多く見られてきました。

とても、良い雰囲気です。

和田裕美さんのメッセージで悟りとは「気づく」ということ  というお話がありました。

 

むずかしく考えない

 

 
私は、何か質問をされたり、上司から課題を与えて頂いた時など、相手に「よく、考えたね」と褒めて頂けるような答えを探そうとするクセがあります。そして、なぜか、考えているうちにどんどん難しい方向に進んでしまい、次第に考えることに疲れてしまったり、考えること自体を苦痛に感じてしまい、結局は答えが出ないままで終わってしまうことがあります。


考えや心を豊かにするために

 

この頃、よく思う事があります。

表現する力や、そのアイテムは絶対に必要だと……

 

重続は力なり

 

『重続は力なり』この言葉ご存知ですか?

初めて聞いた言葉なのですが、この言葉のすばらしさ、斎藤一人さんの世界にまたまた引き込まれていきました。

 

謙虚さがなくなる兆候とは

 『素心のすすめ』より、自分自身を振り返り、調整する目安になる14の項目があります。

これらを参考に自身の反省をしてみたいものです。

 

   
               

話を聞くほど得をする

  
先日、本屋さんに行った時以前、Rさんがブログで紹介して下さっていた本で本田直之さんの『面倒くさがりやのあなたがうまくいく55の法則』を見つけました。Rさんのブログを拝見させて頂いて、心に響く事がとても多く、すごく気になっていたので、思わず手にとって、パラパラと頁をめくっていくと、この本は絶対私にも必要だ!と思いすぐにレジへ持っていきました。

支えられている

 

相田みつをさんの詩には、とても深く考えさせられる所がたくさんあります。

過去に朝礼で発表させて頂いた内容と併せて、再認識の為にブログを書かせて頂きます。

 

決断と覚悟

決断に賭ける!覚悟を決める!!

 

吉村思風先生の本の中からの励ましのメッセージとも思える、そして、もう一度、冷静に自分を見つめ直そうと思えた 教えをお伝えしたいです。

 


決断とは、いろいろある選択肢の中から、
ひとつを選び出し、これだと決める。
そして、他のすべての選択肢を断ち切って捨てること。

 

人間として生まれた奇跡

先日、友人から「赤ちゃんが産まれた(^^)」と、とても嬉しい知らせがありました。
いつも明るく、周りを笑顔にしてくれる彼女は、
「自分が母親なんて信じられない!五体満足で元気に産まれてきてくれて、本当によかった。」
と言っていました。

あなたの顔に『○』はありますか?

 

   あなたの顔に○はありますか?

先日、「斎藤 一人さんのツキを呼ぶ言葉」清水克衛
という1冊の本に出会いました。

この本は、清水克衛が
 「斉藤一人さんの本は独特の
  言葉で語られていますから、
  逆に分かりにくいところもあります。
  身近にいる人間が一人さんの言葉を解説すれば
  もっとわかりやすくできるかもしれません。」
と思われて、書かれた本です。

時間の大切さ

 

 

私は最近、自分の時間の使い方について考えることがあります。
そして、先日のD先輩のブログの中でヒントを頂きました。


 「 自分で逃げているということが分かればいいのですが
   そんな自分を見ようともせず、向き合おうともせず、
   ただただ何気なく日々を過ごしてしまっている。  」


その中で特に「ただただ何気なく日々を過ごしてしまっている」
の言葉が、胸に残りました。
そして、私は日々何か意味、目的を持って一日を過ごすことができ
ているのだろうか、ただ何気なく、流れのままに一日を過ごしてい
ないだろうかと自分を振り返りました。

そんな思いの中、山形琢也さんの本を開いてみました。

 

~~~

  

その道のプロ

先週の朝礼は、『理念と経営』5月号を読んでの勉強会でした。

設問の一つで、《その道のプロ》より、カーレーサーの武藤 英紀さんのお話がありました。
武藤さんは、世界最高峰「インディカー・レース」で優勝に最も近いと言われている日本人ドライバーだそうです。

そんな武藤さんのお話の中で、心に残ったところの一つを書かせて頂きたいと思います。

 

ピンチはチャンス

 

 

以前ブログにも書かせて頂きました、いつも温かいメッセージを与えて下さる、五日市剛先生のピンク色の日めくりカレンダーから、とても嬉しくなるメッセージを頂きました。

   

出会いに感謝


 

昨日、後輩に一昨日上司や先輩方から何を学んで、何に気付き、何を反省したのかを教えてもらいました。
いつもなら、何ともいえない困った顔の彼女がいるのですが、昨日は、とても清々しいイイ顔をしていました。

 

 

 

『自分を正しく伝える』

 

最近、支店のRさんが『話す力が面白いほどつく本』というのを読んで、いろいろ勉強して、ブログを書いてくれてます。ちょうど、家で昔読んでた本とかを探していて『話す力の鍛え方』という本が出てきました。私が支店のRさんと同じ、20代前半くらいに他業種ですが、営業していた中で『話す』ということに悩んでいた時に買った本でした。話すことの難しさ、話すことの大事さ、表現することの大切さを学ぶために読んでたように思い出します。10年近く前に読んでた本を再度読み返してみて、改めて気づくことや、再認識することが多くありました。

~~~
 

感じ方

考え方ではなく、感じ方が人間を決定する
 

吉村思風先生の教えの中から、感性をどのように養うか次第で幸福感は違うという話があります。

 

意味や価値を感じてこそ人生、燃えてこそ人生、燃えるのは感性です。

愛も幸福も生きがいも考えるものではなく、すべて感じるもの、
理屈を超えたものです。

心から謝れる人

先日から他のブログでも書かせて頂いているのですが、
私は、今言葉の遣い方、発し方について、日々失敗しながらも、
皆さんに助けていただきながら、改善していっているところです。

 

今読ませて頂いている、
― 櫻井 弘さん 著 話す力が面白いほどつく本 ―  の中に、
これも自分に足りないところだと思う大切なところがありました。


~~~

 

死ぬほど努力する

 

 昨日、後輩がブログを書いたので校正して下さいとメールで原案を送ってくれました。
そして、「現実とブログの内容が伴ってないので…」と、なんとも言えない顔で申し訳なさそうに言っていました。

おそらく、素敵な人になりたい、みんなの教えやアドバイスを実行しなければと思って、頑張ってブログを書き続けているのだと思います。

 

自覚すべきこと

私は会話をすることが苦手で、自分の思っていることがうまく表現できなかったり、表現方法を間違って、相手の方を誤解をさせてしまったりします。

そんな私を見かねた先輩に、

「何か会話の勉強ができる本を買ってみたら?」

とアドバイスを頂き、最近、櫻井 弘さん 著

『話す力が面白いほどつく本』を買いました。

この本を読んでいると、自分が今まで目を逸らしてきたことや、いつも上司や先輩にアドバイスをいただくことが書いてありました。


 

新人教育

ただいま、新人教育に悪戦苦闘中です。
いろいろ調べていたら、同じ新人教育に関して書かれているページがありました。
かなり、長い内容ですが、新人に限らず、自分自身も考えていかないといけないテーマだと思いました。

 ~~~
自己本位で依存的、自分が周囲に与えている影響が分からない人っていますね。
 
自分本位なのに、依存している人 ・・・とは、随分矛盾しているように感じませんか?
確かに矛盾しています。

 だから自分が周囲に与えている影響も分からないのです。
彼らのいい分には硬直した態度と、明白で具体的な特長が観察できます。
 

 

自分を見直す

       ~Enko~

ここ最近、後輩を指導するに当たり、たくさんの気付きや学んだことがあります。

人を指導することは、難しいです。
今までの自分の甘さや相手に対しての思いやり、真剣さや本気が足りなかったことを痛感しています。


今、読んでいる本にこのような言葉があります…


   ”困った部下が上司を育てる” 

   やる気のない部下がいる

   アドバイスをしても、やる気にならない
   話を聞いても、やる気にならない
   怒っても、なだめても、やる気にならない

   自分にも何か原因があるかもしれない
   そもそも自分にやる気があるんだろうか
   仕事は疲れるものと思っていたんじゃないか
   夢を持ってワクワクしながら生きてきただろうか

   自分は「見本」になっているか

   やる気のない部下のおかげで、自分を見直すことができた
   部下のおかげで、やるきになった

      (「夢」が「現実」に変わる言葉  福島 正伸)
                  

運命をひらく小さな習慣

 ~IWA~

 先日、上司が1冊の本を貸して下さいました。

題名は『 運命をひらく小さな習慣 』です。


「遺伝子研究の権威 筑波大学名誉教授 村上和雄先生」
「世界一のエステティシャン 今野華都子先生」の対談が、一冊にまとめられているものです。

村上先生が書かれていることからどれだけ難しい内容なのかと、本を開くまで、少し気構えていました。
しかし、それは私の思い過ごしだったということにすぐに気付きました。
村上先生の話のなかに、「私たちは、宇宙や地球から身体を貸して頂いていて、生まれてきたことが奇跡であり、生きているだけでとてもありがたいことなのだ。そして、その感謝の心の持ち方によって遺伝子のオンとオフの切り替えができるようになり、一段階上のレベルの、新しい人間に進化できる可能性につながっているのだ。」という言葉があり、読んでいくにつれてお二人の世界の中に入り込んでいきました。

『お手本』をみつける

~Rie

私は、最近失敗することが多く、落ち込む日が続いていました。
その中でも、自分が謙虚になれていなかったことからの失敗が何度も続き、
上司に、
「先輩の○○さんだったら、どうするかな?と想像して動いてみたら?」
というアドバイスを頂きました。

いつもブログに書き勉強させていただいている、本田直之さん著 
“面倒くさがりやのあなたがうまくいく55の法則”の中に、
上司にいただいたアドバイスと似た内容のお話がありました。

~~~
― 面倒くさいから、『お手本』を見つける ―

苦境に立たされたとき、むずかしい判断を迫られたとき、いざというときに役にたってくれるのが、手本となる人(ロールモデル)の存在です。
自分の中で目標となり、行動規範となってくれるような人物をみつけ、常に意識すること。こうした人物を心の中に持っておくだけで、間違った道に進む確率が少なくなります。

優しい言葉

   ~Enko

先日、IMAさんやIWAさんが書いてくださった「言葉」についてのブログを読ませていただいて、自分の言葉はどうなのか…と考えさせられました。


IMAさんのブログの

「炎を息で吹き消すのは何とたやすいことだろう、
 その火を再びともすのは何と難しいことだろう。
 冷たい言葉は火を消し、優しい言葉は火をともす、
 言葉に縛られた夢はだんだん小さくなっていく。」

 冷たい言葉は火を消し、優しい言葉は火をともす
  
 本当にそうですよね。
 以前、Aさんに言った私の言葉を聞いて、 上司に

 「冷たいね」
 「相手の立場になってみて、さっきの言葉、すごく冷たいよ。」
 と言われたのを思い出しました。

学校と会社の違い

    ~EN~

最近、とっても楽しみな事があります。
うちのブログです。
みんなが、必死に考えて、感じて、その時の心情や学んだ事を、読んだ本を掲載してくれてます。
中身がどんどん濃くなっていく。
すごいな~ こんな風に感じてたのか~。こんな本を読んでるのか~。
などなど、たくさんの感性のおすそ分けを頂けて、ありがたいです。
ブログというアイテムを通じて、感性を高め、表現力を豊かにし、学んだ事をみんなで共有する。
ブログを通じて、学ぶ事がたくさんあります。
そのブログを掲載して下さってる、上司のMさんの陰ながらのご尽力にも本当に感謝です。
そもそも、ブログの立ち上げ、掲載がなければ、現状が無かった訳なので。
みんなの思いを伝える。その思いを感じ取る、そして学んでいく機会を頂けた事にまず感謝です。
ありがとうございます。
 
私自身も最近、みんなのブログや、他業種他社のブログ等いろいろ見させて頂いてる中で社員研修に関するお話がありました。またまた、なるほど~と思いました。
社員である自覚と、会社への思いやら、自己のあり方やら、あらゆる方面で勉強になりました。
『学校の勉強と会社の教育研修の違い』という内容のお話です。
 
~~~
学校の勉強と会社の教育研修の違い
 
学校は学ぶところ。
自分で好きなものを学ぶことができます。
成果は期待されません。
達成度は自分で計るだけ。
すべて自己責任です。
 
ところが社会に出ると学ぶだけではダメです。
必ず成果を期待されます。
明日から即成果を挙げて下さいとは言われませんが、長い目で見て成果を期待されます。
 
だから研修を受ける時にも心構えが必要です。
学んだり習得することが目的ではなく、成果を挙げて会社に還元することが目的です。
 
昔よく言われました。「学ぶのだったら、家で勉強して来なさい。会社は成果を出すところです。先輩や上司に教えていただくことは真剣に聞いて、いつか成果を出して下さい。」と言われたことが頭に残っています。
 
学校と同じように勉強されては困ります。
新卒でなくてもそのような雰囲気が残っている会社がたまにあります。
 
本当の勉強会になっているのです。
会社での教育研修は、成果がある程度見えているものに対して投資します。
やってもやらなくても成果が同じだったらやらない方が良いでしょう。
時間と経費がかかるだけです。
 
研修会をスタートする前にその辺りの説明も必要なのでしょう。
嫌々参加しているというのが顔に現れている人もいます。
 
就業時間中に研修会を開催することがどれだけのコストになるのか、そのことも理解して欲しいです。また、家で勉強できることや本・資料などで習得できることは極力、自分で努力して身に付けて欲しいです。何でもかんでも会社がやってくれると思われても困ります。
 
伸びる人は、自分から上長や先輩のところへ質問に行きます。
自分が足らない部分をどんどん補って行かれます。
 
つまり学校の勉強は受け身ですが、会社に入ると学ぶということは自分から積極的に欠けている部分を補って行くことだと思います。
 
だから形式は、勉強会や研修会などにとらわれず、自由に習得が可能です。
そうすると、本人の意識が一番大事になってきます。
 
何かを与えるのではなく、自主的に習得して行こうという姿勢を持たせることが大切です。
 
学校と会社の教育のあり方の違いを明確に。
 
~~~
 
ほんとにそうです。
会社は学校ではありません。
学校は、こちらから学費を支払って、物事を教えて頂きます。
会社は、仕事をしてお給料を頂きます。
でも、実際に会社で社会で学ぶ事は非常に多いです。
お給料を頂いて、学ばせてもらっている事に、気づいて、お給料を頂いている分、しっかり見合った仕事をして、積極的に学んで、会社に還元というか、お返ししていく姿が、あるべき姿だと再認識しなければいけません。
 
自分で積極的に問題を見つけて、解決する方法を考えて実践していく。
会社には教えてくださる人がたくさんいて、学ぶアイテムはたくさんあります。
そこに感謝して、どんどん自分の武器にしていかないと。
 
みんながブログに書いてくれてます。
どうなりたいのか?どうしたいのか?
 
せっかく感じて書いたブログ。
内容に沿った行動をしてかなければ!
自分で自分を追及していく事、向上心を以って追及していく事が大事ですね。
 
そして、温かい気持ち、感謝の気持ちを忘れない事が大事です。

最近感じていること

        ~  Maitoko~

 

 

最近社内では、新人さんや若者の教育に悪戦苦闘です。

その中で想う事……

そして、自分自身への沢山の学びがあります。

 

『自分を育てるのは自分』  と、つくづく感じます。

 

私の尊敬する感性論哲学者の吉村先生の本に励ましと、まさに今、起こっていることについての教えと思える言葉がありました。

 

 

「いつも目に愛の光を
人を感じさせるのは、言葉ではありません。
一番大切なものは、目つき・表情・態度です。
言葉では、どんないいことを言っても、目つき・表情・態度がその言葉に沿ったものになっていないと、人は感じません。
心が目つき・表情・態度に出るからです。

自分の愛は、決して相手が望んでいるような愛の形になっていないという自覚があると、相手を思う気持ちが目つき・表情・態度に現れ、相手は自分の愛をより深く感じとってくれます。

 誰もが、もっと愛して欲しい、もっとわかって欲しいという願いを持っています。

 誰もが、満たされない心を持って生きているのです。
お互いのその心情がわかれば、相手を思う気持ちが
目つき・表情・態度ににじみ出てくるのです。

「目は口ほどにものを言う」ではなく、口以上に本心を語ってくれます。
態度も表情も口以上に伝えてくれます。全身が語るのです。

 自分の心は、目つき・表情・態度に出るのです。
いつも目に愛の光を。」

 

 

このメッセージをどのように受け止めるかは、それぞれだと思います。

いくら素晴らしい言葉があっても、そこに 滲み出る愛を感じなければ、冷たいうわべだけの言葉になってしまうという事だとも思います。

 

私は、愛情深い、人間味溢れる 目つき・表情・態度、そして、心からの豊かな言葉を発することが自然にできるようになりたいと思います。

そうなるためには、まだまだ修行が必要だと思います。

具体的に自分自身を受け止めていかなければならないと思っています。

 

そこで、下記のような問いもありました。

【問い】
 

 人間が本物になっていくためには、誰から教えられたものでもない、
  誰から問われたのでもない、
「自分の問い」を持つ。その問いに答えるべく、いろいろ努力していく。
 そのことによってしか、本当の自分には到達できない。
 

・何を問うかによって、出てくる答えは決定される。
・「いかに在るべきか、いかに為すべきか、いかに成るべきか」という高度な理念への問いは、理性によって高められ、高度に人間化された人間的感性からしか出てこない問い。
・本質への問いが、人格の深さをつくる。
・理念への問いとは、「いかに在るべきか、いかに為すべきか、いかに成るべきか」であり、「人間にとって真実 の愛とは何か」「人間にとって本当の勇気とは何か」という問い。
・感性から湧いてくるもの

 

【人生における3つの問い】
1.将来どんな人間になりたいか?
2.将来どんなことをやりたいか?
3.将来どんな生活をしたいか?

 

常に自分自身に問いを発すること。

 

【理念への問い】
1.人間として、いかに成るべきか?
2.人間として、いかに為すべきか?
3.人間として、いかに在るべきか?

 

・大切なことは、問い続けること。答を持つことは大切。
「人間」のところを「父親・母親」や「経営者」「教師」などに置き換えて考える。
答えを持つことは必要である。
答えはひとつではない。固定するものでもない。
常にもっといい答えはないかと模索し続けることが大切なことである。

 

短所の自覚が、人間らしい謙虚な心を作るとあります。
短所をさらけだして「たすけてもらう」ことは、
長所を活かして「たすけてあげる」ことと同じくらい価値のあることなのです。

 

それは、人を輝かせる力・活人力なのです。

助けてもらうときは、自分の短所を声に出す、さらけ出すことが必要です。

「たすけてあげたい」と思われる人間になること。
たすけてあげるときは、だまってたすけてあげること。
たすけてあげる力をつけることも大切。
誰とつき合うかで長所や短所は変わります。
相手が気に入るところが長所であり、気に入らないところが短所。

長所も短所も固定されたものではありません。
短所を活かせば、活人力になる。

短所や欠点は、隠すべきもの、なくさなければいけないものと思っていませんか。
たすけてあげたいと思われるような人間になること。
短所があるから、謙虚になれる。
しかし、たすけてもらうだけでは、卑屈になってしまう。
長所を伸ばし、人のために活かす。
繰り返し、繰り返し、繰り返してやってみる。
できるまであきらめない。

繰り返し、繰り返し、繰り返して、「万策尽きた」
「これ以上できることはない」というところまでやる。
それでもあきらめず結果が出るまで挑戦する。

本当の失敗とは、自分があきらめた瞬間です。

失敗は、その問題を乗り越える必要な能力とは何かということを教えてくれる。
理性で考えると「これ以上やってもムダ」となる。
万策尽きたと思ったときでも、
「なにくそ!」と思えるかどうか。
理屈ではない。

失敗はない、すべて経験になる。

繰り返し、繰り返し、繰り返す。

万作尽きたと思っても、それでも繰り返すとき、眠っていた潜在能力が目を覚ます。

あきらめない限り失敗ではないのです。
失敗の連続は、成功への確率を増やしていくことです。

 

明日も素晴らしい一日でありますように!

本当の優しさ

 

投稿者 TAKASHI

 

先日、家に長らく置いてあった、『大切なことに気づく24の物語』を読みました。

 

この本は、「自分を成長させてくれる物語」「夢や仕事に情熱を与えてくれる物語」「人生と人間関係を変えてくれる物語」「家族、友人の大切さを教えてくれる物語」が書いてあります。

 

感動する話がとても多く、涙すると同時に考えさせられる事が多く書いてありました。

 

 

その中で、深く考えさせられた《白い運動靴》をご紹介したいと思います。

有名な話のようなので、ご存じの方もいらっしゃるかもしれませんが、宜しければお付き合い下さい。

 

《白い運動靴》

結婚式の決まった娘さんのお父さんは、義足をつけていました。

でも、娘の結婚式では、娘の手をとって式場に入りたいと思って歩行の練習を始めます。

しかし、娘さんはそんなお父さんの姿を婚約者に見せるのが嫌でした。

結婚式が近付くと、お父さんの練習はさらに熱心なものになって、どこからか白い運動靴を手に入れて歩行練習をしていました。


娘さんもお父さんの気持ちは理解出来るのですが、
「結婚式でお父さんが転んだらどうしよう…。その姿を見た嫁ぎ先の家族はどう思うだろう…。」

と考えて悩んでいました。

結婚式の当日、練習の成果もあってお父さんと歩くことが出来たのですが、フォーマルスーツ姿の父の足元が白い運動靴なのが、変に思われないかと気になって仕方がありませんでした。


それから数年後、お父さんが危篤という連絡を受けて、娘さんは病院に駆けつけました。

お父さんは娘さんの手を取りながら、「おまえは夫を大切にしなさい。お父さんは結婚式でおまえの手をとって式場に入る自信は正直に言うと無かった。

でも、おまえの夫が毎日のように訪ねて来てくれて励ましてくれて…。

転ぶと危ないからと、運動靴まで買ってきてくれたんだ。」と話しました。

娘さんは胸がいっぱいになって、何も言えませんでした。

 

 

本当の優しさを考えさせられました。

 


これを読んで感動すると同時に、自分の体裁ばかりを取り繕うことだけを考えていないだろうかと考えさせられました。

見返りを求めず、相手の事を一番に想う事が〈本当の優しさ〉なのでしょうか。

色々と<本当の優しさ>について調べてみましたが、明確な答えは得られませんでした。

ただ、ひとつ言える事は、<謙虚さ>が要となるのでは無いかなと思います。

朝礼で使う日めくりカレンダーの中にある、マザーテレサの言葉にもそれに近いものがありますのでご紹介します。

 

人は不合理 非理論 利己的です
気にすることなく人を愛しなさい

あなたが善を行うと利己的な目的でそれをしたと言われるでしょう
気にすることなく善を行いなさい

目的を達成しようとする時、邪魔立てする人に出会うでしょう
気にすることなくやりとげなさい

善い行いをしても、おそらく次の日には忘れ去られるでしょう
気にすることなくし続けなさい

あなたの正直さと誠実さとがあなたを傷つけるでしょう
気にすることなく正直で誠実であり続けなさい

あなたの作り上げたものが壊されるでしょう
気にすることなく作り続けなさい

助けた相手から恩知らずの仕打ちを受けるでしょう
気にすることなく助け続けなさい

あなたの中の最良のものを世に与え続けなさい
蹴り返されるかもしれません
それでも気にすることなく最良のものを与え続けなさい

 


この言葉も深く考えさせられますね。

相手を大切に想うからこその〈優しさ〉や〈思いやり〉を大切にし、それを感じ取り発信していけるような人になりたいなと思います。

努力の上に辛抱という棒を立てろ

 

投稿者 ENKO

 

先日「努力」というブログを書かせて頂いた後に、とても素敵な話と出会いました。

私に不足していた努力することと、継続すること。
継続することは、言いかえれば「努力の上に辛抱の棒を立てる」
ということであり、継続していくうえでのヒントをいただいたように思います。


「努力の上に辛抱という棒を立てろ」    タレント・桂小金治
  『致知』2003年10月号 特集「人生を支えた言葉」より
            
ところで、この頃(10歳頃)、
僕にとって忘れられない出来事があります。

ある日、友達の家に行ったらハーモニカがあって、
吹いてみたらすごく上手に演奏できたんです。
無理だと知りつつも、家に帰って
ハーモニカを買ってくれと親父にせがんでみた。

すると親父は、
「いい音ならこれで出せ」
と神棚の榊(さかき)の葉を1枚取って、
それで「ふるさと」を吹いたんです。
あまりの音色のよさに僕は思わず聞き惚れてしまった。
もちろん、親父は吹き方など教えてはくれません。

「俺にできておまえにできないわけがない」。

そう言われて学校の行き帰り、葉っぱをむしっては
一人で草笛を練習しました。
だけど、どんなに頑張ってみても一向に音は出ない。
諦めて数日でやめてしまいました。

これを知った親父がある日、

「おまえ悔しくないのか。
 俺は吹けるがおまえは吹けない。
 おまえは俺に負けたんだぞ」
と僕を一喝しました。続けて

「一念発起は誰でもする。
 実行、努力までならみんなする。
 そこでやめたらドングリの背比べで終わりなんだ。

 一歩抜きん出るには
 努力の上の辛抱という棒を立てるんだよ。
 この棒に花が咲くんだ」

と。その言葉に触発されて
僕は来る日も来る日も練習を続けました。
そうやって何とかメロディーが
奏でられるようになったんです。

      * *

草笛が吹けるようになった日、
さっそく親父の前で披露しました。

得意満面の僕を見て親父は言いました。

「偉そうな顔するなよ。
 何か一つのことができるようになった時、
 自分一人の手柄と思うな。

 世間の皆様のお力添えと感謝しなさい。
 錐(きり)だってそうじゃないか。
 片手で錐は揉めぬ」

努力することに加えて、
人様への感謝の気持ちが生きていく上で
どれだけ大切かということを、
この時、親父に気づかせてもらったんです。

翌朝、目を覚ましたら枕元に新聞紙に包んだ
細長いものがある。
開けて見たらハーモニカでした。

喜び勇んで親父のところに駆けつけると、

「努力の上の辛抱を立てたんだろう。
 花が咲くのは当たりめえだよ」

子ども心にこんなに嬉しい言葉はありません。
あまりに嬉しいものだかち、お袋にも話したんです。
するとお袋は

「ハーモニカは3日も前に買ってあったんだよ。
 お父ちゃんが言っていた。
 あの子はきっと草笛が吹けるようになるからってね」。

僕の目から大粒の涙が流れ落ちました。

いまでもこの時の心の震えるような感動は、
色あせることなく心に鮮明に焼きついています。

かつての日本にはこのような
親子の心の触れ合いが息づいていたんです。

~~~

一念発起は誰でもする。実行、努力までならみんなする。
一歩抜き出るためには、努力の上の辛抱という棒をたてるんだよ。

今までの私は、一念発起=あることを成し遂げようと決心する。
だけで満足してしまい、実行・努力したつもりになっていました。
つもりの結果で満足してしまったり、満足できなくても、自分はやったのに、なんで?と満足いかない結果を人のせいにしたり、物のせいにしたり、自分の努力不足を隠そう隠そうとしていたように思います。

何事も、実行→努力→辛抱 と取り組んでいけば、おのずと結果はついてくる。
「努力の上の辛抱という棒をたてる」=努力を継続すること、この言葉を心の奥に刻み込み、自分に負けそうな時や、努力不足を隠そうと周りのせいにする嫌な自分が出てきたときには、この言葉を思い出し、綺麗な花を咲かせていきたいと思います。

そして、もう一つ大切なこと、偉そうな顔するなよ。何か一つのことができるようになった時、自分一人の手柄と思うな。世間の皆様のお力添えと感謝しなさい。

私もついつい偉そうな顔をして、自分一人の手柄だと思ってしまうことがあります。
どんな出来事にも影で支えてくださるたくさんの方々のお力添えがあることを忘れず、感謝の気持ちをいつも心に持ち続けたいと思います。

いつもありがとうございます。

よしもと新喜劇から学んだこと

 

ゴールデンウィークのお休みを利用して大阪へ遊びに行ってきました(^^)

そして、皆さんよくご存知の、『よしもと新喜劇』を観覧してきました。

ゴールデンウィークということもあって、後方では立ち見をしているお客さんもたくさんいらっしゃり、客席は満員でした。
 

前半は漫才や手品、落語、後半が新喜劇という構成だったのですが、本当に、笑い声と拍手に包まれた、楽しい空間で、とても充実した時間を過ごすことができました。


プロの舞台を観覧させていただいて、そこから自分が仕事に活かすべきところを感じました。
勉強させていただいたことを2つ書かせていただきます。

一つは、『お客様中心での舞台』だったことです。

どの芸人さんも、お客様中心に“芸”をされていました。
今日のお客さんは●×※△■ですね~と、おもしろく表現したり、
観客の反応につっこみを入れたり、質問をしてオチをつけたり・・・
観客の反応を感じ取りながら“芸”をしていらっしゃいました。
表面に見えるものは、おもしろおかしく、時に強い口調で激しい言葉遣いでも、
ただ単に、自分たちを見せるための舞台ではなく、お客様に楽しんでいただく為の“芸”をしておられるという印象を受けました。
お客様中心に進んでいくので、観客との笑い声と、芸人さんの動きや言葉が一体になっている感覚がして、観客である自分も、とっても気持ちがよく、更に笑いの世界に引き込まれました。

そして、二つ目に感じたことは、芸人さんが、仕事を本当に楽しんでおられることです。
新喜劇でも、アドリブかな?と思うところがたくさんあったのですが、そんな一つの言葉や表情からも、真剣に演じていらっしゃり、更に観客である私たちと同じくらい、舞台を楽しんでいることが、本当に伝わってきました。
以前テレビで、芸人さんが舞台に立たれるまでには、下積み時代があったり、芸だけでは生活ができない為にアルバイトをたくさんしたり、“おもしろくない”と舞台で罵声を浴びせられたり・・・
辛いこと、苦しいことが、たくさんあるという場面を見たことがあります。
でもそれを乗り越えて、お客様が笑ってくださることに幸せを感じ、もっと笑ってもらって幸せを感じてほしいという強い想い持ち、努力を続けてこられたからこそ、その苦労や悲しみを“ネタ”にできるくらい、自ら仕事をも楽しめるのではないかと思いました。


私は、芸人さんと比べて、自分の仕事に対する姿勢を振り返ってみました。
弊社の経営理念の1つ目が、『お客様第一主義』という内容です。
そうであって当たり前なのですが、100%それができているだろうか?
お客様に対してだけでなく、社内でも、自分の言いたいこと、伝えたいことをばかりを考えてしまう時があり、相手の方が、どうしたらもっと喜んでくださるか、楽しんでいただけるか、気持ちよく、心地よく感じていただけるか・・・
そこに、真剣さが足りなかったのではないかと思い、反省しました。

そして、仕事が楽しくて仕方がない!というくらいの努力をしているだろうか?
壁にぶつかったり、失敗すると、落ち込んだり、負の空気になっている時が多々あります。
もっと真剣に取り組み、楽しめるように自分で自分を造っていかなければと思いました。
 

 

日々、勉強させていただいている日めくりカレンダーにも

職業のジャンルを問わない
仕事をすることによって報酬を得ている人は、
そのことによって、すでにプロである。
また、プロでなければならないはずである。    

というのがあります。
繰り返し勉強させて頂く事で、理解できているつもりでしたが、     
“仕事をさせていただく以上、プロでなければならない”という意識が欠けていたということ、やるなら自分が楽しめるくらい真剣に取り組むということを、今回の観劇で、改めて気付かせていただきました。

そして、新喜劇を見終わって、私が一番に思ったことは、「あ~楽しかった!また絶対行きたい!」 ということです。
きっと、芸人さんや、携わる方々の熱気や情熱を感じて、私だけでなく、来場された誰もが、そう思われたのではないかと思います。
 

私もお客様や、接する方々に、また来たい、また会いたいと思っていただけるような人になりたいと思いました。
そのためには、もっと相手への気遣いができて、求められている以上のことができるようにならないとダメだと強く思いました。
常にアンテナを張って、自分が目の前の方にできること、役に立てることを、もっと楽しみながら、わくわくしながらしていきたいと思います。

時間を大切にする

 

投稿者 RIE

 

 

私は、時間管理が苦手です。
気付いたら時間が過ぎてしまっていたり、
あれ?何をしていたんだろう?と思うことがあります。
昨日の自分、先月の自分、去年の自分、と比べてみて、
行ったり来たりで成長できていない部分が多くあります。

時間は皆に平等にあるはずなのに、
どうして自分は時間をうまく使えないのだろう・・・?

その原因のひとつではないかと思うことが、
以前から読ませていただいている、本田直之さん 著 
“面倒くさがりやのあなたがうまくいく55の法則”の中にたくさん書かれてました。


~~~

― (面倒くさいから)時間を大切にする ― 

たとえば子供たちは、8月の終わりになってドタバタと夏休みの宿題に取り掛かるのはどうしてでしょう?
理由はいろいろあると思いますが、最も大きな原因は「時間が無限に感じられること」でしょう。
子供にとって、40日以上もの休みは、まさに無限ともいえる時間です。
すると、宿題なんか「いつかできる」とか「そのうちやればいい」と考え、計画性が生まれません。
だから8月の終わりに慌てて宿題に取り掛かるのです。
有限であるはずの時間を無限であるかのように考えてしまうこと。
これは大人も陥りがちな錯覚です。
時間と同じく有限なものに、お金があります。
そしてお金のように目に見えるものであれば、毎月の給料でやりくりしていく方法をある程度は考えます。
家賃や光熱費はいくらで、どれくらいの貯金をして、食費と小遣いはいくらくらいにするかなど、お金のやりくりをまったく計算しない人など、ほとんどいないでしょう。
ところが、これが時間になると話が変わります。
大人も5年・10年・20年という時間を無限であるかのように考え、計画性をもてないのです。
そして、お金は稼ぐ(増やす)ことができますが、時間は増やせません。
一度過ぎてしまった時間は、二度と取り戻すことができません。
しかも無限に与えられているわけではなく、毎日確実に目減りしているのです。
だから、「お金を節約するために、時間をかける」という発想は、的外れだといわざるを得ません。
お金がもったおないから、本を読まない、飛行機や新幹線に乗らない、携帯電話を使わない。
これらはすべて、お金を節約する代わりに時間を浪費する行為です。
お金が節約できたと喜んでいる場合ではありません。
無駄な時間を過ごしていると、当然ながら成果をあげるのにも時間がかかります。
すると結局、周囲からの評価も受けられなくなって収入も増えず、お金の節約どころではなくなってしまうのです。
そこでわたしは、常に「時間を節約するためには、お金をかけてもいい」という意識を持って行動しています。お金なら、稼いで増やしていくことができます。
たとえば毎日1冊のペースでビジネス書を読むのも、近道を見つけて無駄な時間を過ごさないようにするための投資活動です。
いい本に出会うことさえできれば、本来なら5年・10年かけてようやく気付くような法則を、わずか数時間で手に入れることだって可能になります。
自己投資へのお金を節約することは、時間を浪費することにつながり、結局自分の価値を引き下げることにつながります。
時間とお金の価値を考え、「時間を節約するために、お金をかける」という意識を持ちましょう。

~~~

これを読んで、自分の時間に対しての意識の甘さをもっともっと謙虚に自覚しなければならないと思いました。
私は、時間を“無限”だとは思っていないつもりでしたが、“有限”であるという事の認識が不足しているのだと思います。
その事で、日々の業務の中でも、時間を無駄に使ってしまい、更には、自分だけでなく、周りの方々の時間も奪うことになり、迷惑をかけてしまっています。
本の中にある、夏休みの宿題のように「いつかできる」「そのうちやればいい」というように甘えてしまう気持ちがどこかにあった事も原因のひとつだと思いました。
前にブログにも書かせていただいた“即時処理”を実行しなければと改めて振り返り反省しました。
そして、時間は“有限”なのだという意識を強く持って、当たり前に“即時実行”ができるようになるまで繰り返し自分に言い聞かせて、身につけていきます。

更に、ハッとしたのは、
『大人も5年・10年・20年という時間を無限であるかのように考え、計画性をもてない』というところです。
自分が5年後、10年後、どうなっていたいのか?
それが明確になっていないから、そのための段階(来月はこれができるようになる。半年後には、1年後には・・・)がきっちり踏めていないのだと思いました。
先日のD先輩のブログでもあったように『自分がどうなりたいのか、どうしたいのかをしっかり考え、なりたい自分像をしっかり思い描き、 少しでもそこに近付けるように努力する。』
まさに、この意識をしないといけないんだと思いました。

自分の目標や、なりたい自分像は何か?
今は、気配りがきっちりできる女性、深い感性を持った女性などなど・・・、
と理想だけはたくさん持っていますが、どれも追いつけていません。
目標や、なりたい自分像がまだ定まっておらず、漠然としているせいかもしれません。
周りにいらっしゃる方々をお手本に、具体化し、少しでも近づけるように努力をしていきたいと思います。

そして、『自己投資へのお金を節約することは、時間を浪費することにつながり、結局自分の価値を引き下げることにつながる』というところでは、いきなり多額の自己投資をするのは難しくても、書いてあったように、本を読んで自分では気付けないことに気付き、行動できたら、すごく時間の節約になると思います。
有意義な意味のある自己投資をして、しっかり自分の力にしていけるよう、

まず自分にもできる、小さな習慣から変えていき、人生の限りある時間を大切にしていこうと思いました。

 

たったひと言の言葉への気遣い

 

投稿者 IWA

                  

言葉というものは難しく、そしてとても大事なものだと思います。
たったひと言がなかったばかりに、すべてを失ってしまうこともあれば、そのひと言があったおかげで、物事が順調に進みだすこともあると思うからです。

 

山形琢也さんの本の中で、そのたったひと言の大切さについて書かれている
 

「すべてが丸く収まる“たったのひと言”」というお話を読みました。


~~~

休みの日にデパートでエスカレーターに乗ったときのことである。

最近のエスカレーターは止まって乗る人が左で、右は急ぐ人のために空けるのがマナーのようになっている。
ちなに大阪は右と左が反対で、本当は真ん中に止まって乗るのがエスカレーターの故障を予防するためにも一番いいという話である。

それはともかく、そのデパートのエスカレーターも急ぐ人がおらず右側が空いていた。私の二、三人前の中年の女性が、あとから人が来ないのを確かめて右に出た。しかし、歩く気配はなく、止まっている。右側がふさがったわけだ。そこに、一人の若い男性が右側を急いで歩いてきた。そして、前をふさいでいる女性の前で 止まった。明らかにイライラしていた。それでも、一応何事もなく 次の階まで行ったのだが、その次の階へのエスカレーターに女性が同じように右側に乗ったためにケンカが起こった。
   
 

「おい、右側に乗って止まるな。バカヤロー、マナーを知らないのか!このババァ」

 

注意された女性は、この乱暴なものの言い方に、怒りを隠しきれず言い返した。

  

 「あなた、口のきき方というものがあるでしょ。失礼ね」
   
  

 「うるせえ、お前が悪いからだ」
   
 

それから売り言葉に買い言葉で、二、三の激しいやりとりがあった。それ以上争いはエスカレートすることはなかったが、少しばかり驚かされた。

何に驚かされたかというと、こんなことでケンカになうということ。
   

もうひとつは、若い男性の突然の激しい言葉である。
  

最近の若い人たちはキレやすいと言われるが、確かに現象だけ見れば、その通りであった。

  

しかし、そのとき、私は少し別のことを考えた。
   

キレやすいということもあるかもしれないが、あまりに手続きを省きすぎなのではないか、と。

たとえば、止まって乗る人はエスカレーターの右側を開けるのがマナーとなっているにしても、最初から怒鳴ることはない。
   
  

 「すいません、急いでいるので通してもらえませんか」
   
 

と、やさしく言えば、その女性はすぐ通してくれただろう。
   

それも、「すいません」とマナー違反を謝りながら。それで、トラブルは事前に回避されたはずなのである。
   
現代人はキレやすいというが、私は実際のところはわからない。
ただ、間違いないのは、相手の不注意やマナー違反に対して、段階を踏んで対応する人が少なくなったということだ。
つまり、ひと言やさしく声をかけるということをしない。
言葉の出し惜しみをしているのである。そして、突然、実力行使のような行動に出るのだ。そうなると、原因はつまらないことでも 双方が感情的になり、やり取りがエスカレートしていってします。


   〈 中略 〉

   
私も新宿である料理店に入ったとき、こんな経験をしたことがある。
隣の席に先客がいて、その人よりも私の注文が早く来た。
するとその先客は、
   
   

「私のほうが先なんですよ!」
   

と店員に怒ったのである。端から見れば、たかが料理一皿で大人気 ない、という感じがしないでもない。

しかし、よく考えれば、あとまわしにされた人は怒って当然なのである。

誰だって、自分よりあとに来た人の注文が先に出てきたら、自分が軽視されているような気分になる。

口には出さないにしても、「どうして先に注文した俺のほうが遅いんだ!」と思うのではないだろうか。注文を間違ったというような明らかなミスではないが、これはそういうミスよりも始末が悪い問題である。

店の立場からすれば、料理によっては早くできるものもあれば、時間がかかる料理のある。

だから   「お客様へ。ご注文いただいた料理によっては、お出しするものが前後することがこざいますが、ご了承ください」
   
と書いて張り出しているお店もある。
しかし、その店は、そういった ことわり書きがなかった。
それだったらなおさら、従業員が私の注文した料理を置く前に、先客にひと言 ことわっておくべきだった。

 

「申し訳ありません。お客様の料理は少し時間がかかります。いましばらくお待ちください」

と。それを言わないから  「私が先なのに」と文句を言われてしまうのだ。

やはりトラブルを事前に回避するには、言葉を惜しまないのが 一番なのである。たったひと言の労を惜しまなければ、たいていのトラブルは回避できるのだ。まさに「気くばり」のひと言になるのである。


~~~


 私はこの本を読んで「たったのひと言」の大切さを改めて教えて頂きました。

お話のなかにある、エスカレーターの若い男性は、右側は急いでいる人のために空けておくというマナーのもと、言わなくてもその女性は左へ寄るべきだという気持ちから、何も言わず、彼なりに我慢していたのだと思います。

しかし、とうとう爆発してしまいました。

彼からしたら、それまで我慢していた過程があるのでしょうが、他の人からは彼が突然キレたようにうつってしまっても仕方が無いと思いました。

彼は言葉の出し惜しみをしたばかりに、自分の価値を下げ、更に事態を悪い方向へ進めてしまったのだと思いました。

そして、料理店での注文順についても同じです。先に来られていたお客様へのたったひと言を怠ったばかりに、おきてしまったクレームです。

その人を思いやる言葉、その人への気配りがあれば、この問題はおきなかっただろうと思います。


私も「このくらいはいいだろう」とか「ここまで言わなくても」など、今まで自分の都合で物事を勝手に判断していなかっただろうか。相手の立場になって、相手を思いやる気持ちをもって言葉を発することができていただろうかと反省しました。

私のよくある失敗は、私が気付いてやらなければいけない仕事を私がなかなかやり始めないために、先輩方にさせてしまっていて、それを見て見ぬふりのような結果で、「すみません。先にこれをしてからやりますから、申し訳ないです。」というひと言ができていません。ちゃんと、伝えないと、先輩方がやっていることを平気な気持ちで知らん顔していることになっている。という現状だったりします。私のひと言の足りなさで、爆発させているかもしれませんし、爆発の一歩手前で我慢してくださっているかもわかりません。

社内での、報告・連絡・相談もそうです。

何かあったときに上司、先輩にひと言報告することは、難しいことでも、手間がかかることでもないのに、その簡単なことがきちんとできていただろうか。そして、私のために大事な時間を使って下さっている、上司・先輩に対してきちんと気配りのひと言が言えているのだろうか・・・。

他人事ではなく本当に気付いて発していかないといけないと思っています。
そのひと言があるのと、ないのでは、きっと相手の気持ちは天と地ほど違うと思いました。その人の立場になって、思いやりのひと言、気配りのひと言、そして感謝のひと言をきちんと伝えられる、気がきいた人になっていきたいと思いました。

言葉の使い方への心遣い

投稿者 IMA

コラムニストのジョーン・ウォルシュがなるほどと思ったポエムがあったので、ご紹介させて頂きます。

 

「炎を息で吹き消すのは何とたやすいことだろう、その火を再びともすのは何と難しいことだろう。
 冷たい言葉は火を消し、優しい言葉は火をともす、言葉に縛られた夢はだんだん小さくなっていく。」

 

このポエムはその人の生き方や生きる姿勢と言葉は密接な関係があることを、教えてくれているのだと思います。

 

生きる姿勢が端的にあらわれるのが、その人の言葉によって出てきます。


どんな言葉にも、それを発する人の「魂」が影のように寄り添っています。

 
つまり、言葉は、その人の人となりや生き方を表現するもっとも身近な存在です。

表情や身振り・手振りも「口ほどにものを」言ってはいる。しかし、やはり言葉はもっと直接的な分

だけ、それを耳にした人の心をも揺り動かしてしまいます。

 

言葉によって人は動き、言葉によって人は心を閉ざしてしまいます。
いったん口にした言葉は、それを聞いてる人だけではなく、周りのひとにも大きな影響を与えますので、私たちも言葉の使い方には気を使っていかなければいけません。

 


 老子の言葉にもこのような言葉があります。

 

    「言葉にこもる優しさ、それが自信を生む
     思考にこもる優しさ、それが奥深さを生む
     ほどこしにこもる優しさ、それが愛を生む」

 

優しい気持ちをもって、人に接する事で、その人の成長につながり、また思いやりのある人間になれますのでそういう、生き方をしていきたいと思いました。
自分自身の人格と人生を変えたいと思うのであれば、まずは優しい言葉を使うことを心がけたいと思いました。

小説『終末のフール』

 

投稿者 RIE

 

今回は、伊坂幸太郎さんの小説『終末のフール』を読んで感じたことを書かせていただきます。

この小説は、
“今日という日は残された日々の最初の一日”という言葉から始まります。

 内容は、「3年後に小惑星衝突を控えた地球」が舞台で、それぞれの年齢・立場・境遇での、
喜び、悲しみ、希望、怒り、葛藤が描かれているものでした。
それが発覚してから壊滅するまでの数年間の、人々の様々な姿や思いが書かれていました。
(小説の中では、地球があと数年で壊滅すると判明した時、ほとんどの人が仕事をやめ、治安が悪くなり、自分の欲のために動く人間の姿なども描かれていました。)

 

テーマが『生きる』という壮大なものでした。


その中で、心に残った所がありました。

小惑星衝突の発覚後も、その前と変わらず体を鍛え、厳しい練習をし続けた
キックボクサーのお話です。
(そのキックボクサーが雑誌のインタビューをされた時のやり取りです。)

~~~

ボクサー:   「数字で表せることに興味がないんですよ。

         数字苦手だったし。
         だから、何戦何勝何敗とか、あんまり意味が

         ないんです。

                  だいたい勝ち負けって、
         試合の結果だけじゃない。試合を観終わった

         観客の気持ちとか、俺自身の気持ちとか、

         そういうのも含めて、勝たないと。」

 

インタビュアー:「なるほど、練習は好き?」

 

ボクサー:   「嫌いで嫌いで仕方ないですよ。

         あんな苦しいこと好きな奴、いないです。」

 

インタビュアー:「でも、やっぱり負けたくないから自分に

         鞭打つわけだ」

 

ボクサー:   「というよりも、あのオヤジ(ジムの会長)が

         許してくれないですよ。

  
         でもとにかく俺は、いつも自分に

         問いかけるんですよ。」

 

インタビュアー:「問いかける?」

 

ボクサー:   「俺は、俺を許すのか?って。練習の手を

         抜きたくなる時とか試合で逃げたくなる時に、

         自分に訊くんです。

  
        『おい俺、俺はこんな俺を許すのか?』って」
~~~

 

そして、別の場面でも・・・
(キックボクサーが俳優と対談する場面です。)

~~~

俳優:     「もし、明日死ぬって言われたらどうする?」

 

ボクサー:   「変わりませんよ」(そっけなく)
 

俳優:     「変わらないって、どうすんの?」

 

ボクサー:   「僕にできるのは、ローキックと左フック

         しかにですから。」

 

俳優:     「それって、練習の話でしょう?というかさ、

         明日死ぬのに、そんなことするわけ?」失笑

 

ボクサー:   「明日死ぬとしたら、生き方が変わるんですか?
         あなたの今の生きかたは、どれくらい生きる

         つもりの生き方なんですか?
         できることをやるしかないですから。」
 
~~~


これを読んだ時に、共感と自分の甘さを感じました。
私は、自分の為の練習や勉強などをしているとき、
正直嫌になってしまうことがあります。
今日はいっか、と手を抜きたくなることがあります。
辛くて、逃げ出したくなることがあります。

 

でも・・・私だけじゃないんですよね。
場面は違っても、誰もが“自分”との戦いなんだなと思いました。

 

会社でいつも教わっていることですが、
“これでいいか、と自分に負けてしまったら、
傲慢になり、周りから置いてけぼりされてしまう”
というのはこういうことなんだなと改めて思いました。

 

 

そして、話の中にある、
『試合の結果だけじゃない。試合を観終わった観客の気持ちとか、俺自身の気持ちとか、
 そういうのも含めて、勝たないと。』
という部分は、自分に置き換えると、
物事の結果だけじゃない。見守ってくださる、応援してくださっている方々の気持ちや、
自分自身の気持ちにも勝たないと・・・ということになります。
自分に不満が溜まったり、自分を認められなかったりするのは
こういう思いが足りないからなのではないかと思いました。

 

そして、今自分はどこまで、いつまでやるつもりの取り組み方なのだろう?

定時まで?
今日という日が終わるまで?
次の休みまで?
できることを、精一杯、誠心誠意しているか?

『おい私、私はこんな私を許すのか?』

自分に問いかけながら、負けそうになる気持ちに打ち勝ち、
先日のD先輩のブログにもあった、
誠実な振る舞い、周囲に対して常に裏切ることのない信義を心がけ、実行していきたいと思います。自分自身との戦いで、変わらない姿勢をこの小説から学びました。

努力

投稿者 enko

努力し続ける。
今年の私の目標です。
好きな言葉であり、苦手な言葉でもあります。

 

「努力」の意味は…好ましい状態を実現するため、全力を傾けることを指す。

 

日々、朝礼やブログを書かせていただき、自分を振り返り、反省し、理想の人になるために頑張るぞ!と決意しても、その場だけの決意に終わり、継続できていない自分がいます。

 

例えば、毎日本を読む。毎日笑顔でいる。整理整頓をきちんとする。頼まれた仕事を期限までにする。同じ失敗を二度としない。大きな声でゆっくり話す。何事も素直に受け入れる。などなど、言葉で言うと簡単に思うのですが、そんな簡単なことが継続できていない。
またまた反省です。もちろん出来ている日もあるのですが…

 

なぜ、継続できていないのか?それは、自分の志がまだまだ低く、自分の弱い心・怠け心に負けてしまっているのだと思います。

 

「努力」を調べてみるとたくさんの素敵な言葉がありました。

一日だけ努力しても何も変わらない
毎日努力すると「すべてが変わる」
毎日の努力に勝る能力はない
毎日のつみ重ねが不可能を可能にする
毎日努力すると、なりたい自分になることができる

 

努力は必ず報われる。もし報われない努力があるのならば、それはまだ努力と呼べない

問題なのは 『できるかできないか』、ではなく、『やるかやらないか』 である。

 

競争は他人とするものではなく「昨日の自分」とするもの
本当の競争相手
それは、「昨日の自分」
昨日できなかったことを、今日できるようになるのが成長
常に成長し続ける者が最も強くなる
競争とは、自分の成長を楽しむこと
強い他人から学び、自分と競争すれば
成長という楽しみを、一生涯味わえる


 

とっても勇気づけられる言葉ばかりです。
上司によく言われる言葉「あなたは、どうしたいの?どうなりたいの?」
自分がどうなりたいのか、どうしたいのかをしっかり考え、なりたい自分像をしっかり思い描き、少しでもそこに近付けるように努力する。
毎日努力するとなりたい自分になる。
やってもやってもその努力が報われないのであれば、まだまだ努力不足。
一番手強い敵は「昨日の自分」「弱い自分」必ず昨日の自分に勝つ!!

 

まだまだ、ダメな私がいますが、Iさんが書いて下さったブログにもあったように、マイナスをプラスに変え、志を高く持ち、強い他人から学び、なりたい自分像をしっかりもち、努力をし続けたいと思います。

できない理由は、できる理由。自分に足りないものがわかったら、どうすればいいかが見えてきました。一つ一つ解決、努力していきます!!

マイナスをプラスに変える

 

投稿者 IWA                                  

 毎日の朝礼で活用させて頂いている4種類のカレンダーがあります。

どのカレンダーもとても素晴らしい言葉を教えて下さいます。

その中でも、いつも温かいメッセージを届けて下さるピンク色の

五日市剛先生の日めくりカレンダーがあります。

私はこのカレンダーがとても好きで、ちょうど5月2日の言葉が勇気付けられるものでした。


「 どんな人生にもね トラブルはあるものよ。
  だけど心配しちゃうとね 倍になっちゃうの。
  だから心配なんかしないで ハッピーにいこう 」

  イスラエルのおばあさんからの手紙に書いてあった言葉です。
  ある方の言葉を引用したものらしいです。すべてのトラブルの
  元凶は「心配」や「不安」に支配された心の働きによるもので
  はないかと思います。


 このカレンダーの言葉のように、仕事をしていくうえで、生きて

いくうえでトラブルや失敗は避けて通れないものなのだと思います。

それなのに、トラブルにあったとき、失敗をした時の私の行動は

格好悪いから、めんどくさいからとその事実からできるだけ目を

そらそうとしたり、見てみぬふりをしてしまっていたのではないか

と反省しました。


 

以前私が失敗をして、その内容を上司に報告させて頂いたときの

ことです、報告し終わった後にその上司からとても素敵な言葉を

教えて頂きました。

 

 「良かったね、これで一つ勉強できたね」

その時私は一瞬ポカンとしてしまいました。

そして、今まで失敗から逃げてきたことに対して、なんて

もったいないことをしてきたのだろうと心から後悔しました。


 

失敗やトラブルをマイナスのままで終わらせてしまうのも、

プラスに結びつけることができるのも自分次第なのだということ

を私はこの会社で学ばせて頂きました、といいますか

現在も学ばせて頂いております。


失敗をただ恐れるのではなく、二度と同じ失敗を繰り返さない

ためにも、なぜその失敗が起こったのかその原因を自身でじっくり

考え、反省して自分の考え方・行動パターンを改めていきたいです。

そして、マイナスなことが起こったとしても、それをプラスに変え

ていける人になりたいです。

母は絶対なり

投稿者 RIE

 

支店(エステサロン エクセレンス)には、20代~80代まで、幅広い年代のお客様がご来店くださいます。

今日は、いつもご来店くださっているTさんのお話をさせていただきます。
Tさんは70代でいらっしゃるのですが、年齢を感じさせない若々しさで、いつも自転車で颯爽とご来店されます。
そして、何よりいつも幸せそうなお顔で、ニコニコ、ニコニコ(^^)していらっしゃいます。

先日、ご来店された際に、Tさんの手作りのお菓子の差し入れを持ってきてくださいました。
箱を開けると、新緑のような抹茶の緑と、春らしい、淡いクリーム色の2種類のかわいい蒸しケーキが敷き詰めてありました。
本当に、Tさんのとっても優しい味がしました。
当店に足を運んで頂けることだけで、本当に感謝の気持ちでいっぱいなのですが、その上、このような心のこもった贈り物をしてくださる素敵な方で、私達も、心遣いを学ばせていただいております。

 

今読ませて頂いている修身教授録のなかに、『母は絶対なり』という項がありました。

~~~~~~

そもそも物事というものは、すべて比較をやめた時、絶対無上となるものであります。
総じて善とか悪とか優秀などということは、みな比較から起こることでありまして、
全然比較などしなかったら、すべてがそのままに絶対無上となるわけであります。
そこで今、子としては、わが親は他人の親とは比べられませんから、そこでは母は子にとって絶対無上となるわけであります。
それゆえ外から見れば、いろいろと欠点のある母親であっても、少なくとも子供の立場からは、わが親に勝る親はいないわけであります。
(中略)
さてわたくしが今日ここで、かようなことをお話したのはなぜかと申しますと、このように母はその子から見れば、善悪良否を超えて絶対無上でありますから、あなたがたのように、将来人の子の母となる人は、今からそれだけの覚悟が必要だということを申したいのであります。

~~~~~~


Tさんは、中学生のお孫さんに手作りのジャムやお菓子、お料理を教えながら、一緒に作るお話を、よく聞かせてくださいます。
今はスーパーマーケットに行けば、手軽に色んなものが手に入る時代で、又、それが当たり前になってしまっている私は、“そんなものまで自分で作れるんだ”と思って、何となく胸が温かくなって感動します。
“手作り”というのは、作ってくださる方の、相手を思う気持ちや、喜んでもらえたら、という思いがこもって、その方の大切な時間が、その作ったものに凝縮されているように思います。
“便利”ということもありがたいですが、手間のかかった、気持ちのこもったものは、してくださった方の姿を想像すると、本当にありがたいと思います。
 
そして、そんな心遣いや、お料理や、普段の素敵な仕草なども、Tさんが自然とされる方だから、娘さんも素晴らしいお母様になられ、更にそれが、お孫さんにも受け継がれていくのだと思いました。


 そして、自分自信をを振り返って考えてみました。
“私は母や祖母が教えてくれてきた事を素直に聞けていただろうか?”
思い返すと学生の頃も、言う事を聞かず反発をしたり、揚足を取って相手のせいにしたり・・・
と反省の気持ちでいっぱいになります。
せっかく素敵な女性になってほしいと、願ってくれている肉親に対して、応えられていない所が多くあり、しいてはそんな自分の行動や発言で、育て教えてくれた母の人格まで落としてしまっていると思います。

そして、それは会社でご指導くださる先輩や上司に対しても同じだと思いました。
いつもご迷惑をお掛けしてすみません。

私もいつか母親になるかもしれないわけで、又、仕事では先輩になるかもしれないわけで、その時には、自分が教えてもらってきたことや、経験したことしか、教えられないのだと思いました。
仕事から、お客様から、毎日たくさんのことを学ばせていただいていることを振り返って、自分が今、必要な経験をさせて頂いていると、しっかり自覚し責任のあることをして行かなければと改めて思いました。


本当にいつもありがとうございます。

和田裕美さんのワクワク伝染ツアーin 神戸

投稿者 FUJISHIMA

 

4月17日の午後に新神戸オリエンタルホテルで和田裕美さんの『わくわく伝染ツアー2009年の追加公演』に参加することができました。
この度は、人生を大逆転させる「超・陽転思考」~大切な箱をあけるときは今~ と言うテーマで、トークライブセミナーに音楽と映像をミックスした内容のもので、心に深く残るとても素晴らしい感激と感動と共感の4時間でした。  
 
 この『わくわく伝染ツアー』は、2004年からスタートされ、今迄は東京の講演が中心だったので、幸運にも初めて関西(神戸)で和田裕美さんの素晴らしい生のライブトークを体感でき、とても幸せな気持ちになりましたので、ここに和田裕美さんの貴重なトークライブで私が感じ、学ばせて頂いたことを少しだけ表現させて頂きます。

 和田さんは、私達が幸せに生きて行く為に大切なことは、未来が、将来が、そして目の前の明日が、又、今日の数分後が、いつもわくわくした楽しい気持ちで生きて行ける事だと言われています。
 このわくわくした楽しい気持にするには、後悔したり、落ち込んだり、失敗したり、腹が立ったりした時に、いかに明るい気持ちや心境に切り替えできるかがとても大切なことであり、その切り替えをする考え方ののひとつが、『 陽転思考 』であり、この陽転思考を身につけ実践できることが、自分が幸せに生きて行く為の秘訣だと言われています。

 これは、マイナス思考ではダメといった、ポジティブシンキングとは違い、どうしてもマイナス思考的な傾向性がある人達に、マイナス思考ではダメといった様な規制を一切なくして、泣いてもいいし、怒ってもいい、けれどそれを長引かせないで幸せな方向にシフトして行こうという考え方、早くそれを克服して、ほとんど心の根っこに残さないで、幸せな気持ちになれるようにする為の考え方です。
そして、そこには、良かったという思いや、ありがとうという感謝が生まれています。

 和田さんは、事実はひとつ、考え方はふたつ。 仕事に失敗したとしても、もう後には戻れない。それを後悔してやっぱりついていないと悩んでしまう人も、「この失敗で学ばせてもらった。これで謙虚になれた。ありがたいと思おう。」と思う人も目の前の事実は同じです。 同じ事実をどう受け止めるかによって、幸せな方向と、不幸な方向に分かれていく…。それが人生であるならば、何が起こるかが幸せか不幸かを決定するのではなく、それをよかったといって切り替える人に幸せがやってくるのです。 
 起こった事実は変えることができない。 泣いても笑ってももう元には戻らない。だからどうせて生きて行くなら、今の自分の人生で主役はあなたなのだから、前を向いて、涙をふいて、悔しくても理不尽だなと思っても、そのお陰で強くなれたり、そのお陰で優しくなれたり、人の痛みや悲しみが分かったりする、大きな心をもらえるから切り替えて、無理やり笑って、「これでよかったんだ」と言ってください。 …と言われています。

 更に言えば、 例えば、この失敗のお陰で将来の幸せの元になったと思うこと。過去の失敗があったからこそ、今の力があると思うこと。 おいしいと感じるには、まずいものも食べたからありがたくも思い、幸せを感じる為には、不幸な経験をしてみることも必要です。
また、今日が穏やな良いお天気で、気持ちよく感じるのは昨日までの寒さや雨が辛かったからと言うこともあります。

 そしてまた、過去の清算をすることも重要なのだそうです。もし、今も過去のトラウマがあるとしたら、それを切り替える発想をすることが大切」です。
例えば、過去の黒のオセロを全部、白のオセロに変えるイメージを作るように。
 あの時にもっと勉強していたらなどと考えても仕方がないので、あの時にもっと勉強をしていたら今の自分ではない。
あの時うまく行かなくてよかった。あの時に失敗したから、挫折をしたから、別の道を歩むことができて良かったと思うのです。
 そして、今が一番幸せとだと信じて、感謝の気持ちを抱くことが大切なことだと思います。
それから起こることの全てをチャンスに思う、わくわくした未来をイメージする。(立ち上がって幸せな未来を先取りする習慣づくりをする。) そして、私は絶対にお金に困らない。今の自分は幸せである。などと強く自信をもって思い込むことが大切なのだそうです。

 また、自己肯定の大切さにもついてもお話しがありました。
まずは自分自身の長所を最低でも、10個や20個は言える事。例えば、私は歩くのが早い、私は字がきれい、私は自炊している、私は笑顔が素晴らしい、私は早起きだ、私は本を沢山読んでいる、私は自転車の立ちこぎが得意だ…、等々何でも良いのだそうです。
 自分を肯定することができれば、相手の良い所を褒めたくなります。 人の良い所を見れるようになる。そうすれば、相手に対しての言葉や態度も代わり、好かれたい、愛されたいと思う気持ちが生まれ、その人に興味を持つことになり、その人のを好きになりやすくなる。そうなると、自然に人間関係が良くなると言うことです。
 まずは自分を褒めて、自分を認めてください。…と。 但し、自分を褒めることは、人前で自慢する事ではなく、もし、言葉に出すなら一人だけの時に、「私はスゴイ!」と言って自慢すれば良いのだそうです。

 
 この度の講演は4部構成になっていました。 その中で、「僕は白くてちいさい」という子供のペンギンがひとりぽっちで生きていく物語を絵本にされ、その絵を大きく会場の前面スクリーンに映し出しながら、和田さん自身が朗読される時間がありました。
この絵本の絵自体も和田さんが書かれたものだと知って、和田裕美さんのその多才な才能に更に感動しましたが、、何と言ってもその語りのリアルさに一瞬にして心を奪われたのは私だけではないのではないでしょうか。 
 ひとりぽっちで生きて行く子供のペンギンが天国のおかあさんと会話をする物語なのですが、不安と寂しさがいっぱいの子供のペンギンになりきった和田さんのその声は、まるで心が洗われるような感情表現の素晴らしい朗読でした。
そのメッセージのひと言、ひと言は、私たち人間が生きて行く上でとても大切なことばかりだと思いました。         
この素晴らしい朗読により、人はひとりひとりそれぞれ生まれてきたことに大きな意味があり、そのことをしっかりと認識すれば、生き  ていることの尊さにあらためて感謝の心を持つことの大切さと、人は援助し合って生きていることを再認識し、自らが周りの人達に援助することができることが本来、人が生きて行く大きな意味に繋がると言う力強いメッセージだったと思います。

 その他にも三人の方々との対談を収録されたものをお聴き出来る部分もあり、和田さんがお好きな神社のお話しや、神様はひとりひとりの心の中に存在すると言うご住職のお話し、それに自分に嘘をついても神様はお見通しであるので、いかにしっかりと正直に生き、徳を積むことが大切なことであるかをお話し頂き、改めて素晴らしいお話しをお聴きすることができ、本当に良かったと思いました。 


 まとめとしまして、実際に目の前で語られる和田さんはパワー溢れる魅力いっぱいの素晴らしい人だと思いました。
言葉のひと言ひと言には心に届く力強い説得力があられ、苦労された辛い経験、挫折や敗北を乗り越え勝ち取った栄光と勝利の経験が私の心に確実に届きました。

 私自身も和田さんのように周りの人々に幸せのエネルギーやパワーを沢山与えられる人生を送れるように、常に陽転思考を実行し、根っこで周囲の大切な人たちと繋がりを持ち続け、いつも「よかった。」を探すことができる様に生きて行きたいと思います。


最後に、~大切な箱をあけるときは今~ について和田さんが話されたひとつの物語をご紹介します。

 むかし、むかし、一休和尚が晩年、人生の終盤に病床についていた頃のお話し。
弟子達はいつも問題が起こると一休和尚に頼ってばかりであった為、一休和尚が死んでしまったら問題を解決することができなくなる不安をかかえていました。

 いよいよ臨終間じかの時に一休和尚は弟子達に言いました。

「 もしもみんなで解決ができない問題が起こったら、そのときはこの箱を開けなさい。」そう言って一休和尚は息を引き取りました。

 そしてしばらくの間は大きな問題は起こらず月日が流れていたのですが、数年後のある時、弟子達は自分達では解決ができない問題が起こり、困っていました。
 
 その時、一休和尚が残してくれた箱をみんなで開けることにしました。  
きっと問題を解決してくれる何かが入っているのだろうと、期待を胸にその蓋を開けると…。

  箱の中から1枚の紙が出て来ました。 
  そしてその紙には次のことが書いてありました。 

『 なるようになる。 心配するな。 』

 今を生きろ。いたずらに悩んでも仕方がない。 と言う大きな勇気を与えてくださる力強いメッセージでした。感動です。
問題解決の方法があれば悩むことは愚かなことだ。ないのであれば悩むことは無益なことだ。ということだとも思います。                     


 最後に、私自身の問題としまして、折角の今回のこの素晴らしい学びから、今からすぐに陽転思考が実践できる様にしなければもったいないと思っています。
その為にまずは、意識と行動の改革を実行すること。そして周囲の方達の意見を常に素直に受け入れる意識と習慣がとても、とても重要だと思いました。
 和田裕美さん、素晴らしい講演をありがとうございました。                                    

                                           以上                                                                                           

笑顔

 

投稿者 IWA


最近、すごいことに気付かせていただきました。 

実は先日、上司に報告をしている途中、上司がそっと私の顔の前に
鏡を出してくださったのです。
鏡を見た瞬間、「エッ・・・」と驚いてしまいました。
緊張からか、鏡の中にはとても怖い顔をした私がいました。
こんな顔の者から、報告を聞かないといけないなんて、
報告の内容以前に気分が悪い思いをさせていたんだと思います・・・(-_-;)
申し訳ございませんでしたm(__)m


 
鏡の中の怖い顔の自分をみて、
私は人を幸せにするための笑顔ができていただろうか。
自分中心の笑顔になっていないだろうか・・・と考えさせられました。

私は笑顔には自信がありました。
しかし、それは自分が楽しい時だけの笑顔だったり、
自分をよく見せたいためだけの笑顔になっていたように感じます。

私の会社には、悲しいことや辛いことがあっても、
周りには辛い顔を絶対みせず、いつも笑顔で周りの雰囲気を温かく
してくれる、そんな素敵な人がいます。

私もその人のようになりたいなと思っているのに、悲しいこと、
辛いことがあったとき、ついつい「あ~、嫌だな・・・」と
暗い顔になってしまいます。そしてグズグズと悩んで負のオーラを
発してしまっています。
でも、その暗い顔や嫌な空気は自分で気づくことができず、
そのイヤ~な雰囲気は知らず知らずのうちに、周りに伝染してしまっていました。

 でも、そこで無理をしてでも笑顔でいたら・・・。
周りの方にご心配やご迷惑をおかけすることもなく、
まして、その嫌な雰囲気を伝染させることもないはずです。
逆に笑顔でいることにより、周りの方も自然と笑顔になり、
笑顔→笑顔→笑顔と伝染していきます。
そしてその笑顔からは、良い事しか生まれません。
笑顔でいると、次第に悩んでいることが馬鹿らしくなってきて、
さっきまでの悩みが小さなことに感じたり、前向きになれたり、
無理につくった笑顔が本当の笑顔になったりとプラスの流れが
生まれてきます。


笑顔は幸せになるための道具(^O^)

「 笑顔 ・・・ にこにこと笑った顔。笑い顔。」

 人は誰でも、楽しいとき、嬉しいとき自然と笑顔になります。
しかし、辛いとき、疲れているときこそ、笑顔が必要なのだと
いうことを上司から差し出して頂いた鏡でやっと気づくことができました。
ありがとうございます(^_^)
どんなときでも笑顔でいる!
そして、笑顔で幸せの輪を作っていけたらなと思います。
 

人の高さを見る眼

 

投稿者 ENKO

私は、人に流されやすい所があります。自分でもその傾向性を分かっていながら、
悪い方向に行っているときは、なかなか自分で気づけず、
上司に「大丈夫?しっかりしてよ!!」と注意をしていただいて我にかえることがあります。


ニーチェの言葉より

「他人を見るときは、その人の高さを見るように。
その人の低劣な面や表面上のことばかりが見えるのなら、
自分がとても良くない状態になっている証拠だ。
それは、誰かの低さばかり見ることによって、自分が愚かで
努力していないことに目をつむり、自分はああいう人間よりは
高いのだと思いたがっていることになるからだ。
また、人の高さを見たがらないような人とは交わらないように。
それは、自分もまたすぐに、彼と同じような低い人間になってしまうからだ。」

 

今、このニーチェの言葉に出会えてよかったと思います。

私が悪い方向にいっているときは、人の高さを見る眼がくもっていて、自分が愚かで努力していないことに目をつむって低い人間になってしまっているときような気がします。
何か分からないけど、焦りを感じる。どうも毎日に充実した感じがない。迷いを感じる。
そんな負のサイクルから抜け出すためには、自分で自分を奮い起こすしかありません。
まずは、目の前の事に全力を尽くす。
そして、今の自分と向き合い、目の前の問題から逃げない。努力をし続ける。
そんな弱い自分に負けない強い心を持たなければいけないと思います。
常に自分の心の状態をチェックし、良くない状態になっているときは早期発見、早期修正をするクセづけをしていかなければいけないと思います。

今は、幸せなことに会社の上司が教えてくれますが、いつまでも誰かが教えてくれると思わず、自分で自分を軌道修正する力を養っていきたいと思います。

そして、他人を見るときはいつも人の高さを見るようにし、自分もその高さに追いつけるよう、常に上を向いて努力することを心がけたいと思います。

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