姫路の不動産会社 エステート・リードのスタッフが、日々学び、考えたことを綴ります。

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2010年4月アーカイブ

私の好きな論語

By/S.D
 

先日、また新しい素敵な論語に出会いました。
論語を学んでいくうえで、孔子先生が大切にされていた教えを再認識しました。

子(し)、四(し)を以(も)って教(おし)う。

文(ぶん)、行(こう)、忠(ちゅう)、信(しん)。

 

 

孔子先生は四つのことを教えられた。

 

文とは即ち、学問、古典をよく学ぶ」こと。精進を怠らず研鑽を重ね、書を読み、先達に教えを請うことを厭わず。

 

行とは即ち、「実践」すること礼楽など学んだことを実行すること。我々は機械ではない。知識を蓄えることは機械でも出来る。だが、機械は指示なければ実践できない。人は指示を待たずとも、己の知識や技術、経験を活かすことが出来る。1を渡せば1を返すだけなら機械でも良い。100を返すことこそ人の人たるが所以。持てる知識は活用してこそ意味がある。「知っている」だけではプロとは言えぬ。

 

忠とは即ち、「誠実」たること。心に誠のあること。嘘をつかぬこと。隠し事をせぬこと。信頼を得んとすれば、まず誠実たれ。「知られなければ良い」「気付かれなければ儲けもの」では不誠実である。己のすべてを示し、全身全霊を以って向かうべし。

 

信とは即ち、「信義」言葉に偽りがないこと。相手を信ずること。無知蒙昧であるべきとは言わないが、少なくとも相対するときは疑念を以って見るべきではない。 相手への疑念は自己への疑念に返ってくる。

 

 

この教えは、今の私の心に、ずしっときています。

 

まずは沢山の本を読んで学ぶ。そして自分自身で何が問題なのかを探索し、発見することができる力をつける。そうしたら、発見した問題を解決するために自分自身で行動を起こす。実践、実行の伴わない知識は無いものと等しいのです。本を読んだだけで出来ているつもり、満足している自分に反省です。(すみません)

 

そして実践、実行を助けるのは、自分自身の誠実な振る舞い、周囲に対して常に裏切ることのない信義によって寄せられる周囲からの信頼なんだと思います。

 

 

信頼を得んとすれば、まず誠実たれ。人には信頼を求めるが、自分はどうなのかと考えさせられました。誠実な振る舞いが出来ているだろか?「知られなければ良い」「気付かれなければ儲けもの」という不誠実な態度や行動をとっているかもしれません。今日、上司に注意されたことも、私の不誠実な行動でした。上司がずっと気にしていたことについての電話を私がとりました。しかし、すぐに報告せず、少し時間が経ってから報告してしまいました。その電話を待っていたのを知っていながら、なぜそのような行動をしてしまったのか、反省です。
依頼を受けた仕事に対しての報告。期限のある仕事なのに、期限を守らず、それに対して報告もしない。相手はどのような気持ちで待っているのでしょうか?私を信じて仕事を依頼してくれているのに、期待して待っていてくれるのに、私が誠実な振る舞いをしないばかりに、相手に周囲に迷惑をかけ、がっかりさせてしまっていることがたくさんあるのでは・・・と同時に、私が気付かないだけで、そのような不誠実な行動を許してもらっていることもたくさんあるのでは・・・と反省と感謝の気持ちでいっぱいになりました。

 

この四つの教えを再認識し、日々、これでいいのか?と自分を振り返りながら君子(思いやりの気持ちがあり、強く正しい行いの出来る人)になれるよう、まずは、自分の不誠実な行動に気付き、心ある誠実な振る舞いをしていきたいと思います。
いつも許していただき、ありがとうございます。

誠実は成功の元

誠実は成功の元

                                    By K,I

インターネットで「 誠実 」という言葉について調べていたら
大紀元日本 「誠実の価値、代え難い無上の宝」
という文に出会いました。
人はどこまで誠実でいられるのでしょうか。
ふと、そんなことを考えました。。


~~~


中国深圳市で企業の求人に応募したある男性は、いろいろな面で かなり良い条件が揃っていることから、たくさんの応募者の中から 最後の面接まで勝ち残った。面接はこの企業の総裁自らが行った。

 

男性が総裁のオフィスに入った途端、総裁は喜びと驚きの表情で席から立ち上がり、男性のほうへ駆け寄ってきて手を強く握り、

 

「世界は狭いね。今日ここであなたに会えるなんて思ってもみなかった。この間、東湖へ遊びに行った時、私の娘が湖に落ちたのを見て、あなたは危険を顧みず湖に飛び込み、娘を救ってくれた。その時は慌てていたので、あなたの名前を聞く間がなかった あなたの名前は?」

 

 

男性はその話にまったく覚えがなく、きっと人違いだと思い、総裁に対して「私はこれまで東湖で人を救ったことはありません。 きっと人違いです。」と落ち着いて答えた。
 

しかし、総裁は男性の説明を一切聞かず、自分の主張を押し通そうとした。

男性のほうも人違いだと主張し続けた。しばらく経ってから、総裁は笑みを浮かびながら男性の肩を叩き、「面接は合格だよ。明日から出勤だ。今から人事部に行って手続きしなさい」と話した。

 

 

実は東湖の話は総裁が自作自演した心理テストで、応募者が誠実であるかとうかを試すためであった。この男性の前に何人かの応募者も面接を受けたが、全員、このうまい話に乗って、この「功績」を自分のものにしようとしたことから、全員不合格となった。
 

 

しかし、この男性は自分の誠実な心により、成功者の仲間入りをしたのである。

 

成功は往々にして誠実を伴うものであるというのは、多くの事実で実証されている。誠実は、良い人になるための最も基本的な人格要素であり、人間に求められる最も基本的な道徳でもある。
 

誠実は成功のいしずえであり、成功者の道標でもあるのだ。

 

 

~~~


このお話を読ませていただいて、私ならどうするだろうと考えました。

普通に街を歩いている時に、知らない人から急に「貴方は私の命の恩人です」と言われたとします。
おそらく私は、「 人違いですよ。」と普通に答えると思います。

では、お話の男性のように自分の将来が左右されるであろう場面ではどうでしょうか。

または、イイ恰好を見せたい相手だったり、自分の価値が勘違いで評価され褒められたりする場面でも、本当は、自分の力で成した事ではないことをそのまま、自分の手柄のようにしてしまいがちかもしれません。

 

このお話のような将来が左右される場合だけではなく、日々の小さな出来事で結構、何気なく「誠実」というところから外れたことを悪気なくやってしまっている気がしました。それは、本当に自分の欲なのかもしれません。

そんなことも、周りには見透かされていて、結局は恥となることだと思いました。


そしてどちらの道を選ぶにしても、きっと一瞬でも誠実と自身の欲とを天秤にかけてしまうのではないか・・・まだまだですm(__)m

いくらその場で自分を偽って飾り立てたところで、いつかはボロがでてしまいます。

そこに必ず、謙虚さが必要となるのだろうな…と、何事も表面上だけでは意味がなく、最後は自身の心なのだと思いました。

「誠実は成功の始まり」
私も光・闇、同じ進むのなら光の中を進める自分になりたいと思いました。

謙虚

                        By K,I


 昨日の朝礼での日めくりカレンダーの言葉です。

 『 謙虚 』

   自信のある人間しか、本当に謙虚にはなれません。
   十分な自信のない人間ほど威張りたがるものです。
   本物の人間は、謙虚であることができるということに
  「人間としての誇り」を持っています。
   謙虚であるためには、
  「人間としての自信」と「本物の強さ」が必要なのです。
                      
                   ~芳村 思風~

 


 心に響く言葉でした。

 私は、謙虚とは、とりあえず自分を落として相手をたてることだと、

 そうすることで謙虚ないい人だと相手に思ってもらえるのだと、

 単に、表面的なことでしか捉えていなかったと…考えさせられました。

 

 そういう、周りから、どう見られるか、とか思われるかとかではないことを教えて頂きました。

例えば、「事実をありのままに受け入れる」といった意味の謙虚さ。

自分の誤りに気がついた時、それを真摯に見つめて原因を検証し、

自ら正していこうとする謙虚さ。

他の人の意見を素直に聞きいれることのできる謙虚さです。


まず自分自身を知り、自身の改善すべきところを知り、改善していく

努力をする。その努力を続けることにより、やがてそれが自信になって

いくのだと思いました。

そんなことを考えていくと、私の今までの「謙虚」は表面上だけで、受け入れていく本物の強さと逆の自信のなさから出てる逃げ腰だったりを控え目だとか、謙虚だと言う風に思いこもうとしていたのかもしれません。

反省しました。

まずは今の自分をしっかりと受け入れないといけない、ということを

強く思いました。それが本当の強さなのだと思いました。

その上で自分の我を通すのではなく、他の方からの助言を素直に聞き

素直に実行できる私になりたいです。


 

NEW英会話教室

支店(エステサロン エクセレンス)では、
毎月1回、英会話教室を行っております。

お客様でもあるO様を講師としてお迎えし、
主にエステにご来店くださっているお客様が、
“旅行に行った時に少しでも話したい”“もっと自分を磨きたい”と
お越しくださっています。
そんな中で、毎回私も一緒に勉強させていただいてます。
(皆さんキレイになることにも、趣味や自分磨きにも向上心をお持ちで、
みなさん、本当に素敵な方々ばかりです。)


先日は、その英会話教室の日でした(^^)


今回の英会話教室で、
私は“have”という単語にたくさんの意味があることを教えて頂き、
英会話教室が終わってから、その意味を改めて調べてみました。

①(物を)持っている、 所有する
②(身体的・精神的特長を)備えている
③(友人・親族・雇用関係者などを)得る・かかえる
④(意見・見解などを)いだく・もっている
⑤(感覚などを)働かせる・示す・用いる
⑥(知識として)を知っている・ 理解する
⑦(人が状態・苦楽などを)経験する・楽しむ・・・etc


色んな文法を使うと、もっともっとたくさんの意味に変わるようです。
単語ひとつとっても、日本語に直すと様々な表現方法に変えることができる。
と言う事は、日本語はとても繊細な言語なのだと実感しました。
例えば、敬語にしても(尊敬語・謙譲語・丁寧語)などにわかれます。
英語で自分の思いを伝えるには、言い方や声のトーン、表情などで
同じ言葉でも相手に与える印象や自分が伝えたい思いが変わってしまいますが、
それは、日本語も同じだと思いました。
いくら繊細な表現の出来る日本語を話していても、
自分の表情や言い方、更にはどんな思いで発しているのかで、
意味が違ってきます。
言語が違っても同じなのだと思いました。


私は今、自分の『悪いクセ』を直すために、
日々先輩や上司にアドバイスやご指導を頂いています。
私は、その場や、立場に合った、適切な言葉を使えない(知っている言葉の数が少ない)こと、
表現力が足りない所 などなど至らないところが沢山あるのですが、
その中でも一番反省すべき『悪いクセ』は、
声のトーンが悪くなって、“偉そう”な話し方になってしまうことです。


この会社に入社させて頂き、たくさんの方とご縁を頂いて、
お話を聞かせて頂いたり、本を読ませて頂いたり、
たくさんのことに触れられる環境に居られることで、
少しずつ“言葉”の違いや、重みがだんだんわかってきましたが、
まだまだ身に付いていないのが現状です。
自分の思いを、正しく相手に伝えられるように、
日本語の言葉の繊細さや、英語を話すような表現力を身に付け、
そして学ぶことを『継続』して、未来の自分を造っていきたいと思います。


(エステサロン エクセレンス)での英会話教室は、
毎月1回、第四日曜日に開催しております。
和気あいあいと楽しく勉強できる教室です。
どなたでもお気軽にご参加いただけますので、
ご興味のあられる方は、ぜひ遊びに来てください(^^)

競争相手は誰?

                                                                                                      By/N.E

いつも読ませて頂いてる経営コンサルタントの方のお話の中から、競争相手は誰?という
これは、企業レベルでのお話でしたが、社内に置き換えるとどうだろう?と思いました。
まず、その内容は下記に。

~~~
今までは、相手に勝つこと、競合他社に勝つことが目標だった企業も多いと思います。

相手との競争ではなく自分との闘い。
外に目が行き過ぎでは?
と最近思うようになりました。

内部体制が整っていません。
売上や販売数量に目が行き、中のことが出来ていないところが多いです。
体だけ大きくなって中身は同じ。

それに売上や販売数量自体も落ち込んでいます。
外を気にしている場合ではないです。

もう競合がどうこう言うよりも自社内を強くすることが大事だと思います。
利益が出る体質にしないと事業の継続は望めません。
売上規模や従業員数なんて関係ないのでは?

相手に勝つ戦略から脱皮することも大事なのではと思います。
いつも競争相手を見つけて、その企業を目標に頑張る!
というのは今までの戦略。
これからは、競争相手以上に、利益を生む企業であるかどうかの方が大事ではないでしょうか?

学生時代から学んできた経営戦略やマーケティング戦略が徐々に時代にそぐわなくなっているようにも思います。
ほとんどすべてが拡大成長ありきの戦略です。
今では拡大は戦略のほんの一部。事業の永続のための利益体質への変換が一番の課題のはず。
利益を出すためにどのような戦略を組むか?
営業利益が出ているだけではダメ。経常利益が出る企業へと脱皮しないと・・・
昔の過度な投資がボディブローのように効いてきている企業が多いです。

 

競争相手は中に潜んでいます。
今のような景気の悪い時にこそ、中を見直し強くすることです。

 

強い企業ほど競合他社が気にならないそうです。
相手が何をするかではなく、自社が何をするかです。

~~~

 

といった内容でした。
企業レベルではなく、人(個人)レベルで考えてみたらどうでしょう?
気になるところを赤い文字にしてみました。

 

・中の事が出来てない。→自分の事が出来てない。
・体だけ大きくなって中身は同じ。→就業年数が経つのに、中身は成長せず。
・自社を強くすること。→自分を見直し、良い意味で強い自分を作る。
・利益を生む企業であるかどうか。→会社に利益をもたらす存在かどうか。
・競争相手は中に潜んでいます。→自分と向き合って、周りを敵化せず、競争相手は自分であると意識する。
・相手が何をするかではなく、自分が何をするかです。

幸い、うちの社内では、全員が自分に目を向け、自己成長にも懸命に取り組んでいます。また、そういう環境にいさせて頂いてます。本当にありがたい事だと思います。
でも、決して、甘んじてはいけないと自分に言い聞かせてます。
 

人は気を抜くと、たちまち甘えがでて、方向性を見失います。ありがたいと思うなら、継続させて、さらにレベルをあげていけるよう取り組んでいく姿勢が大事だと思っています。
個人レベルで、まず、自分を立て直さないと、時代のせい・環境のせい・会社のせい・人のせい・・・なんでも自分以外のもののせいになってしまいます。
 

ゲームの世界でもそうですが、戦いをするには、どんどん自分のレベルをあげていかなければ、勝てません。
強い相手と戦って、負けて悔しい!なんて、思っている暇があったら、その相手に勝つには、自分のレベルをどれだけあげないといけないのか?どういう方法で、どういう行動をとれば勝てるのか?まず、自分の中から鍛えなおさなければいけません。

誤った言動で、上の方から指摘を受けた。仕事がうまくまわらない。思ったように事が運ばない。誰しも、どこの会社でもある事だと思います。そこかどうするか、そこからの考え方、行動が次へつながる一歩だと思います。

 

競争相手は、 うまくいかない事柄でしょうか?
                         誤った言動を正すため、教えて下さる上司でしょうか?
                         周りの人は敵でしょうか?

 

会社に敵も味方もありません。
少なくとも、うちの会社は、全員が全員の為に、叱咤激励が出来る会社であると思っています。愛情があるから、表面的でない叱咤激励が出来るのです。


競争相手は、自分です。
自分の不足部分、自分の弱い部分と、それに甘えてしまう心との競争です。
起きる事柄、問題、課題は、すべて自分で起こした事ととらえ、まず自分を分析し、自分のレベルをあげれば、今ある問題は問題ではなくなり、次のステップへいけます。その繰り返しで、人は成長していきます。

成長出来る自分でありたいと思います。
あらなければいけないと思います。


 

厳しいことを言っても愛される人

                                                                                                 By/S.D

今月の月間テーマの「初心にかえる」ということもあり、自分が以前読んでいた本を開いてみました。
今読んでみると、また違った学びや気付きがありました。

 

 

和田裕美さんの「人づきあいのレッスン」より

部下を持っている人、大切な友人のいる人…
その人を大切に思うからこそ真剣に向き合うこともあります。
優しく接することも思いやりだけれど、厳しく怒ることも思いやりです。
怒って嫌われたらどうしようと思う人は、相手よりも自分が大切なのかもしれません。
厳しいことを言う人のほうが本当は怖いし、本当はプレッシャーが大きいのです。

本当に相手によくなってほしいと思う人は、相手に思いやりと愛情を持って
「もっとこうしたほうがいいよ」と言えたほうが本当の思いやりがありそうです。
ただし、その言い方や態度がきつそうだったり冷たい感じだと、
「あなたが好きだからあなたによくなってほしいのだ」というメッセージは伝わらず、
あなたが感情的に気分で言っているように、相手が受け取ってしまうことがあります。

ただ、叱るときにも、そこに「相手に本当に成長して幸せになってほしい」という感情があれば、
きっと誰にだって伝わるはずです。

 

 

この度、改めて感じたこととしては、本当に大人になると、気付かない事や、間違っている事を教えてくれる人は少ないと思います。でも私には、とてもありがたいことに、私の事を思って厳しく怒ってくれる上司や同僚がるということです。

厳しいことを言ってくださる人は、言われる人より辛いと思います。

実際、私も注意やアドバイスをその人の為にと思って伝えるという事には勇気が必要です。

私に対しても勇気をもって愛情があるからこそ、成長して幸せになってほしいという思いやりの気持ちから言いにくいことも言ってくださっています。

分かるまで何度でも。本当にありがとうございます。
その思いをきちんと受け止め、反省し、自分を見つめなおし、すぐに直すようにしなければいけません。

そして、私も、もっともっと相手に思いやりと愛情を持って真剣に向き合い
「もっとこうしたほうがいいよ」 と言えるような人にならなければいけません。

まだ私には、怒って嫌われたらどうしようと思っている所、逃げている所があるかもしれません。
(すみません)

周りの方々は大好きな人ばかりです。
その人の幸せの為、会社の為に気付いたら教えてあげる、注意してあげる。

それが本当の優しさですよね。
その為には自分が出来ていないと注意できませんし、気付きレベルが低いと、注意する点すら分かりません。
せっかく、勉強させていただけるすばらしい環境を与えていただいているので、
もっと、自分を磨き、私自身が『厳しいことを言っても愛される』そんな素敵な人になっていきたいです。


反面教師

                   By K,I

 最近、愛読している山形 琢也さんの                                『ここまで「気がきく人」』より
ある出版会社の電話対応について書かれていました。
このお話は反面教師と思う教訓となる内容でした。


~~~

   私は歴史物の本や雑誌をよく読む。
   仕事のヒントになることが多いからだ。
   そんな雑誌の中に、私が興味を持っている歴史上の
   人物を扱ったビデオ上下二巻の広告が載っていた。
   すぐに電話を入れると、電話に出た社員がこう言った。

   「ウチではビデオは扱っていませんが」
  
  

   私が間違ったかなと雑誌を確認したが、注文はその
   出版社になっている。

   

        「雑誌に注文は御社までと書いてあるでは

         ないですか」

   

   「どの雑誌ですか」

        

        「○○という雑誌の今月号です。

          △△を見てごらんなさい」

    

   「はぁ、ありますね。ウチになってますねぇ。
    ちょっと待ってください」

  

   

   それっきり、相手はなかなか電話口に戻ってこない。
   二分ほど待たされた。ひと口に二分と言っても、実際に
   電話で待たされる二分はかなり長いと感じるものだ。
   それで返ってきた答えがこうである。

   

   「いま、担当のものがいないので、ちょっと                                       

    わからないのですが」

        

        「あなたは販売の方でしょ。

         あなたが担当ではないのですか」

  

   「販売のものですが、担当ではないんです」

      

         「しょうがないなあ。

          ではどうしたらいいの?」

  

 

   「また、かけ直してくれますか」

       

 

         「いやあ、御社はいい歴史の本を出していて、                   

          私は愛読者だったんですが、あなたのいまの

          態度でイメージが狂っちゃったなあ」

  

 

   「うちは横の連絡が悪いんですわ。すみません」

  

   それでガチャン。

   呆気にとられる対応であったが、ここにはビジネスマンの

   マナーで反面教師とすべき教訓が数多くある。

~~~

 このお話を読んで、私は今自分がいるこの環境に対して、感謝の

気持ちを改めて感じることができました。 


 以前、私が勤めていた会社もそうでしたが、他の営業が今どんな                仕
事をして、どんなお客様に会っているのかなど、お互いに知らないまま仕事をされているところが、割と多いのではないかと思います。

それでも、上記の出版社の対応はかなりひどいですが(-_-;)

お客様から頂いた電話でなぜ二分もお待たせすることができるのか、更にお客様に対してかけ直すように言い、社内の恥まで話す・・・

私もこんな対応をされたら、二度とそこの本を買う気にはなれないと思いました。


 私が今の会社に入社させて頂いて、驚いたことの中に徹底した

情報の共有化があります。今誰が、どんなお客様を対応させて頂いて、どういう状況なのかを細かく報告しあいます。

最初の頃は、なぜそこまでするのか不思議でした。

お客様の情報は担当の営業が把握しておけば、それでいいのだとずっと思ってきていたからです。


 でも、それは状況によってはお客様にもご迷惑をおかけしてしまう
大きな間違えでした。

例えば、Aさん宛にお客様から電話がかかってきたとします。

ですが、Aさんは外出中。・・・一般的な会社であれば、

「申し訳ございません。Aは只今外出しております。

 Aが戻り次第、折り返しご連絡をさせていただきます。」

おそらく、こんな感じで対応されると思います。

でも、情報を共有していると

「○○様、いつもお世話になっております。Aは只今外出しておりますが、

 △△の件でしょうか? 私が変わりにおうかがい致します。」

と、どのスタッフが電話にでても、お客様に対してAさんと同じような対応をすることができるのです。

しかも、「あっ、わたしのこときちんと知ってくれている(^_^)」とお客様にも喜んでいただくことができます。


それには、周りの方からの協力・バックアップが不可欠です。

人間の行動を決定するのは「個性・人格」の要素が50%、残りの50%は「環境」で、そこに多少の個人差がうまれるそうです。

私は今、とても素晴らしく温かい上司・先輩方に囲まれてお仕事をさせていただける環境におかせて頂いています。・・・幸せです(*^_^*)

ですが、その環境に甘えるだけでなく、その環境を与えてくださっている皆さんに喜んで頂けるように、以前からブログにも書かせていただいている

「気配り」「感謝力」をもっと磨いていきたいです。

面倒くさがり

先日、本屋さんで私にぴったりな本を見つけました!
タイトルを見て、すぐに購入しました。

本田直之さん 著 “面倒くさがりやのあなたがうまくいく55の法則”です。

面倒くさがりやには、大きく分けると次の二つのタイプがあるそうです。

堕落型・・・面倒から逃げ回ったり、面倒を避けたりすることで、
      借金のように雪だるま式に面倒を増やしていく人

その結果→ 時間が経てば経つほど“面倒くさいこと”が大きくなっていき、
      結局とてつもなく大きな“面倒くさいこと”に直面することになる。


そして、

先行型・変革型・・・できるだけ早い段階で“面倒くさいこと”に前向きな気持ちで対処をとる人

その結果→ 問題が小さいうちに解決できるので、ストレスもあまりかからない

《なるほど~同じ面倒くさがりやでも、対処の仕方が違うかったのか!と思いました。
私は間違いなく前者 堕落型です・・・(--;)》


とってもわかりやすい例が載っていました。

―――

「かけ算九九」です
小学2年生の子供にとって、かけ算九九を暗記することは非常に面倒くさいことです。
しかし、大人たちは「ここでかけ算九九を覚えておかないと、将来もっと面倒くさいことになる」
ということを知っています。
だから、どんなに時間がかかっても、かけ算だけはしっかりと暗記させます。
ここでかけ算九九を身につけておくだけで、何歳になっても、覚えていて生涯にわたって
多大な利益を得ることができるからです。

―――

確かに、大人になって九九を覚えていなかったら、日常生活・仕事に於いても
かなり無駄な時間がかかります。
(勿論、ありえない事ですが、その足し算の繰り返しをしていたらと思うと・・・
 本当に面倒くさい事を増やしますよね・・・)
面倒なことは誰も同じで、誰もが面倒くさがりやなのかもしれません。
でも、それにどう対処していくかが、
その後を大きく変えるということが、すごくよくわかりました。


又、自分は堕落型だとはっきり意識することができました。
そして、以前書いたブログの『即時処理』を思い出しました。
あれから自分はできているだろうか?
先日から、本を読んで・・・ブログに書かせて頂いて・・・
その次の実行の部分が正直、全然追いついていませんでした。
『明日から』と書いて、実行できないまま次に移ってしまっていました。
私の一番の悪いクセは、言葉の選択、使い方です。
これも、自分が面倒なことから目を背けて逃げてきた結果なのだと思います。
自分で余計に面倒なことにしてしまっています。
まずそこからしっかり自覚して、実行します。
 

学びのクセづけ

                                                                                                    By/S.D

 学びのクセづけ

私の今年の目標でもある、人間力・感謝力・国語力のUP。それらを身につける一番早い方法は本を読むことだと分かっていながらも、継続することがなかなか難しい。それはまだまだ目的意識が低いからかもしれません。

そんな私が本屋で手にした本は「学びのクセづけ」という本でした。

 

本より~~~

 

私たちが勉強をする真の目的とはなんでしょう。

それは自己の魂の本質をより良く成長させ、人間性を高めるためです。
そして成長しながら、それぞれの人が幸せになるためです。
自分が幸せだと思わなければ、当然人生は愉しくありませんし、人間性が高くなければ、どんなときでも幸せだと感謝肯定出来る心は養えません。
では、幸せとはなんでしょうか?成功することや、お金持ちになることだけが、幸せへの道ではありません。常にないものばかりに目が行き、不平不満、悪口を言っている人は、不幸せだと感じているでしょう。幸せな人は、いまあることに目を向けます。つらいことがあったとしても、現実を受け入れ、生かされていること、恵まれていることに目を向けることができ、感謝の心を持つことができるのです。
~~~
 
 もちろん、私も成長したいですし、一度しかない人生を幸せに送りたい。そして、周りの人にも  幸せになってもらいたいと思っていますが、私自身を振り返ると
今まだ、思っているだけで、思いと行動が伴っていないように思います。深く反省です。

皆さんが毎日書いてくださるブログは、とても勉強になります。

毎日継続、努力されることによって、国語力はもちろんのこと、人間力、感謝力がすごく身についてきてらっしゃると思います。

そして、今あることに目を向け、辛いことがあったとしても、現実を受け入れ、自分を見つめなおし、周りに感謝し、頑張ろうという気持ちや姿勢がとても伝わってきます。


そして、学ばれたことをアウトプットしようとする為には、自分の中に落とし込み
考えなければ、伝えることが出来ません。


私は、どうなのか・・・?皆さんに1歩も2歩も遅れをとってしまっていることを痛感してます。

そこについていかなければという、危機感を感じながらも行動できていない自分を反省し、皆さんの努力レベルに早く追いつけるよう学んでいきます。

必ず実行し継続していきます。

今の自分を見つめなおし、受け入れ、人間性を高める努力をし、どんなときでも感謝肯定できる心を養っていきます。

あきらめない心

あきらめない心  

                             By  K,I


 今日の朝礼は、「理念と経営・社内勉強会」の設問から

「女性が主役」より、

日本電鍍工業株式会社 代表取締役 伊藤麻美さんのお話を読んで

伊藤社長の生き方から学ぶものについて発表し合いました。

 

伊藤社長は大学卒業後、ラジオ番組のDJとして八年間働いた後、
宝飾の世界に転向しようと勉強されていたときに、留学先で、
亡くなったお父様が創業された、会社の危機を知らされたそうです。

会社はお父様が亡くなられた後、他の方が後を継がれていましたが、
倒産したら、担保に入っている伊藤さんの自宅をとられてしまうため、
その対応をするために急遽帰国されました。

何度か会社を訪れるうちに、だんだんと
「絶対に倒産させたくない」という思いが生まれたそうです。

「私が何不自由なく育ってこられたのも、父の会社で働いてきてくれた
社員さんたちのおかげです。その人たちに恩返しをしないといけない」

そう思われたそうです。

そして、伊藤さんは自ら、つぶれかけた会社の社長となり、
一からの建て直しを計られました。

 

しかし就任直後は、社内からの反発をうけたり、

取引先の銀行からは「あなたじゃ話にならない・・・」と
冷たい対応をされたり、

また、社会保険事務所の人からは、保険料の滞納が原因で、
口座の差し押さえをされそうになったとき、
「お宅の会社がどうなろうと社員がどうなろうと、知ったこっちゃないよ」
と吐き捨てるように言われたこともあったそうです。

それでも、その逆境を、くやしさを自分のパワーの源にして
「いまに見てろよ!」と頑張ってこられました。

そして、社長に就任してから、三年で黒字転換をされたのです。

その道のりは私では想像もつかないほど、険しいものだったと思います。

 

社長就任以来の日々を振り返っての、伊藤社長の言葉です。

 「『あきらめないこと』が経営にとっていちばん大事です。
  だって、あきらめないかぎり、失敗はないのですから。」

 


私はこのお話を読んで、社員さんへの感謝の気持ちから
社長になることを決意し、そして、どんな逆境もその一心で
乗り越えてこられた、伊藤社長の心の強さを感じました。

嫌な事、悔しい出来事から目をそらさずに、前に進んでいく強さ。

私は、嫌な事があった時、そこから逃げていなかっただろうか。
私は、悔しい出来事があった時に、そこから目をそらして
何事もなかったかのように、ただ通り過ぎてこなかっただろうか。

今できていない事を「できない」とあきらめてしまったら
きっと、そこから先はないのですよね。

だって、今できていない事が、何もしないで何年か後に、いきなり
できるようになる、なんてラッキーなことは起こらないと思います。

私も、伊藤社長のように、「あきらめない」 覚悟を持って
嫌な事・悔しい事・カッコ悪いことから逃げずに前へ進んでいきたいです。


『「できない」とあきらめない事。
 どんなにその時が苦しくても、「まだ終わりじゃない」と考えている限り、
 「その先」があります。あきらめた瞬間に失敗と負けが確定してします。』

 


 

修身教授録

 

                                                                                                        By/R.M

 

以前、上司や先輩が読んでおられた本で、
“私も読んでみたい”と思い、読んでいる本があります。
―森 信三師 女性のための修身教授録―です。

表紙には、

     「よき女性、よき学生、よき社会人、よき妻、

       よき母となるために・・・

       日本の将来は、女性のあり方にかかっている。

    という言葉がありました。

  (私は女性としてそんな風に意識したことはありません            でした・・)


 今日は、その中から ―礼について― をご紹介させて頂きたいと思います。

 

~~~
(教師を志す女学生に対して―)
あなたがたは現在生徒として、
先生方に礼するのはもとよりですが、
ひとりそれだけに留まらず、
さらには守衛の方とか用務員の方などに対しても
礼を怠らぬだけのたしなみが必要だと思うのです。
と申しますのも、先方は男性であり、
その上年長者ですから、
これらの人にも進んで会釈するというような心がけがなくては、
真にゆかしい女性とはいえないでしょう。
ところが現の学校教育では、ともすればこうした方面のたしなみが
なおざりになりやすいのであります。
先方が用務員の職にあるからとて、
生徒、特に女性徒としてのあなた方が、
平気で会釈もせずにその前を通り過ぎるなどというようでは、
どうして将来人様の大切な子供さん方を教えることができましょう。
親子ほども年齢の違っている男性に対して、
たとえ相手が用務員や守衛の務めをしている人とはいえ、
その面前を若いあなた方が、会釈一つしないで通り過ぎて平気でいるという有様では、
「どこに教育の道場」という意味があるでしょう。
これらの点については、今後あなた方の深く反省されることを望んでやみません。
~~~

 

森先生は、

女性として、最も恥ずべきことが、“無作法”だ。
その中でも、大切なものが“礼”であり、
女性として、礼のたしなみのないのは、女性として屑の部に属し、
実際、女性としての真価は、ある意味ではその人のたしなみいかんによって決まる。

とおっしゃられています。

社内やお客様、又、ビルの守衛の方や清掃員の方に対して、あいさつや会釈などは心がけているつもりでした。

笑顔であいさつをしたり、会釈をするのと、何もなく通り過ぎるのとでは、きっと相手の方が受け取られる印象は全く違うものになるだろうと思います。

ところが、私は他の“礼”で“無作法”なことをしてしまうことがあります。

見た目の“礼”(あいさつ・会釈)はできていても、
心からの“礼”(ありがとうございます・ごめんなさい)はどうだろうか?
私はお礼や謝罪を伝えているつもりだったり、
思っているのに抜けてしまったり、
わかってくれているだろう、と勝手に思ってしまい、
失敗することがたくさんあります。
でもそれは、書中にある、
『その面前を若いあなた方が、会釈一つしないで通り過ぎて平気でいるという有様』と同じで、“して頂いたことに対して、お礼を言わないで平気でいる”
“迷惑をお掛けしたことに謝罪をしなくても平気でいる”ということだと思いました。
人として、あってはならないことを繰り返してしまっています。


先日のE先輩のブログの
『思うことから、始まりますが思うだけでは、変わらない。』
思い出し、思うだけではなく言葉に出して表現し、行動に移していこうと思います。


そしてもうひとつ、せっかく勉強させていただいたのに、
実行できていない事を思い出しました。

以前今野先生の洗心・洗顔塾で教えて頂いた『ハイジの法則』

ハ― はい!という返事
イ― いつも笑顔で
ジ― 自分から


“自分も日本を担う女性の一人”なのだということを意識出来るようになる為に、
明日からは、森先生のおっしゃっられる“真にゆかしい女性”に一歩でも近づけるよう、
これを意識して実行していきたいと思います。

 


『感謝の気持ちはすべてに伝わる』

 

                                                                                                      By/N.E

私はWさんという方のブログが好きで、よく拝見させて頂いているのですが、その中で、『感謝の気持ちはすべてに伝わる』というお題のお話がありました。Wさんは、たくさんの本を読まれてる方で、よく本の紹介ネタとかも載せていらっしゃるのですが、今回は、小林正観さんの【幸も不幸もないんですよ】という本を読まれてるそうで、その感想が述べられてました。


~Wさんのブログ 『感謝の気持ちはすべてに伝わる』より~

今、小林正観さんの新書を読んでいます。
この本の中のある部分にものすごく共感したのですが、「道具に当たる人たちはすごい人にならない」ということについて書いてありました。どういうことかと言いますと、野球選手だったら、三振するとバットを地面にたたきつけ、バットを折る人、あるいは、ホームランを打たれると、グローブを地面にたたきつける人。

そういう人に対して、正観さんは、「道具に当り散らしてきた人に大成した人はいませんでした」と述べていらっしゃいました。
そういえば、そうかも・・・と私も納得です。

ホームラン王だった、王貞治さんも、ホームラン打っても、バットを放り出すことは絶対せず、そっとバットを置く。
なんとイチロー選手も、全く同じだそうです。

物質には意志があるんじゃないか・・・

ま、物質に意志があるってバカげた話とお思いかもしれませんが、
ときつめていきますと、それってありかも・・・と思います。
小難しいことはわかりませんが、物質はたゆまなく動いている原子、分子の集まりであるなわけで、動いていないように見える物質も、ミクロの世界では動いているんですよね。
動いているんだったら、もしかしてそこには意志があるかもしれない、ここまで考えると哲学の世界ですが、あまりこういうことを書きますとリアリストたちに、何だかんだ私が信じている思想までバカげたことだ!と一喝されそうなので、この辺でやめておきますが、ホント、物を大切にする人は、物から応援される人なんじゃないだろうか?と思うことがたくさんあります。
車にしろ、電化製品にしろ、そして、普段使う化粧水やシャンプーにすら、感謝の気持ちを述べていると、きっとその温かい気持ちは、波動となって伝わるはず。
そして、分子レベルできっと私たちの応援をしてくれると私は思っています。最近、そういうことに詳しいお人から、物にはやっぱり意志がある、とお聞きしました。
例えば、机。机は木で出来ていますが、その机は木だった頃の記憶を持っている。そして、自分が机として人様のために役立っている、ということに喜びを感じているそうです。それを聞いただけで、私は、コップにも、シャープペンにも、机にもイスにも、ホント、森羅万象すべてに対して、愛しい気持ちになりました。じゃ、壊れて役目が終わったとき、どうしたらいいか?
「今までありがとう。本当に助かったよ」と言って、感謝の気持ちを表し、葬るということでしょう。ま、こういう話が苦手なお人もいらっしゃいますが、しかし、本当に物に意志がないとしても、感謝の気持ちをいつも心に持ことやあらわすことは、私たちの精神衛生上、とても大事なことですものね。すべての物に感謝して、私たちのイライラを物に当り散らし、変な波動を彼らに与えないように、気をつけたいと思いました。

~~~

普通の水に、優しい言葉をかけたら、おいしい水になる。
植物に優しい言葉で話しかけると、元気に育つ。
物を大切にすれば、長くもつ。
人を大切にすれば、人に大切にされる。


そこには、心からの感謝の気持ち持ち、相手に伝える事が大切だと思います。
先日、営業会議をさせて頂きました。まず、営業するにあたって、人としてからの部分の強化の話し合いをさせて頂きました。

忙しい中時間をとって頂いき、いつも適切な助言、流れを作ってくださる上司のMさん、支店からかけつけてとても良いアドバイスをくれたFさん、素直に現実を受け止め向上しようと頑張ってくれてるIさん、本当に有難うございました。


日常いろんな事があり、いろいろな方と出会う機会がありますが、毎日がありがたいなと思います。
うちの会社は、本当に素敵なスタッフで恵まれているとお思います。
社の事を必死に考えて、いつもすぐに行動してくれるDさん、売買で忙しい業務の中、社の事をいつも気にかけて、雰囲気を明るくてくれるIさん、管理業務で大忙しでも、細やかな気遣いをいつもさりげなくしてくれるIさん、内勤でほんとにコツコツ営業の源となる資料を作成してくれて、急な用もすぐ笑顔で対応してくれるOさん、支店の陰となり日向となり業務を支え、朝も一番に出社してくれてるMさん、そして、いつも必ず最後の砦となって下さって、暖かく見守ってくださる社長、みなさん いつもありがとうございます。


感謝の気持ちをいつも心に持ち、さらにお客様に喜んで頂けるような仕事がしていけるよう、頑張っていきたいと思います。

 

「ありがとう」の気持ち

「ありがとう」の気持ち
               
                  By K,I
 
私は、感謝の気持ちを相手に伝えるのが苦手なようです。

駄目ですよね・・・反省です(-_-;)

和田裕美さんの

 「ひと言かえるだけでもっと人に好かれる話し方」 の本の中に

そんな、まだまだ、感謝力の低い私に、ピッタリの文面がありました。


~~~


「ありがとう」で返事をするとき、軽くなってしまう人がいます。
それは、「とりあえず言っておこう」という心が見えてしまうからです。
「ありがとう」は、とりあえずの言葉として使いません。
どんな行為にも感謝したいと思う心をこめて使うのです。
だから、伝わるのです。

また、物をもらったり、食事をごちそうになったりしてお礼を言うときは
メールではおきまりのように「ありがとうございます」と言える人は多いです。
けれど次に会ったときに顔を見て、お礼を言える人はとても少ないのです。

お礼は1回言えば「礼儀」は果たしたと思い込んでいたり、自分が礼儀
正しい人間と思われるために「ありがとう」を言う人がいますが、
本当に感謝して言う「ありがとう」とは、ちょっと伝わり方が違います。

本当に感謝して言う人は、次に会う機会があれば必ず、
「前にいただいたお菓子おいしかったです。本当にありがとうございます」
と言えます。
「先週は本当にありがとうございました。おいしかったです」と
もう一回(メールですでに言っていても)言えるのです。

心から感謝しているから自然で、相手に伝わるのです。


~~~


本を読みながら、反省の気持ちや自分の不足な気持ちのような、そんな気持ちが

うまれました

私はきちんと感謝の心を持って、その人に「ありがとう」と

伝えられているのだろうか。

表面上だけの言葉になっていないだろうか。

感謝しているつもりになっているだけではないのだろうか。

 

また、私は今まで感謝の気持ち、言葉は1回伝えたら十分なのだと

傲慢で身勝手な勘違いをしていました

 

そして本当に感謝の気持ちがあれば、1回だけでは、伝え足らず、

2回でも、3回でも、何度でも「ありがとう」の言葉を

伝えずにはいられなくなるのだということを私は知ることができたのです。

 

会社の上司からの言葉です。

「ありがとう」の言葉は何度言ってもいいのよ。
「ありがとう」の言葉は言い過ぎて、嫌がる人はいないのだから。

本当にその通りだと思いました。

 

23日の日めくりカレンダーでこんな言葉があります。

  『人は言葉で生まれ変わることができる』

    言葉は想いを変え、不安定な心を良くも悪くも安定化します。

    心が変わると行動が変わり、行動が変わると習慣が変わります。

    すると人格が変わり、運命までもが変わります。

    だから、もっともっと良い言葉を使いましょう。

    すると我々は、来世を待たずして、生まれ変わることができるのです。

 

 私は「ありがとう」の言葉(もちろん心からのです)をもっともっと使って、

もっと感謝の気持ちをもてるようになりたいです。

そして、その感謝の気持ちを常に持ちながら、相手のことを想える人になりたいです

 

春はあけぼの

                                 by/R.M

昨日はすこぶる天気が良く、
とっても気持ちのいい日和でした。

あまりに気持ちが良いので、何気なく思い立って、
ふらっと、家の周りを少し散歩してみました♪

温かい日差しを体に感じながら、
鳥のさえずりを聞いて、しばらく歩きました。
桜は葉桜になって、
つつじが咲いていました。

とても気持ちよくて、ふわ~っと、心までもが穏やかになりました。


なぜか、学生の時に教わった、
枕草子“春はあけぼの”が頭に浮かびました。

~~~
春はあけぼの。
やうやう白くなり行く、
山ぎは少しあかりて、
紫だちたる雲の細くたなびきたる

(口語訳)
春は曙がいい。
次第に白んでいくと、
山際の空が少し明るくなって、
紫がかった雲が細くたなびいているのがいい
~~~

昔の人は、今みたいに、
電話ですぐに大切な人の声を聞いたり、
短時間で長距離を移動したり、
インターネットで色んな情報を手に入れたり・・・など
できなかったんだよなぁ・・・
と、思ったりしました。
でも、感性や繊細さ、美しいものや、感動を感じる心は、
この時代に生まれ育っている私が、感じるには比べ物にならない程の、
物事を酌んで感動させる事に秀でていたんだと思いました。
私も、もっと繊細な感性を持った、出来事や人の気持ちを酌める豊かな人になれるように、
感じて表現できるようになりたいと思いました。
そしたら、細やかな気配り心配りもできるようになり仕事にも活かせるようになれるのではないかと思いました。
がんばります。


天・地・人の恵みの有難さを感じれて幸せな気持ちに
なることができました。
穏やかな一日を感じることができました。

ありがとうございます。

見習い時代

  小僧時代に一番大事なことは、
       「見習い」です。

       それは字の如く、見て習うことです。

       それは別な言い方をすれば
       「おまえ、いまこの場にいていいぞ」と許され、
       無言の教えをいただいているのだと思っています。

 

          上原行照(伊崎寺住職・千日回峰満行者)
              
           『致知』2010年5月号「精進の中に楽あり」
           
……………………………………………………………………………………


 比叡山の千日回峰行を満行した上原行照氏が、
 小僧時代を振り返って語られた言葉です。
 
 この言葉に続いて
 
 
 「見習い期間がなくて成長する人はいません。
    下積みの世界があって次の世界に進んでいきます」
   
   
  と語られています。


 仏道修行にかかわらず、下積み時代、
 師匠や先輩の言葉や行動から
 謙虚に学び続ける姿勢こそが将来の大成に結びつく、
 ということなのでしょう。
 
 
 宮大工・西岡常一棟梁の唯一の弟子である小川三夫氏にも、
 同じような言葉があります。
 
 小川氏が西岡棟梁に弟子入りして
 間もない少年時代の思い出です。


「師匠から言われたのは
 『納屋の掃除をせえ』ということでした。
 言われるまま納屋に上がってみると、
 そこに、これからつくる三重塔の図面があった。
 
 傍には棟梁の大工道具が置いてある。
 ……ということは、それを見てもよろしい、
 ということですわね。
 
 あっ、これで自分は弟子に認められたんだと思いました」

 
 
師から指示された納屋の掃除という
日常の何気ない環境の中に、
小川氏は素晴らしい宝を発見していかれたのです。
 
自分に与えられた環境、師の言葉の中に、
いかに成長のチャンスを見出していくか。

上原氏も小川氏も、修行時代から
その視点を貫いてこられた方です。
私たちもまたかくありたいものだとと思います。


 

 

 

この記事を読みんで、感じたこととは

 前にも書いたことがありますが、
  

  『教えてもらったことというのは忘れる。
   自分が盗んだものは忘れない。
   会社なんかでも同じだろうと思うんだけど、
   ポッと教えてやったら忘れちゃいます。
  
   自分が苦労して苦労して、
   これを必ず自分のものにしようと思って
   やっと盗んだものは決して忘れない。』

 

  結局は何事も自分次第で
 どうしたいのか、何をしたいのか…そのためには、どうするの? 

 ということだと思います。

 

 私の娘は高校に入ったばかりで陸上を頑張っているのですが、

 “壁”にぶつかっています。

 毎日、過酷な練習に励み、きっと、泣きながら帰ってきたんだろうな…と

 思うような瞼を腫らした顔で帰ってきます。

  だいぶ、しごかれているなぁ…と思いながらも、

   何もすることはできません。

 ある日、帰りがとても遅く心配した日がありました。

 すると、3年生の先輩方からの説教があったそうです。

 

 「いつまで中学生気分なの?
  もっと頭つかいなさい。自分で考えなさい。」

 

 今、1年生は下っ端として頑張らなければいけません。

 そして、今までの先輩方が残されている結果の伝統等に泥を

  塗るわけにはいきません。

  足を引っ張る存在になっていもいけません。

 入学してからの約2週間はとても優しく楽しい先輩方が

  急に説教…

 

  びっくりしたようです。

 しかし、先輩が言ったそうです。

 

 「気付いた人間ほど苦労するんやで!

  私たちは、目指しているものが高いんだから。

    チーム内の勝ち負けではなく外をみなあかんで! 

  そのためには気づきを高く 苦労することの喜びを

    感じないとあかんのんや!

  目標の低いものは、ここにはおられんから! 
   

    でも、逃げてもおる場所はないんやから、

    頑張るしかないんやで!

  自分が頑張れるように自分の頭と体を使わなあかんのやで!」


    と言われ、娘は、中学生までのプライドと自信は

    全部なくなったそうです。

   しかし、

   頑張るしか道はない。

   だからまずは先輩方にとって恥ずかしくない自慢の後輩に

    なることを目指す。

   と言っていました。


   15歳なりに悩んで自分に立ちはだかった壁を

    乗り越えようとしています。

    私は、ただ見守るしかできません。

   これは、代ってあげることができません。

   まさに今が修行のときなんだと思います。

   先輩方も心を鬼にして言ってくれているのだと思います。

   毎日、元気に自転車をこいで「いってきま~す」の声を聞き、

  無事に帰ってくることを祈り、心の中で強く、頑張れと言っています。

素敵な女性

素敵な女性

                         By K,I

私は最近、最近はブログを書かせて頂くようになり、
今までの自分を振り返ることが多くなりました。

そして、自分で、具体的な理由もなく、社内でも『素敵な女性になりたい』と言ってました。

でも、会社でいろいろなことを学ばさせて頂き、私は 素敵な人 とは

簡単なもののように、口にできないと思い始めました。


そして、私がなりたい素敵な人とは、
具体的にどんな人のことだろうかと考えはじめることができました。

そして、そのヒントを私に下さった
素敵な女性のお話がありました。


山形琢也さんの
「ここまで『気がきく人』」より


~~~


私がお手伝いしている会社の人から電話があった。
「相談したいことがあるので、お酒につきあっていただけませんか」
と言う。たまたまその会社の近くに行く用事があったので、
それをすませて私が会社に立ち寄ることにした。
退社時間で帰宅するビジネスマンの流れに逆らうように歩いている
途中、約束した人と同じ職場の女性社員と顔をあわせた。
挨拶を交わしてすれ違ったが、数秒もしないうちに
その女子社員が引き返してきた。
そして、「失礼します」と猛スピードで私を追い抜いていった。
「元気なお嬢さんだな、何か大切な物でも忘れたかな」
と思わず笑ってしまったが、その会社について驚いた。
彼女は私にお茶をいれてくれるために戻ってくれたのだった。
「すれ違ってから、職場に課長しかいないことに
気がついたものですから」
と言うのである。
日本にもこういう女性が残っていたのかと感動したものだ。
あとで課長に聞いたら、彼女は課内で一番仕事のできる人だという。
「お客様の対応、クレームの対応、どういうときに
どうしたらいいかがきちんと頭に入っているんですね。
だから何かあったら誰よりも先に動くし、とっさの時も
正しい対応ができる。ただ仕事ができるだけではなく、
信頼できるんですよ」
課長は最大級の賛辞をしていたが、それが決して
大げさなものでないことはよくわかった。
彼女はいつも状況判断をしながら周囲を観察しているのである。
そして、もうひとつ。
その裏には彼女の人間に対する愛情がある。
私個人に対する愛情というのではなく、
どんな人にも平等に愛情を持っている人なのである。
仕事の範疇で考えたら、私にお茶を出すことなど
まったくやらなくていいという判断になる。
彼女だってそれはわかっているが、それを越えて
働いてくれたのである。
それは人間に対する愛情なくしてはあり得ない「気くばり」である。
その愛情があると、「気くばり」はより質の高いものになる。


~~~


このお話を読んで、こんな、『どんな人にも、どんな事にも
愛情を平等に持てる」

この「彼女」はとても素敵な方だなと思いました。
私が「彼女」の立場であったならば、おそらく
気づいたとしても、引き返すことができただろうか‥‥

そこまでの、気遣い、心配りに気付いていないと‥思います。

まだまだです、すみませんm(__)m

 

どんなことに対しても愛をもっての「気くばり」ができる方は、やはり

仕事も一番できる というところも 周りの方からの信頼も得られている

のだなぁ‥と思いました。


 

最近になって、このように勉強させていただくことの大切さを痛感し

沢山の世の中の素晴らしい方のお話を本を読んだり、聞かせて頂き

私は今までなんて失礼な事をしてきたのだろう…と
やっと気がつけたりして、恥ずかしくなり、毎日反省を繰り返しています。

まだまだ意識が足りず、言葉の発し方を間違え
私の事を思って下さっている方に対して失礼な事を言ってしまったり、
せっかくの助言を素直に聞けないでいる時があったりします。

そのたびに周りの方にご迷惑をおかけしています。

まだまだな私ですが

相手の立場にたって気くばりのある言葉と行動ができる、

そんな素敵な人になりたいと今、思っています。
そして、思うだけでなく、少しでもそんな素敵な人に近づけるよう
頑張っていきたいです。

一期一会

 

一期一会
                   By K,I


  今日の朝礼では、『理念と経営』より

「俺流 仕事の流儀」の中のホスピタリティー(心からのおもてなし)
について各自で発表し合いました。

 
題材となったのは、
株式会社 ボクデン 代表取締役社長景山 良康さんが
友人と京都の料理店にいかれたときのお話でした。

 

 

そのお店では、スタッフが生き生きと、心からの笑顔で迎えてくれて、

 

メニューを見ている景山さんに

  

    「ご注文は、如何致しましょうか。本日は静岡の金目鯛と
    広島の牡蠣が入っておりますが、如何でしょうか」

 

と、感じよくアドバイスをしてくれたそうです。

 

料理を食べていると料理長が、

 

   「本日はご来店、誠にありがとうございます。金目のお味は如何ですか」

 

と、声をかけてくださり、景山さんの賛辞に対して、

  

    「どうも、ありがとうございます」

 

と、座敷に両手をついて深々と一礼されたそうです。


 

そんな心からのおもてなしの中で、

景山さんはとても幸せな時間を過ごされたそうです。

 

 

私はこのお話を読んで、このお店の方のように、常に、心のやさしさ、

その人に喜んでもらいたいという気持ちで、人と接することができているだろうか、

その人と、その瞬間、本当に真剣に向き合えているだろうかと考えました。

そして、考えれば考えるほど「しているつもり」になっていないだとうかと、

反省の気持ちでいっぱいになりました。

 


   

      朝礼中に出てきた『 一期一会 』という言葉があります。


      あなたとこうして出会っているこの時間は、

      二度と巡ってはこない、たった一度きりのものです。

      だから、この一瞬を大切に思い、今出来る最高の

      おもてなしをしましょう。


      これからも何度でも会うことはあるだろうが、

      もしかしたら二度と会えないかもしれないという

      覚悟で人には接しなさい。

 

 

   今 ここ にしかない、今という時間の重さと、

少しの気の緩みですべてが壊れてしまう、恐怖を感じました。

それは、お客様だけではなく、身近な人や社内の方に対しても同じだと思いました。


何事においても、流れ作業をするのではなく、今という一瞬を大切にして

その中で出会えた全ての人たちに、感謝の心を持てる人になりたいと思いました。

いつも、ありがとうございます。

ホスピタリティ

 

                                            By/R.M

今週の朝礼は、『理念と経営』4月号を読んでの勉強会です。

今日のテーマは、
株式会社ボクデン 代表取締役社長 景山 良康さんの

― 仕事の流儀 ―より

ホスピタリティー(心からのおもてなし)を題材に、
“実践しているホスピタリティー・改善したいこと”の発表でした。


景山さんが京都の料理店へ、ご友人と食事に行かれた時のお話です。
そのお店に一歩足を踏み入れると、「あっ、店が生きている」と感じられたそうです。
迎えてくれたスタッフは生き生きと、心からの笑顔で迎えてくれ、
座敷に上がってメニューを見ていると、スタッフが来て、おススメのメニューを

感じよくアドバイスしてくれたり、料理を食べていると料理長が、来店への御礼と、

「料理のお味はいかがですか?」と

声をかけてくれ、「とても美味しいですね」と答えると、
とても嬉しそうに「どうも、ありがとうございます」と座敷に両手をついて深々と一礼

されたそうです。


それだけで景山さんは、その日の食事の会話が弾んで、とても幸せな気分に

なったそうです。

反対に、“死んでいる店”は・・・

まずすべてのサービスが機械的で無機質で、
料理を提供するタイミングも悪く、
声をかけても直ぐに来てくれなかったり、

「この料理はまだですか」と尋ねても、無愛想でしらけている。


『我々が考えている以上に、スタッフの笑顔や親切が、
お客様を幸せな気分にしたり、どん底の気分にしたりしているのです。』

とありました。
~~~


 

これを読んで、自分自身を振り返ってみました。

私はどちらの対応をしているだろうか?

日々、勉強させていただく環境を与えていただき、
前回のブログにも書いた《思い》を大切にすることを意識し、心掛けるように

しています。

が、客観的に自分を見てみると・・・
やはり まだまだ、まだまだ、まだまだ・・・です。
機械的だったり、無機質で心が入っていない部分があり、
しかも、それを認めたくないと言う気持ちが出てしまい
自分に言い訳をしているところがあったのだと思います。


料理屋さんでしたら、美味しい料理をお客様にお出しすることが当たり前で、

そこに、更に付加価値が付くか(生きている店にするか)、
又は、料理の価値を下げてしまうか(死んでいる店にするか)、

他の、何の仕事にしても、それは働く人(店のスタッフ)がつくりだすものなのだと

思いました。

『生きている店にするか、死んでいる店にするかは、私自身』なのだと思います。

社長を初め、皆さんの築いてこられた、大切な会社に、
更に付加価値をつけられるように、そしてお客様にとって、
“なくてはならない存在”だと感じていただけるような“ホスピタリティー”を
実践していくために、しっかりと自己反省し、足りていないところを補うことが

大切だと思いました。


最後に、景山さんのお話にこんなところがありました。
~~~
サービスをするということは、そこにホスピタリティーの心がなければ、
単なる作業になってしまします。
茶道に『一期一会』という言葉がありますが、
遠方からわざわざ訪ねてくださった親友のような気持ちでサービスできる人材を
何人育成することができるか、それが勝負です。
~~~

朝礼の場で、千利休の茶道の筆頭の心得からの『一期一会』の意味を教えて

頂きました。

 

 

『あなたとこうして出会っているこの時間は、二度と巡っては来ないたった

  一度きりのものです。だから、この一瞬を大切に思い、今出来る最高の

   おもてなしをしましょう。』

 

何時も、もしかしたら二度とは会えないかもしれないという覚悟で人に接しなさい。
という教えだということでした。


また次もチャンスがあるだろう、とか、次会えた時に伝えればいいか、
などと思ってしまうこともあります。
でも、もし次があったとしても、確かにその一瞬はもう戻ってこないです。


今、できることは何か?
今、目の前の方に喜んでいただけることは何か?
“ホスピタリティー”が自然とできるようになるために、
先日のI先輩のブログ『一筆の心づかい』にもあったように、
気配り、心配りのできる自分になりたいと思います。

『思いを形に』

 

                           By/N.E
 
 
またまた、ある経営コンサルタントの方のお話のひとつより。
 
 
『成功されている方を真似ることはできるのでしょうか?』
 
 
成功されている方を見ると、あのようになりたいと思いだします。
しかし、そう簡単に真似ることはできるのでしょうか?
 
今、成功されている方は、過去かなりご苦労をされているはずです。
今の成功はやっと芽が出てきた瞬間でしかないです。
学ぶべきは、過去の苦労の部分だと思います。
成功されているところだけを見てもあまり意味がないと思います。
どうやって成功されたのですか?とお聞きしても活かせないような
気がします。
 
大事なのは成功へのプロセスです。
苦労もせずに、成功されている方の表面的な部分だけを真似て
何と成功しようという 虫の良い話はないと思います。
 
成功の陰には、隠れた努力が必ず潜んでいます。
だから真似るのは成功ではなく、隠れた努力です。
でもこの隠れた努力をせずに一発当たらないかなぁという方を
よく見受けます。
 
そのようなことは考えずに、地道にコツコツと努力するのが妥当だと
思います。
 
努力する方向性を見誤ってはいけませんが、努力を積み重ねないと
成功はないのでは ないでしょうか?
 
 
成功されている企業へ訪問したり、社長面談でお話を聞いたとしても自社に
活かせるかどうかは別問題のような気がします。
ヒントやきっかけづくりにはなると思います。
しかし、大事なのは成功へのプロセスを学ぶことです。
 
 
そのプロセスを学ばせていただき、真似ることです。たとえ10年かかっても
20年かかっても納得がいくならチャレンジすべきです。それぐらいのスパンで物事を考えないと、今当てたい、成功したいと思っても難しいです。
 
 
成功された方の体験談も聞く方の視点がしっかりとしていないとブレて
しまいます。
 
決して、偶然、当たりましたということはないはずです。
 
成功のために10年スパンで物事を考える。
それが将来、自分を豊かにするためのコツように思います。
 
~~~
 
このお話を読んで、つくづく思う事は、表面的なところだけを
見ない事ですね。
 
人も、起こるべきして起こる事柄も追求すれば実に奥が深いと思います。
良い本がたくさん世の中にはあります、素敵な人が世の中にはたくさん
いらっしゃいます。
 
良い本や素敵な人に出会うと、こういう風に考えられたら、こんな人になりたい・・・誰しも思う事だとだと思います。
 
良い本や良いお話を聞いたら、あ~良いお話だった。
素敵な人に出会ったら、あ~素敵だな、あんな人になりたいな。
と、思うところで止めず、じゃあ どうしたらそうなれるのか?どう考え
どう行動すればそうなれるのか?を考え、感じ、行動していく事が大事ですね。
良い本を書かれた人も、素敵な人もいろんな経験をされ、たくさん考えて、        行動されたので今、良い本で、素敵な人で・・・                     という現在につながっていると思います。
 
なりたいと思っただけでは理想には近づけませんし、空想しているだけでは        現実になりません。
 
宮本武蔵は、剣の達人と言われ歴史に残る人物ですが、当時みんな剣術、武術を習いにいってたそうですが、宮本武蔵には、仰ぐべき師がいなかったそうです。
自分で考え、努力し、練習に練習を重ね、達人と呼ばれ後世に語り継がれるまでに人物になられたようです。
 
松下幸之助氏も、語り継がれる大成功者ですが、体が弱く、生まれも貧しく、何度も失敗を重ねられ、本当にご苦労されたと思いますが、松下電器の創生者として、すごい人物になられました。
 
 
 
あ~したい。こ~したい。こ~なりたい。
 
思ってるだけでは、なれません。思いも、人としても薄っぺらではいけません。
 
 
思うことから、始まりますが思うだけでは、変わりません。
 
実行しましょう! 思いを形にしましょう!
 
 
また、こんなお話もありました。
 
 
 
一流のプロの横で仕事をする人
 
 
プロの方に直々に指導してもらうということは間違いなく成長します。
社内、社外を問わず、プロと仕事をすることが成長への近道になります。
プロは厳しいです。甘えを一番嫌います。
今までのような仕事の仕方をしていると叱られるでしょう。
ただし、要求されるレベルは高いと思いますが、必死に付いて行けば           一人前にしてくれるでしょう。
 
プロと一緒に仕事をするのはきついと思わず、接してみることがまず大事ではと思います。食わず嫌いにならないように・・・
 
プロの方ほど癖がったり、こだわりを持っています。合わせるのがたいへんな時もありますが、その癖やこだわりがプロの特徴でもあると思います。
プロと接する時間を多くするように努めることが成長につながります。
その道のプロと横で仕事をさせていただければ、プロへ近づくことができます。
プロの視線でチェックしてもらうことが大切です。
 
自分の目線で仕事をしないことです。
あくまでもプロの目線で仕事ができるようにすることです。
身近にプロの方はいませんか?
自分の周りにいるプロの方の数だけ、成長するような気がします。
 
 
 
~~~
 
 
本当に周りにはたくさんの先生がいらっしゃいます。
前回のIさんのブログにもあったように、運が良いというのは、
 
人に恵まれる事。
 
社内、お客様、業者さん、プライベートな方・・・                   たくさんの先生から学ぶべき事はたくさんあります。
反面教師の方がいらっしゃれば、そこからまた学べる事はあります。
 
思いを形にしないと、願望はただの一時の思いで終わってしまいます。
 
自分の長所を活かし、短所は改め、なりたい自分になれれば、
 
それこそ素敵です。
 
まだまだ修行中。
 
たくさんの先生に感謝を忘れず思いを形にしていきます。していきましょう。
 
 
 
 

思いと言葉

 

私は、日常使っている言葉を、自分がどれだけ

《無意識に、何気なく》 使ってしまっていたかを反省することがたくさんあり、
以前読ませて頂いた今野華都子先生の本を手に取りました。

 

―――

       『顔を洗うこと、心を洗うこと』

       ―思いを言葉に乗せる より― 

「思い」が言葉にのるから相手に通じるのです。
初めに言葉ありきではなく、「思い」ありきだと私は思っています。
自分の思いをのせて素直に話すこと。
だからといって、「嫌なこと、やりたくないことをはっきり言う」こととは違います。
それは(感情)を伝えることになりますから・・・
そこには(愛情)というフィルターが一枚かかっていないといけません。
暮らしの中で、実践の中で、瞬時に愛情というフィルターを通した
言葉が出せるかどうか
それが人として大切になってくると思うのです。


―――

 

先日のI先輩のブログでもあったように、
言葉を話すことは 離す ことなのだと、教えて頂いて最近やっと意識し始めました。
同じことを伝えるにしても、
自分の伝え方で、相手から返ってくる反応、言葉は違うのだと思います。

私は、話し方が自己防衛になったり、自己中心的で、
自分の期待する言葉、反応が返ってこなかった時は、

“何でそんなふうにとるのだろう・・・?”
“そんなつもりで言ってないのに・・・”
などと、相手のせいにすることさえありました。

でも全ては自分に原因がありました。

相手の方も、私に対して何でそんな言い方するんだろう…とか、怒っているの?とか           思っていたのだと思います。

 

先日も今野華都子先生の『洗顔洗心塾』に行かせて頂き教えて頂いたところでした。

会話をする中で、一番大切な《想い》から自然と出てくる、
相手への心遣い、思いやりが欠けていたからだと思います。
これが、今野先生の仰る(愛情)というフィルターなのだと思います。


また、仕事をさせて頂く中では、私は会社の中では一番年下で、

         (支店の方のサービス部門(エステティックサロン エクセレンス)
                    アシスタントを担当させて頂いております。)

いつも皆さんに与えていただいてばかりの現状です。
これもずっと『許して頂いてきた』のだと気付くことができましたが、
謙虚な気持ちが欠けていたと、とても恥ずかしい気持ちになりました。

 

 

日めくりカレンダーで教わった言葉の中に、
こういう言葉もありました。


人物とは 言葉である

日頃どういう言葉を口にしているか。
どういう言葉で人生をとらえ、
世界を観ているか。
その言葉の量と質が
人物を決定し、
それにふさわしい運命を招来する。
運命を拓く言葉の重さを
知らなければならない。

 

言葉は、言霊とよく言いますが、言葉に心を込めること
《思いやる・慮る・相手の立場に立つ》 
社内、お客様、家族、友人、誰にでも同じようにできる人。
裏表なく、自然体でできる人は本当に素敵で、
誰からも愛されるのだと思いました。
そして、そんな人はきっと知らない人にもそうなのだろうと思いました。
そして、物に対してもそうなのではないかと思いました。

私は・・・物もよく壊します。
これって、やっぱり一つ一つに対する《想い》の差なのだと思いました。
自分に関わってくださる人・物も 全て大切に愛おしく思える

心 を優しい気持ちで育んでいきたいと思います。

一筆の心づかい

 

                                                                                                                                                             By K,I

  先日から読んでいる本の中で、ギクッとすると同時に冷や汗がでるという        

  思いをしたところがありました。

  普段さりげなく行う、人としての心づかいについて自分自身を振り返らざる

  えませんでした。


 

 「ここまで『気がきく人』」 山形 硺也さん著書  

  

   私がお手伝いしている韓国の会社の日本支社に、A女史がいた。
   なかなかの才媛で仕事ができた。私は彼女と親しくしていて、
   ハングルを教えてもらったり、一緒に食事をしたりした。
   その彼女が本国に転勤することになったので、栄転のお祝いをかねた
   送別会を開き、彼女を食事に招待した。
   帰りには日本土産に餞別代わりのプレゼントもした。
   たいしたことをしたわけではないが、私にはビジネスを越えた
   人間同士のつきあいをしてきたという気持ちがあった。
   それから数日して、彼女から転勤の挨拶状が届いた。そのハガキには
   雛形どおりの挨拶文が印刷されているだけ。
   一行の添書きもなかった。
    

   「先日は楽しい思いをさせていただいた上、結構な贈り物までいただき、
         本当にありがとうございました。先生もどうぞお元気で」
   

  下手な日本人より日本語が堪能なA女史である。せめてこれくらいの
  添書きが書けないものかと首をひねった。
  

  ふだんつきあっていた彼女は、非常に頭の回転が速く機転がきいた。
  礼儀正しかった。それだけにこの挨拶状には失望させられた。
  そうか、彼女にとって私という存在はその程度のものだったのかと、
  正直、非常にさびしく感じたものだ。
 

  好意的に解釈すれば、このハガキは彼女が誰かにリストをわたして
  宛名書きをさせたものかもしれない。しかし、そうであったにしろ、
  特に自分がお世話になった人には、自筆でひと言添える心づかいがあって
  しかるべきである。もし、日本で一緒に仕事をしたすべての人に同じことを
  したのだとすれば、彼女は、せっかくの日本でのキャリアを捨ててしまった
  ことになる。彼女は日本で仕事をする場合、また一からはじめなければ
  ならないことになるからだ。
  

  仮に彼女が再び日本に来て、仕事をする機会があっても、私は喜んで
  協力する気にはなれないだろう。
  

  ”たかが一筆 " がなかったことが、私と彼女の距離を隔てたのだ。

 

   これとは対照的な例もある。

   大手飲食メーカーのT君は、同期の出世頭である。

   頭の回転が速く、そつがない。彼がほかの人と最も違う点は、筆マメで
   あることだ。転勤の挨拶状の添書きなども神経が行き届いている。
   

   たとえば、私が彼にあったとき、眼鏡があわなくなったという話をした
   ことがある。

    彼は、そんな何気ない話を覚えていて、添書きに書いてきた。
   

   「先生、眼鏡があわないとおっしゃっていましたが、

    もう換えたのでしょうね。おしゃれな先生のことですから、

    どんな眼鏡をしているか今度会うときが楽しみです」
  

   些細なことでも覚えていてくれたのを知って、私が彼にとって特別な存在で
   あるかのように思わせてくれる。A女史とは対照的である。

 

 ~~~
   
 この文面を読んで、今までの自分自身を反省しました。
私は今まで、周りの方々にして頂いたことに対して、きちんと感謝の気持ちを持てていたのだろうか。
そして、その感謝の気持ちをきちんと相手に伝えることをしてきたのだろうか。と…
また、大手飲食メーカーのT君のように何げない会話の一つをしっかりと気にとめて、添書きが出来るような細やかな配慮など
とっても温かな心遣いだと思いました。
いくら仕事ができても人間的にどうだろう…と考えたときに、自分の意識がそういう
    所までも気配りできるかどうかで、人生が違って行くのだと感じました。


まずは相手に感謝の気持ちを伝える、そういう当たり前のことと、気配り心配りが   自然にできるような本当の意味での素敵な女性を志したいと思いました。     
そういうことを気づかずにいると、この本の「彼女」のように知らず知らずのうちに、見切られ、期待もされなくなってしまうという恐怖感も感じました。

 

 毎年やり取りしている、年賀状も同じです。
パソコンで打ち込んだ、お決まりの新年の挨拶文。
順番に年賀状を見ていて、手書きのメッセージが添えてあると私はふと手をとめて
見入ってしまいます。
そして、ちょっとだけ幸せな気持ちになります。
そうした、心づかいひとつで、人は判断されてしまうのだと思いました。

 そして、毎日会社で配っている、「ありがとうカード」もそうです。
お世話になった方に、感謝の気持ちを伝えるカードなのですが、
感謝の気持ちが、表面上だけになっていないか・・・と反省しました。
 
私もカードを頂いたときに「ありがとう」の気持ちが伝わってきたら、
嬉しくなったり、次もその人のために何かできることがないかな、という
素直な気持ちに自然となります。
私も周りの方にそう思って頂けるように、もっと感謝する気持ちを持って、
そしてその気持ちをその人に伝えれるような、細やかな感性をもてるようにして      いきたいです。
 
このブログを書きながら、今とても、日々お世話になっている方へ
感謝の気持ちでいっぱいになりました。
  
   「 いつも、ありがとうございますm(__)m 」

恩を知る

 

                                                                                                                             By/M.F

 

 私は、支店の方のサービス部門(エステティックサロンエクセレンス)を担当させて頂いており、   エステティシャンです。

 

日々、素敵な方々の応対をさせて頂き、ためになるお話を伺うことができます。

今日は、ご来店下さったお客様からこんなお話がありました。

 

その方は、上下水道工事を請け負う会社の事務の仕事をされています。

 

仕事内容は、建設現場が始まる前の水道申請から、
工事が完了した後の最終検査(水道が正しく使えるかどうか)まで
ひとつの現場の上下水道に関わる全ての莫大な量の手続きをされるそうです。
その仕事は、「早くしろ」などの現場からの声を直接受けたり、
各役所からの申請待ちに神経を使ったり、関わる方々の板ばさみになることが多いそうです。

その説明を受けた後、その方が、

 

『水道を捻ったら、水が出るのが当たり前でしょ?
 私もこの仕事をするまで知らなかったよ。
 でも、自分達が当たり前だと思っているその裏には
 大変な作業があるんだよ。』

 

と、教えてくださいました。

 

本当にそうだなぁ、と、自分達の当たり前の裏には、どんな背景があるのかを       振り返るいいきっかけを頂いたと思いました。

 

どんな方が助けてくださっているだろうか?

 

どれぐらい大変な気苦労をおかけしているのか?

 

どれだけの方々が関わってこられたのだろうか?

 

自分達が毎日、当たり前のように応対させていただいているお客様。

ご来店いただくきっかけを作ってくださったのは?

問題が起こったときに助言してくださったのは誰?

 

更には、言葉を発しなくても、目に見える行動がなくても
困ったときにいつでも助ける態勢で待って下さってる方がいるかもしれません。
助けて上げたいけど ガマン!と自分達の成長の為に
ヤキモキしながら待ってくれている人がいるかもしれません。


 

私はかつて、自分の頑張りでお客様がご来店くださった、と勘違いを起こしていた    時にある事実があった事を知りました。

入社して間もない頃、落ち込んでいる私を思い、社長や上司がお友達に電話して      くださり、
 

 “ちょっと元気がないからお店に行ってあげて!”
  と声をかけてくだっさていたのでした。

 

勿論、お客様は何も仰らなかったですし、社長や上司からも何も聞かされていませんでした。

その事実を知ったのも、ずっと後のことでした。

 

きっと、見えない援助を頂いているのはこのことだけではなく、
私達が気付いていていないだけで日常に沢山あるのだと思います。
私達が手足を伸ばしていられる裏には、
見返りがなくても、一方通行の愛情でも変わりなく見守ってくれている方々がいます。

 

朝礼のひめくりでも教えて頂いたように

「恩」と言う字は、「口」と「大」と「心」から成っている。
「口」は環境、「大」は人が手足を伸ばしている姿である。
何のおかげでこのように手足を伸ばせておられるのか、
と思う心が“恩を知る”ということである。

  
恩を知り、お返ししていく。
そのためには、まず、知る事から始めなくてはいけません。
周りの援助に気付こうとする繊細さを養い、
心からの援助に、心からの感謝を感じることのできる人でありたいです。
心を育てていきます。

 

エステート・リード駅北支店 エステティックサロン エクセレンス http://www.excellence-e.com/

『自己を知る』

        

                                                                                       By/N.E     

~ある経営者の方のお話の中に興味深いお話がありました。自己表現の仕方に関しての記述です。履歴書の事なのか、自己経歴の事なのか、チラシ等で最近自己紹介を交えた広告のようなものもあります。どこにあてはまるかは、分かりませんが、書面の書き方の事を言っておられるだけではないように思います。~


自分を大きく見せようというのはわかるのですが・・・
少し行き過ぎると逆効果になると思います。
全くできないことは書いていないと思うのですが、経験が少ない場合は、どうしても過激になりがち。

では、正しい書き方は?
背伸びをせず、正直に今の自分を書くことが大切だと思います。
ネットなどで情報は氾濫しています。どれが本当で、どれが過大な書き方なのか見る側からするとわかります。
だから過大に書けば書くほど逆効果になります。
今、仕事が欲しいと思って少々過大になっているのかもしれませんが、長期的に考えるなら正直に成長した分だけ、書き直せば良いと思います。

 

焦らないことです。
少しでも目立つ自己紹介の案内文にすると仕事が来るのではと皆思いがちですが、そんなことはないです。

 

1件でも問い合わせが来ないかなぁと必死に書けば書くほど、過大広告になって行きます。
でもそんな簡単に目に付いたり、問い合わせが来ることはないです。
今すぐに反響率を上げようと焦れば焦るほど、成果は遠のいて行きます。
長期的に自分を育てながら、紹介文も育てて行くことです。
過大が徐々に過激化しいて行くとたいへんです。逆に、問い合わせが来なくなります。

真摯に書くことが大切なようです。

自己紹介のアピールが先になり、本来の業務の磨き込みが疎かにならないよう。

 

~~~

 

 まず、自分を知る事が大事なんでしょう。自分の器はどれくらいなのか?
だれしも、人に誉められたいし、よく見られたい、出来ない人間だと思って欲しい人は、いないと思います。ただ、それの表現の仕方を、上手く書かれているなと思いました。
この文面を拝見して、いろいろ考えました。
自分に自信を持つことは、大事な事で、その自信を活かし、大いに仕事に、社会、周りの方々に貢献していくのは、とても素晴らしい事だと思います。

自信というのは、こんな事が出来るようになったとか、この仕事に関しては誰にも負けない努力をし、きっちりと成果を出せた等、成功の積み重ねにより生まれるのもで、その積み重ねの評価が、自信となり人から、評価されるのだと思います。

 

自信過剰という言葉がありますが、自分はこれが出来る!自信がある!自分はすごい!等と根拠もなく言っている人にあてはまるのではないでしょうか?

もちろん、モチベーションをあげる為に、自分に言い聞かせる良い言葉では、ありますが、裏を返せば・・・とらえ方違えば・・・どうでしょう?自信過剰は、自信(自身)を過剰評価している事です。

自信は、上にも述べたように、成功の積み重ねによって着実に掴んできた自分の成果、成長に対して、心にしっかり持つべきもので、過大に過剰に持ちすぎると、傲慢という言葉に変わります。

傲慢の意味を調べると、『傲慢(ごうまん)は高い自尊心、他人より重要、魅力的になりたいという欲望、賞賛をそれに値する者へ送ることの怠慢、過度の自己愛などを指す。』

キリスト教では傲慢(pride)は七つの大罪の一つに数えられる。
自分の能力に対する過信、おごり高ぶって人を見下す事を意味する。

 

反して、自信がなさ過ぎても困ります。これだけの事が出来るのに、自己を自ら萎縮させて、本来あるべき実力を、自分で蓋をすると、自己価値を下げてしまいます。
せっかくの力を発揮できなくなります。


自分は、今どれだけの事が出来るのか?
自分は、どれだけの事をやっていきたいのか?
自分は、どうなっていきたいのか?
今の自分は?

 

まず、しっかりと今の自分を知る。
自己を過大評価ぜず、過小評価ぜす、今の自分を知った上で、改めるべきところは、しっかりと改善し、のびしろは、どんどん伸ばしていく事が必要だなと改めて感じました。

自分ではなかなか気づかない、自分の不足を教えて頂ける人、おこる事柄に感謝し、現実を受け止め、清い自信にあふれた人になりたいものです。

その為には、どうしたらいいか・・・
現実の自分と向き合い、自分を見つめ直し、行動していきたいと思います。

桜梅桃李の花咲かじいさん

                                                                                                       By/R.M

明日からの朝礼は「理念と経営」の4月号を読んでの勉強会です。
その本の中でわたしが印象に残った記事は、

株式会社クーバル 代表取締役会長 井上 善博さんの書かれた
『従業員が輝く、桜梅桃李の花咲かじいさん』でした。


~~~~~~


人を信じることは、その人の良心を信じることであり、

それは、毎日草木に水をあげるのと似ています。

桜には桜の、梅には梅の花が咲くように、人にもその人にしか果たせぬ使命がある。

従業員が最大限に輝ける存在になるために、

私は桜梅桃李の花咲かじいさんになろうと思っています。


~~~~~~

この記事を読んで、父を思い出しました。

先月、父親が急に東京へ転勤になりました。
それまでは、家族全員揃っているのが当たり前の生活だったので、
誰か一人でも欠けることは初めての経験です。


ある日(その日は父の辞令が下りた日でした。)、
私が帰宅すると、いつもは就寝しているはずの父が降りてきて、
私に、転勤になったことと、
「お母さんとおばあちゃん、そして弟をよろしく頼むよ」と言いました。
おそらく、皆それぞれに、そう言ったのだと思います。
そして1週間もしないうちに行ってしまいました。


今になって昔を振り返ると、私は、両親が叱ってくれる意味も考えず、
反発したこともたくさんありましたが、
父も、もちろん母も、無条件に私の良心を信じ続けてくれていたのだと思いました。
私の花咲かじいさんは両親でした。
何があっても、私には私の花があることを、
信じて見守り続けてくれたように思います。

会社で教えていただいたことを家で話したりすると、
父は私が勉強させていただける環境にあることを、とても喜んでくれました。
“もっといっぱい話したかったなぁ~”と寂しい気持ちもありますが、
ずっと見守って、与えてきてもらった分、
少しでも父が安心してくれるように、
家でも今自分ができることを精一杯したいと思います。
そして、休暇で戻ってきた時には、ちゃんと直接感謝の気持ちを伝えたいと思います。


そして会社でも、私が最大限に私の花を咲かせられるように、
上司や先輩がいつも応援してくださり、助けてくださいます。
失敗しても、落ち込んでも、○○さんならできるから、
○○さんには○○さんの花があるんだよ、と
信じて、見守ってくださいます。

私の成長を見守ってくださる方が周りにたくさんいてくださることが、
本当に、ありがたいことだと感じています。

 

 日めくりカレンダーで教わった言葉の中にも、
  
「過去が咲いている今 未来の蕾で一杯な今」

というのがあります。

私も、私の花を力一杯咲かせられるように、
信じてくださるる方々に喜んでいただけるように、
今を大切に生きたいと思います。


いつも、いつも私を温かく見守ってくださり、助けてくださって

ありがとうございます。

他人もほめて、自分もほめる

 

                                                                                            By K,I
 
 I先輩から本を貸して頂きました。
姫野 友美さんの
  「クヨクヨからスッキリへ、こころのクセを変えるコツ」です。
その本の最後に、姫野 友美さんがご自身の本を、お友達にプレゼント
された時のお話がありました。

思わず笑顔になってしまう文面なので、ご紹介しますね。

~~~
  
  先日拙著『なぜか恋愛運がいい人の小さな習慣』を親しくしている
  中年夫婦のMさんにさし上げました。Mさんは
  「私なんかもう恋愛なんて関係ないのに」とそっけない反応。
  ところが御主人の方は、
  「何言ってんだ。お前ほど恋愛運がいい奴はいないぞ。読め読め」
  と、大乗り気。Mさんと私は顔を見合わせました。
  「それって自分のことほめてんの?『オレと結婚できたんだから』と
   言いたいんでしょ」
  これは他人もほめて自分もほめる典型。

  Mさん夫婦には2人の子どもがいます。お姉ちゃんは弟のことを大変
  かわいがっていました。
  忙しい母親に替わって運動会を見に行ったりします。
  弟が50m走で1位をとると、
  「すごいね、すごいね、がんばったね。1位だもんね。さすが私の弟!」
  と言うのです。それって誰のことをほめてるの?
  「決まってるじゃん」
  他人をほめて自分もほめるのは親の遺伝?
  いや生まれたときからプラス思考の親と接しているから、子どもも
  プラス思考になったのでしょう。

~~~
 
 読み終わった時、私の心はなんだか少しだけ軽くなっていました。
お互いを尊重して、褒めあって、素敵なご家族ですよね(*^_^*)
 
 人は誰でも褒められると嬉しいですよね、私も人から褒めてもらうとすごく嬉しいです。
褒められることは、脳にもとてもいいそうで、人から褒められるとドーパミン などの快感物質が分泌されて、それが脳回路をプラスに成長させる原動力になるそうです。

 人を褒める時、褒めている人は「すごいな~」「頑張ったね」「よかったね!」
など、素直にその人のことを思っていますよね。
私は最近、誰かを褒めたかな・・・とふと考えました。
・・・(-_-;) 覚えていません。
上司が以前のせて下さった「請求書の人生と領収書の人生」
またです。また請求書になっていました(>_<)
すみませんm(__)m
まずは、自分から相手の良いところをみつけて、その人を褒めていきます。
そのためにも、私自身がプラスの発想をしていかないといけないと思いました。
他人もほめて自分もほめる、そんなプラスの循環をしていきたいです。

初心を振り返る

 

                                     by/M.F

 

今月は、朝礼のテーマが『初心に返る』です。

入社当時心掛けていたこと、自分が今まで許されてきたと思ったことなどを
振り返り、改めて勉強させていただきました。

私には、壁にぶつかったとき読み返す本がいくつかあります。
その中の一冊より。

(自分と他人を比較し、難しく考えすぎて、一歩が動けない・・・
そんなときににであった本でした。)

 

~~~~~

~ やる気のスイッチ より ~
 
 

上手い人がやっている事は、とても簡単そうに見える。
 スポーツも、演奏も、ゲームも、ダンスも、
 上手い人がやっているのを見ると、自分にも出来そうな気になる。
 
 でも、実際マネをしてみると、それが凄く難しい事に驚かされる。
 
 仕事も良く似ている。
 
 できる人ほど多くの仕事を、楽しそうに、簡単そうにこなしている。
 仕事が手足のごとく、体に染み付いているからだ。

 人は一度にひとつのことしかの事しか意識出来ない。
 かといって、ひとつの作業しか出来ないわけでは無い。
 
 車を運転する人は、シートベルトを締めて、エンジンをかけて、
 ミラーをチェックしながら、ウインカーを出し、側面を確認しながら・・・
 という一連の作業を、流れるようにこなす事が出来る。

 しかし、運転手はひとつひとつの作業について意識をしていない。
 ではなぜ意識をしなくて済んでいるか?
 
 それは何度も繰り返し、体の覚えさせてしまったからだ。

 一度身に付いた技術はなかなか忘れない。
 だから、基本となる仕事はひたすらひたすら反復させる。
 考えず、自然に動けるようになるまで繰り返す。
 そうすれば、いつもの仕事を同時にこなしながら、
 新しい仕事に集中できて、
 その姿を側から見ていると、とても簡単そうに見えるのだ。

 


 ◎やる気のスイッチ

 やるべきことは、体に憶えさせる。

 


~~~~~

 


私はこれを始めて読んだとき、
とても簡単な文章に、『それだけ・・・でいいの?』と感じました。

でも、今はその<からだに憶えさせる>ことの深さや難しさを感じています。


入社して4年。

沢山の学びを与えていただきましたが、その中でも一番の気付きは『感謝する』と    言う事。

助けてもらったり、何かを頂いたり、優しくしてもらったりと言う事に対して、
『ありがとうございます。』と簡単に口からでても、
注意されたとき、自分に都合の悪い事を言われたときはどうでしょうか?


「シートベルトを締めるように、エンジンをかけるように、
 頂いたご縁に感謝できてますか?
 かけていただいた愛情に感謝できていますか?」

 

毎日起こる様々な事を謙虚に受け止め、
日々の反復練習で身に着けていきたいと思います。


自分で自分に問いかけ、自分で自分を育て、
あたり前じゃない周りの援助を 
あたり前に感じ、
あたり前に他の人へお返しの出来る
そんな素敵な人になりたいです。

目に見えない言葉

目に見えない言葉
                                       By K,I

 和田裕美さんの「和田裕美の人に好かれる話し方」に引き続いて、第二弾、
「一言変えるだけで!もっと人に好かれる話し方」を読み始めました。
和田裕美さんの本はとても読みやすくて、分かりやすくて、たまに「プッ」って
笑ってしまうことがあるんです。
とてもおすすめです!
 今日も本の中で、「あ~、わかる~(^_^)」と思わず、うなずいてしまった
文面をご紹介しますね。

~~~

  人と人が出会って、まず感じるのは相手の雰囲気、相手が出している空気です。
  
  空気は目に見えません。
  けれど、確実にそこにあるのです。

  相手とあなたの間にあるのです。

  < 中略 >

    たとえば銀行のキャッシュ・ディスペンサーで長蛇の列。
  急いでいるサラリーマンがいます。
  彼は眉間にしわを寄せて、身体を小刻みに動かしています。
  10秒おきくらいに時計を見て口をへの字にしています。
  ときどき「ちっ」と言ったり、大きな溜息(周りにわかるくらい)を吐きます。
  彼は言葉で「私、急いでいるんです」とは言っていませんが、見れば彼がすごく
  イライラして急いでいることがすぐにわかりますよね。

  彼の空気はまさに「イライラ」の空気です。
  目に見えない空気ですが、あなどれません。
  そばにいたり、見ているだけで、うつることもあるからです。

  

  では、こんどは駅で待ち合わせをしているカップルです。
  先に待っている彼は何度も時計を見ていますが、眉間にしわを

  寄せてはいません。
  

  心配そうに、彼女が来るであろう方向を見つめています。そして、

  彼女の姿が見えたら嬉しそうに「ここ、ここ」という感じで手を振ります。
  彼女も笑って駆け寄ります。それは彼が嬉しそうだからです。

  彼らの空気はまさに幸せいっぱいの空気です。
  わくわくした空気です。
  

  二人は会話をしていません。でも、遅れてきた彼女は笑顔になりました。
  もし、彼が前で挙げたイライラ・サラリーマンみたいな空気を出していたら、
  彼女は笑って駆け寄ったと思いますか?
  たぶん、ものすごく萎縮してしまうか、

  「なによ五分遅れたのは悪かったけれど、そんな態度ないでしょ!」と思い、

   ムッとするかのどっちかです。

  態度から出る空気こそ一番最初の「目に見えない言葉」なのです。

~~~

  この本を読んだときに、ふと、私はどうなんだろう・・・と不安になりました。      たまに、初対面の方でまだお話もしていないのに「この人ちょっと苦手かも・・・」
なんて、思うことがあります。それも、なんとなくですが苦手な感じがするのです。
この人、私のこと嫌いなのかな、なんて感情までわくこともあります。
ぎゃくに、相手の人から、嫌な感じだなぁというような空気を無意識に出して、苦手   な人と思われていたかもしれません。
                                      果たして私は、笑顔プラス幸せな空気でその人に接しているのだろうか・・・
そう考えたら、もしかしたら今まで私が苦手と感じていた人は、先に私からの空気を感じて、私にとって苦手な人になっていただけかもしれないですよね。
・・・怖いです。

 

  「相手は自分の鏡」 相手の批判をするのではなく、その前にまず自分は

   どうなのか、もっと、自分自身の発する言葉・態度を考えていきます。

運がいい


                                                                                           By K,I

 会社で勉強させて頂いている「理念と経営」の本の中で、「私の好きな言葉」     という項目があります。

文面は1ページの半分のスペースですが、毎月いろいろな方の好きな
言葉が紹介されています。毎月、私が真っ先に読む頁です。
文面も短く、とても読みやすいのですが、いつも「ハッ」とさせられるので、         ご紹介します。
 

 

 私の好きな言葉 より
   ~レーベン株式会社 代表取締役 木村 武志さん~

運も実力のうちと、とはよく聞きますが、その「運」とはどういった事をいうのか。
何も努力せずに幸運が転がり込んで来ることなのか、あるいは、ある事柄に対する、
その人の解釈によって「運がいい」と思えるのか。
僕は、さまざまな状態や、結果を評価して幸運・不運というと思います。
僕がこの言葉を好きな理由は、とある占いで「あなたは運だけで生きている人です」 と言われましたが、実際、自分に「運がいい」と思えることが多いからです。
僕の運の良さは、主に「人」です。
仕事等で期待以上の結果が出る「運」もありますが、それ以上に常々「人」に       恵まれていると感じさせられています。

<中略>

JCや経営研究会の仲間は、僕の至らない所を遠慮なく指摘し、成長の糧として     くれる得難い存在です。家庭では会社での立場を理解し、自由にさせてくれる家内、 今日まで面倒を見てくれた両親。仕事では、会社を信頼し任せてくれているお客様   たち、そして何よりも、日々頑張ってくれている社員さん・パートさん。           僕を支援してくれる人々・・・。
「天の時・地の利・人の和」といわれますが、この「人の和」に恵まれている僕は、
間違いなく「運がいい」といえるでしょう。

 

~~~
 実は私自身もずっと「運がいい」と思って生きてきました。
といっても、特別に何か良い事があるというわけではないのですが、
今まで、大きな病気をするとか、大きな事故にあう、仕事で大きな失敗をしてしまう、
そういったこともなく普通に生きてこれたことに対して、私は運がいいと思っていま  した。でも、その「運」はたまたま。本当の「運がいい」とは少し違う気がしました。

 今日、上司に「感謝力」などについてお話をして頂きました。
前回のE先輩のブログにもありましたが、「当たり前」の大事さを考えました。
例えば、朝出社して周りの人が笑顔で挨拶して下さる、当たり前。
困ったことがある時に、普通に相談にのって下さる、当たり前。
そんなことを考えていると、入社したばかりの時は、周りの人が笑顔で話しかけて   下さるだけで、嬉しくなっていた私はどこにいったのだろうかと、自分で情けなく   なりました(-_-;)
当たり前のことが、実は当たり前ではないということに今更ながら気づきました。
私は感謝力がとても低いです。
そういった気づきが少ないからだと思います。
私も、私の運の良さは主に「人」です。と言える人生を送りたいです。
その為には、常に感謝の気持ちを忘れず、もっと気づける人になれるよう頑張ります。

感謝と感動

                                              By/R.M                                                                                     

今月の月間テーマは、“初心に返る”です。

私は、皆さんに、いつもいつも、色々な事を教えて頂いて、そして可愛がって頂いて許して頂きここにいさせて頂いているのだと深く感じています。

少しずつでもお返しできるように、まず感謝力を高め、日々の行動を見直していくために学び、感じていく努力をしていきます。
 そういう事を考えて、先日より以前読んだ福島正伸先生の本を再び手にとって、読み返しています。


― 仕事を感動に変える人 より ― (先日の続き)


感動は、自分でつくりだすこともできますが、
いくらでも見つけることもできるものだと思います。

どんな小さなこと、日常の中にでも感動は隠れているからです。

実は、私たちが当たり前だと思っていることに、感動があるのです。
それを発見することは、生きている喜びを見つけることでもあると思います。


たとえば、そのことを仕事に当てはめて考えてみましょう。
まず、自分が働くことができる会社という場があるでけで、感動することもできるのではないでしょうか。
さらに、考えれば次のように、たくさんの方々に感動し、
感謝したくなることが見つかるはずです。

会社を創業してくださった創業者

創業者を支援してくださった方々

最初に取引をしてくださったお客様

今の会社の商品、サービスを購入してくださっているお客様

その賞品の原材料をつくってくださっているパートナー企業の方々

どこにでも営業に行くことのできる電車や自動車を作ってくださった方々

どこにでもつながる電話をつくってくださった方々

自分を採用してくださった採用担当者

自分の成長のために研修を企画してくださった人事担当者

自分と仕事をしてくださっている上司と、部下、同僚

違う部署で自分達の仕事を支えてくださっている他の社員の方々

全ての責任を負っている経営者など・・・

私たちは、一人で生きているように感じることがあったとしても、
実はたくさんの人とのつながりの中で生きているのです。
見知らぬところで私たちは本当にたくさんの方々に支えられながら生きています。

生きることは感動を見つけ、そしてつくりだすことです。
どこで生まれ、そしてどのような仕事をしていたとしても、
それで感動を得ることは必ずできると思います。
私たちは感動するために生まれてきたのですから。


 

~~~
今日の日めくりのテーマでもある“感動”ですが、
いつも教えていただいているように、自分が感動できないと、人に感動を与えることはできないんだと思います。
E先輩のブログでもあったように、毎日、当たり前に過ぎて、当たり前に迎えて、を繰り返していると、時間が経つのはあっという間で、大切なことを見落としていることが多くあると思います。私はたくさん見落としていました。

一日、朝起床してから、顔を洗って歯を磨くにしても、わざわざ川から水を汲んできて、葉っぱで歯を磨くわけではありません。表面的な事だけを見るのではなく、そこに行きつくまでの作業や携わる方々の事まで考える事や、考えようとすることを教えて頂いて、偉そうに一人で生きているつもりが、もう、生きているだけでも沢山の方々に支えられて活かされ生かされて頂いていると、そのことを考えるだけでも、感謝、感動することはたくさんあります。
仕事をする上でも、自分が気付けていないところで、助けていただき、支えていただき、励ましていただき・・・自分の能力を引き出して頂いて働かさせて頂いている…
ということが、もっともっとあるのだと思います。
そのことにまずは気付ける人になり、I先輩のブログにもあった“自分の意思で働く人”、自分に求められていることを読み取れる思いやりのある人になりたいです。
それにたくさん気付き、喜んで頂く仕事をしていきたいと思います。

感謝の気持ちを忘れないこと。
ありがとうございます。
これを感動に感じ、感動を与えられるような人になりたいと思います。

いつも、ありがとうございます。

『当たり前のことの癖付け』

                                                                                                          By/N,E

~経営コンサルタントの方のお話~

とあるラーメン店での風景。
夜11時頃に入店。
ラーメンと餃子をオーダー。

ラーメンが来た瞬間、スープを一口。
熱々のスープ!
ラーメン店の基本はスープの熱さ。
以外とこのことを維持するのは難しいことです。
熱いスープを出せるかどうか?
これを続けることができると繁盛店へと近づくと言われます。

また、感心したのは、厨房のタイルを店員さんが拭いています。
帰り際に厨房を見るとピカピカに磨かれているのがわかりました。

誰に指示される訳でもなく、手が空いたら掃除。なかなかできるものではないです。
社長や店長がいなくてもこの状態を維持されているのなら、繁盛されているのが想像できます。

繁盛店を作るには、当たり前のことが当たり前にできることです。
社長や上司がいなくてもいつも普通にできること。

本部からのチェックが入らないと店は汚い状態だとか、スープがぬるいといったことが起こっていると危険です。
任せることができません。
必然的に数字は落ちてきます。

当たり前のことができる店を作るのは一番難しいことです。
体は一つしかないです。四六時中店に張り付く訳には行きません。
従業員の教育をしっかりしておかないと飲食業では数字が上がりません。

夜11時過ぎて、客数の少ない時に自主的に清掃を行える従業員をどうやってつくるか?
事業は、人づくりに尽きます。
良い人を作れば数字は簡単に上がります。

人を育てる、教えるということに重点を置かないといつまで経っても苦労します。
人づくりのできる会社こそが成長できるのです。

お客様がいない時、あなたのお店の従業員の方は何をなさっているでしょうか?

当たり前のことにこそ意味がある!
それを理解させ、教えることが大事なことのように思います。

~~~

 

 


当たり前の事に、まず気づく事が大事です。
挨拶をする。掃除をする。相手のことを思いやる。・・・
ボーッと生きていても、当たり前に気づくことは、難しいかもしれませんね。
当たり前なので。
当たり前の事は、当たり前であって、当たり前でないのだという事に気づき、日常に感謝し、まず当たり前に元気で生きていられる事に、毎日を過ごせている事に、ご飯が食べれて、帰る家があって、働く場があって、周りの人がいてくれる事に、叱ってくれたり、誉めてくれたり、励ましてくれたりする人がいる事に、必然で起きる出来事・・・そういった当たり前に日常で過ぎていっている出来事に気づき感謝する事が、次に自分がすべき行動を教えてくれます。


素直であって、当たり前。
挨拶が出来て、当たり前。

『ありがとう』が心から言える事が、当たり前。

当たり前に気づき、そこにある大事なものを見つけましょう。
 

気がきく人

                                      By K.I

実家の近くのコンビニである本と出会いました。
山形琢也さんの本で、ここまで「気がきく人」より

~~~

気くばりのできる人とできない人。
できない人はどうしたら、「気くばりのできる人」「気がきく人」になれるのだろうか。
何事も同じだが、何かができるようになるためには学ぶということが必要だ。
しかし、気がきく人になるのに、学校の勉強のようにイスに座って学ぶことはできない。
日常生活や、仕事をする過程の中、つまり現実の場で学ぶしかないものだと私は思う。
そこで忘れてはならないのは、「働くこと」と「動くこと」の違いである。
「働く」とはニンベンに動くと書く。つまり、人が行なう行為である。
主体性を持って自分の意地で仕事を行うことが「働く」ということなのだ。
これに対して「動く」というのは、ニンベンがない。
それは、えさがあるからそこに行くという犬や猫と同じ行為である。
一生懸命やっていても、主体性がなく、人間としての意思、意欲、判断がない行動は、単に動いているにすぎない。

ある会社の課長が取引先の部長の奥さんが骨折で入院したという話を聞いた。
以前、奥さんに会ったこともあり、すぐに見舞いに行くことにした。
デスクにいた三、四人の部下に、「どんな見舞いにしたらいいかな」と相談した。
すると、Aはいかにも、そんなことに頭を悩ます必要はないというように、「果物でいいんじゃないですか」と答えた。
Bも同じように「果物でなかったら、花ですね」と言う。
これに対してCはちょっと考えて「花や果物はほかの見舞いの人がたくさん持ってきて、処分に困っていますよ。僕がご一緒しますから、任せてもらえますか」と言った。
自信ありげなので任せることにすると、Cは30分もすると紙包みを持って戻ってきた。
ところてんとゼリー、それにフランスパンを買ってきたという。
高級店で買ってきたっとは言うが、二千円もしない品である。そして、Cは総務課でもらってきたという見舞い金用の袋を持ってきた。
「私の母が骨折で入院したことがあるんです。病院の食事は決まりきっているので、ちょっと変わったものが食べたくなるらしいんですよ」
課長はいささかお粗末な見舞いの品ではないかと思ったが、見舞い金もあるからということで納得し、Cと病院に向かった。
病室は確かに果物と花でいっぱいだった。
課長が見舞い金の袋をわたし、Cに見舞いの品をわたすように促した。
Cは、「病院の食事にあきていると思いまして、おやつを…」と中身を見せながら部長夫人に手わたした。
これを見た途端、部長夫人が目を輝かせた。
「あらっ、そうなのよ!こういうものが食べたかったの。気がきくわね」
と、大変な喜びようなのだ。そして次の日、部長からわざわざお礼の電話が入った。
「お見舞い、ありがとう。それにしても君は気がきいてるね。家内がいま一番食べたかったものを持ってきてくれたと大変な喜びようだったよ」
課長は、実は部下のCが気をきかしたのだということを告げながら、効果的なアピールをしたと心の中で小躍りしていた。

説明するまでもないだろうが、Cは課長に相談をされたとき、課長の頭に花や果物では気がきかないという気持ちがあって尋ねているのだとすぐに察することができた。
そして、見舞いの相手のウォンツ、つまり「欲しているもの」を考えることができたのだ。
Cは自分の意思で「自分の仕事」をする「働く人」である。
「働く人」は仕事をしながら、「何か問題はないか」と常に考えている。だから、いろいろなことに気がつくし、その結果気がきく仕事ができるのだ。
一方、AやBは言われたから常識を答えるだけで、自分の意思がない。
まさに「動く人」だから問題意識がない。だから何も気がつかないし、ましてや気がきく仕事はできない。
つまり、「気がきく」「気くばりができる」力を身につけていくためには、自分の意思で仕事をする「働く人」であることが大前提になるのである。


~~~

私の問題点となっている事なのですが、人から質問や相談をされた時に、その人はなぜそんな質問をするのか、その言葉の裏でその人が本当に聞きたい事、求めている答えを読みとる力がとても大切だと思いました。そして、相手の立場にたって、その人を思いやる気持ちが自然に持てる人になりたいです。この本にもあったように、その人に心から喜んでもらえるような、細やかな心配りができるようにしたいです。そのためには、私の場合まず先日書かせて頂いた<思いやりの松竹梅>も実践していきます。

 

母親

 

                                             By K.I

 火曜日と水曜日の連休を利用して久しぶりに実家(広島)に帰省させて               頂きました(^o^)ありがとうございますm(__)m

 私の実家は花屋を営んでいます。
母親が一人で仕入れから配達まできりもりしています。
今日も急にお葬式の仕事が入り、母はフル回転で動いています。
久しぶりに母の仕事をしている姿を間近で見ました。
そして久しぶりに母の仕事を少しですが手伝いました。
母は今年66歳です。
とてもパワフルな人です。
昨日、一昨日とお葬式が続き、あまり睡眠時間が取れていない状態での        今日の仕事。
それでも久しぶりに帰った私に対してずっとニコニコと話しかけてくれます。
実際、疲れてクタクタだろうに…
すごい人です。
昔は母親として、もっとこうしてくれたらいいのに…なんて文句を言って        反発していた時期もありました。
でも今は母親としてはもちろんですが、働く女性として、母を尊敬しています
母はとても我慢強い人です。
私は自分の母親がこの人で良かったと本当に思い私の母親でいてくれることに       感謝の気持ちでいっぱいです。

少しでも母のようになれるよう努力しないといけないと思っています。
おかあさん、ありがとう
そしてこれからもよろしくお願いしますm(__)m

仕事が感動に変わる心構え

 

                                                                                                             By/R.M

― 福島正伸さんの 仕事が感動に変わる心構え より ―


ある人気レストランのシェフとお会いした時、次のようなお話をして           くださいました。

一人で厨房で仕事をしている間は、ずっと集中し続けなければなりません。
一時も気を許すことはできない作業が続きます。
でも、毎日それができるのは、はっきりとした理由があるからです。
それは、今作っている料理を召し上がっているお客様の笑顔が見えるんです。
そして、そのお客様が家に帰って、
家族に今日の料理の自慢話をしてくださっている姿も見えます。
さらに、その話を聞いた家族が“私も連れてってほしい!”
と言っている姿も目に浮かびます。
そして、その家族が友人に電話して、
一緒に私のレストランに来る予約をしている姿も見えます。
そして、友達をたくさん連れて、
お店にみんなが笑顔でやってきてくださる姿が見えるのです。

・・・すべてただの妄想かもしれませんけどね。
でも、そう思うと、いまやっていることから、手を抜くことができなくなるんですよ。
ところが、無意識で仕事をしている時は、
そのイメージが消えてしまっています。
その時は、仕事に集中し続けることはできません。
どのように一回塩を振るかで、お店の未来、地域の未来、自分の未来が変わる、      という感覚が必要なんです。

 

仕事の内容だけを見ていると、それらは単なる作業になってしまうことが        あります。
コピーをとる、電話をとる、企画書を書く、打ち合わせをする、組み立てる、       納品する。
 

これでは、いったい何が面白いのでしょうか?
面白いはずがありません。
しかし、コピーをとることで、
コピーを頼まれた他のスタッフの役にたつことができる。
さらにそのスタッフがお客様に自分がとったコピーを見せることで、
喜んでいただくことができる。
それによって、お客様が自分たちの商品やサービスの魅力を感じ取って購入し、
生きている時間を楽しみ、より幸せを感じていただくことができる。
つまり、コピーをとるほど、たくさんの人に貢献できる、
社会に貢献している、と考えてみたらどうでしょうか?

さらに、コピーをとるためには、その機械を開発する技術者が必要です。
そうでなければ、その内容をすべて、書き写さなければならないかもしれません。
また、たとえ機械の開発ができても、それをメンテナンスし、
どんな故障の修理でもしてくれる専門家が必要です。
もちろん、その前には、それを購入してくれる会社が必要です。
そして自分を信頼し、コピーの仕事を任せてくださるスタッフの気持ちが、         最後には必要です。
このように考えることで、コピーをとる、
ということの意味がまったく変わるのではないかと思います。
“コピーをとる”という素晴らしい仕事に気づいた時、
毎日の仕事が楽しくなり、
人生そのものが素晴らしいものになっていくと思います。

~~~~~

この本を読んで自分の仕事に対する姿勢はどうだろうか、と考えさせられました。
コピーや掃除・電話など、単純な作業だと自分が思った瞬間に、
自分で、つまらなくしてしまっていることが、たくさんあるかもしれないんだと        思いました。
そして皆に時間が平等に流れるのに、1つの事柄から感じることが、
その人によって全く違う・・・。
1度きりの人生だから、1つの事柄からでも、たくさん感じ、学び、
気づきのレベルを上げて、感性を磨いていきたいと思いました。そして、        自分自身が感動し感動を与えるような、まずは、周りの方々に喜んで頂けるような    仕事をしていきたいです。

 

「初心にかえる」

「初心にかえる」
                                     By K.I
 
 今朝の朝礼では、初心にかえるのはどんな時ですか。の設問を発表し合いました。

初心を忘れてしまうと、自分自身の謙虚さがなくなり、周りの方への感謝の気持ちを

忘れてしまいます。


何か悪いことが起こると、人のせいにしてしまい。


逆に良い事があると、それは自分の成果。そんな人には誰も援助の気持ちを

持ちません。


そして、悪いことが起こるとなんで自分だけが・・・なんて自分の中での

悪循環が生まれてしまいます。

 

 私が初心にかえる時は、割と失敗した後が多いように思います。


そして、やはり失敗する時の私は周りが見えなくなり、自分中心になっています。


周りの方からの援助を当たり前と勘違いして、さも自分だけで仕事をしている

つもり(-_-;)


最低ですm(__)m そして、失敗した時にやっと思い出すのです。


私はたくさんの人に助けて頂いて、支えて頂いているからこそ、

今ここに居れるのだということを。


初心は常に持ち続けていきます。

~~~

和田裕美さんの「和田裕美の人に好かれる話し方」より

 自分中心から相手中心へ

思いやりには三段階のステップがあります。


私はこれを、< 思いやりの松竹梅 >と呼んでいます。


「自分がしてほしくないことを相手にはしないという思いやり」は梅。


「自分がしてほしいことを相手にしてあげる思いやり」は竹。


「相手がしてほしいことをしてあげる思いやり」は松。

 

自分が足を踏まれたり、ぶたれたり、悪口を言われたくないから、

しないという梅レベル。

 

ちょっと疲れただろうか?(自分も疲れてきたし)

休憩してお茶でもどうかな?(自分もお茶が飲みたくなってきたから)

これが竹の思いやり。


こういう人は本当にやさ
しいし、気の利いた言葉を使える人ですね。

「お腹すいていませんか?私もぺこぺこなんです」

(この時間のアポイントなら、きっと移動で食事する暇がなかったかも

 しれないな。自分はさっき食べてお腹すいていないけれど、相手の人につき合おう)


相手が笑うために、嬉しそうに笑うためにどうしたらいいんだろう。


幸せそうな笑顔をみるためにどうしたらいいんだろう。


自分の思いではなく、相手が中心なのが松の思いやりです。

話せるということは、思いやりのある言葉を相手にわたすことでもあります。


心のあり方によって言葉が変わってきます。

~~~

私も自分中心の考え方から、相手中心の思いやりの心がもてるように心がけて

いきたいです。
そして、常に初心を忘れず、謙虚さと感謝の気持ちをもって毎日を過ごしていきます。
いつもありがとうございます。

 

昨日の反省

 

                                               By/R.M

昨日、私はまた同じ失敗を繰り返してしまいました。
確かに、その時は“あーーやってしまった!”と反省しているつもりなのです。

私の昨日の失敗の原因は即時処理ができていなかったこと、
そして受身の仕事をしていたからでした。

 

 

― 船井幸雄さんの「本物」になる仕事のクセづより ―

即時処理のクセづけを心がけよう

いまやるべき仕事を、「あとで・・・」とあとまわしにする人が多くいます。
ほかにやりかけの仕事があったり、あとからでもできる仕事なのかもしれませんが、
すぐにやればその場で済むようなことを先延ばしにするのは、
本当に忙しい人からすると、信じられないことです。

何かをやろうと頭の中で考えた瞬間に、その場でそれをやれば少ないエネルギーで、
すぐにその問題は解決します。

しかしあとでやろうと思うと、常にやらねばならないことを頭の隅で
覚えておかなければなりませんし、時間がたってからやるのでは、
とてもエネルギーを消耗します。

これは後片付けなどでも同じことがいえます。
あとで片付けよう、と思って放置しておくと、
放置している間、ずっと散らかっているものが視界に入って嫌な気分になりますし、
汚れも複雑化してきます。
気づいたその場で処理するのが、一番楽なのです。

 
受身にならない・先手で行動

人間の可能性は、とどまることを知りません。かつてできないと思っていたことも、
いまではあたりまえのようにできることは、よくあります。
受身の行動をとっている限り、
仕事はたいして面白くなりません。
先手先手で行動することによって、仕事へのやりがいと、達成感がでてきます。
今日できることを明日に延ばす人はもっての他ですが、
先手で行動する人は明日の仕事も今日のうちにやれるだけやってしまおうと思うものです。
そうして、ひとつずつ片付けていくと、自然と余裕がでてきて、
仕事が楽しくなってきます。
今の自分ならばできないことであっても、
挑戦するうちに、できることは増えていきます。

 

今まで考えて行動できていなかったところが、多くあると思います。
ダイエット器具を買っただけで痩せた気になるみたいに、
本を読んだだけで、できた気になっていることがあります・・・。
失敗したことを、失敗のまま終わらせず、
今日からは即時処理・先手の行動をします!

声は武器にも弱点にもなる

声は武器にも弱点にもなる
                                                                           By K.I

 私はとても早口です。

以前から、少し自覚はありましたが、自分では人よりちょっとだけ早い程度の

認識でした。


ですが、この会社に入らせて頂いてから毎日のように「早い!」と注意を

うけるようになりました。


最初の頃は、正直、なぜ?という感じでした。


それまで、そんなことで人から注意をして頂いたことがなかったからです。


ある日、社長が「これで朝礼中、自分の発表している声を聞いてみたらいいよ」と


テープレコーダを貸して下さいました。


そして、実際聞いてみたら・・・ビックリしました(@_@;)


私ってこんな話し方をしてたのって顔から火が吹きだしそうなくらい

恥ずかしかったです

 気づかないうちに人をイライラさせる声があるそうです。


空気が悪いわけではなく、話している内容がいけていないこともなく、

人の話だってすごく聞ける人間でありながら、何か声が聞き取りにくい

というだけで相手をイライラさせてしまう人。

早口もそうです。私はどうして早口なんだろう?って自分なりに考えてみました。

私は人前で発表をする時、決まって焦ってしまいます。

私の話、おもしろくないんじゃないかなとか、間違ってないかな、

退屈してないかな、と不安になって最終、どうせ私の話なんて誰も聞いて

ないだろうから、とりあえず早く終わろう、そんな逃げの意識が

昔からあったように思います。

それって、とても自己中心的で、とても失礼なことだと気づきました。


私の発言に真剣に耳をかたむけて下さってる人の気持ちも時間も私は

無駄にしてしまっていたんです。

本当に申し訳ございませんでしたm(__)m

そんな長年の悪い癖を直そうと今、奮闘中です。

しかも私は声も小さいので更に最悪です(-_-;)

現在、出勤中の車の中での発声練習と、寝る前の腹筋をしています。
(腹式呼吸がいいと教えて頂いたので(^_^)
 
自分の話を聞いてくれている人が、聞き取れなくてイライラしなくてすむように、

もっともっと意識して、自分の声が最高の武器になるように頑張ります!

許して頂いているということ

                                          By/R.M

 

私は、入社させて頂いてから、この会社でたくさんのことを教えて頂きました。

それまでずっと、狭い世界で、“自分はこれでいいのだ” と生きてきたように

思います。

朝礼で先輩の意見やお話を伺ったり、
素晴らしい方々のお話を聞かせて頂く機会を与えて頂き、
“自分は成長した”
“自分はこんな考え方ができるようになった”
などと思っていました・・・


最近、自分の発する言葉、乗せる音などで、たくさん失敗しました。
いえ、今までもそうで、ただ許して頂いていたのでした。
それなのに謙虚な気持ち、感謝の気持ちが足りず、
自分、自分、自分のことばかりを考えていました。

こうならなければいけない 自分と
理想に近づけずに傲慢な態度や横柄な口ぶりの現実の自分
大きな差がありました。

いつも温かく見守ってくださる上司・先輩に甘え、自分がたくさんのことを

許して頂いて、ここにいさせて頂いていることに気づいていませんでした。


~~~
先日参加させていただいた洗顔・洗心塾で、
今野先生がおっしゃっていた言葉。

待つ・許す・認める

誰もが、社会から許されてここにいる。
色んな人がいるから、自分には不都合だと怒る時がある。
それでも、神様が全てここにいる事を許してくださっている。
大きな罪を犯していなくとも、
言動・行動で人を傷つけているかもしれない。
自分は立派にやれていると思っていても、
許してもらっている。
それなのにどうして自分は、許せない時があるのか。
許すことが、許されることなのです。


~~~
先日上司から頂いたメール

自分に負けたらダメだよ。
厳しいことを言ってるけど、○○さんが悪くならないように
恥をかかないように応援してるだけだからね。
今の○○さんのこと、私も含めみんな大好きだから・・・
がんばってね。
(中略)
大丈夫、○○さんならできるはず。
本当に真剣に○○さんを見守っているから
安心して頑張ってみてごらん。


本当に、いつもいつも見守って下さり、ありがとうございます。
すこしずつでも、お返しできるよう、頑張ります。

 

言葉


                                                                                By/  K.Ⅰ

 

 最近、言葉の重みに気付くようになり真剣に考えなければいけないと

思い始めました。先輩方にアドバイスを頂いて、本も読み始めることが

でき、本を読む読み込み方、感じ方も少し違ってきたと思います。

 

和田裕美さんの「和田裕美の人に好かれる話し方」という本の中で、

とても印象に残り,実践していかなければいけないと強く思うところが

ありました。                      
 

  本より~

  ◎『言葉は口にすると、もう取り戻せない。


    話すということは「離す」ということだと私は思っています。


    言葉はいったん口から出た後はもう自分でコントロールできない

    ところに行ってしまいます。


    自分から離れて、戻ってきません。


    要するに、言葉って吐き出してしまったら、言葉が、一人歩きをして

    しまうのです。
 

 

   ◎『見返りを求めない「ファンの気持ち」

   

    単純にファンになればいいのです。

 
    反応がなくっても、微笑み返しがなくっても、一方的に自分が

    「きよしーー」って声をかけている状況を理解しているから、

    相手と目さえ合わなくても、それでいいと思えるのです。

 
    いったん自分がその人のファンだと思えるようになると、

    すごく素直に「好きです」とか「尊敬しています」とか躊躇なく

    言えるようになります。


    ファンになることと、媚びることは違います。


    ファンレターを書いて返事が来るとかは「来たらいいな」程度で

    大きな期待があるわけでなく、まして「私を愛して」とか

    「結婚してくれないと死ぬ」 とかいう脅迫もそこにはないわけです。


    見返りを求めるのが「媚びる」で、見返りを求めないのが

    「ファンの気持ち」なのです。


    あちらにもこちらにもプレッシャーがないっていうことは、話しかけ

    やすくて話しやすい環境だということです。

    そういう心理状態になれると、人と話しやすくなります。

    もう幸せだし、仕事するのも楽しくなってきます。


    基本的に相手が自分より上の位置にいる状態なので、自然に心を開いて、

    相手を敬う言葉が出てきます。

    応援するような言葉がでてきます。


    さらにファンだと、相手が何か失敗したりとか、悪いことを

    やったとかしても、許せたり、味方になろうとしたりするのです。』

 

 ~~~

 

  私は割と思ったことを口にするタイプで、自分の発言で失敗することが

  多々ありました。いや、あります
 

  しかも、私は正直者だから仕方がない、なんて勝手に自分で言い訳を

  したりなんかもしてました。(最悪です…トホホ、すみません。)

  でも、その何気なく発した言葉で、時に人を傷つけることをしていたのだと。

  もちろん、この人を傷つけてやろうなんて思って発しているわけではあり

  ません。

 
  その事を実感した私は、最近、話をすることの怖さを知りました。


  発する言葉の重みを知りました。


  言葉ひとつで人は、相手に勇気を与えたり、幸せにしたりできる反面、

  相手を傷つけたり、怒らせたりしてしまうこともあるのだと本当に

  わかりました

  そして、表現力。

  いくら相手に良い事を伝えようとしても、言葉のボキャブラリーが少ないと


  自分の本当に伝えたいことは、なかなか相手には伝わりません。

 

  そして、見返りを求めない好き好き=ファンの気持ち。


  今朝、昨日の私のブログを見て下さった先輩(女性)が私に

  「好きですよ」って言って下さいました。


   なのに私は、なんだかうれし恥ずかしくて

  ただ「ありがとうございます」の一言。  失礼な事をしました。


  ん~~、すみません。もっともっと修行します。

  改めまして、ありがとうございました。私も大好きです

  いつも、ありがとうございます。

  がんばりますね。

  


 

心は空気に表れる


                             
 K.I

 


 今日の朝礼のカレンダーで「主体性を持って生きよう」という言葉がありました。


「主体性」 私は今まで何事も最後は何とかなる、という考え方でした。


幸いなことに、実際に何事も何とかなってきたもので・・・。
そして、私は運がいいなって思っていました。

でも、違っていました

私の大きな勘違いの裏で、私はたくさんの方に助けて頂いていたのだと思いました。
それにも気づかず、自分だけで乗り越えた気になっていました。


更に、自分の我を通すことを、主体性と勘違いまでしていました。


先月、私は失敗続きで周りの方にとてもご迷惑とご心配をかけてしまいました。


もちろん、上司にもたくさん叱られました。


なんで私ばかり・・・としばらく落ち込み、マイナスオーラ全開でした

それでも、周りの方は私を見放さず見守って下さいました。

とても、ありがたかったです

そして、私はやっと気づく事ができたんです。

今回の失敗は起こるべくして起こったんだと。

物事は何とかなるではなく、自分がなんとかするぞ!なのだと思いました。

その為には、人まかせではいけない、何事も自分で納得できるまでしないと

いけないんだと気づかせて頂きました。

そして、何かをする時、人は一人では何もできません。


いろいろな人に助けて頂いて、やっと成し遂げることができるのです。


当たり前のことなのですが、私はこの事に気づくまでとても時間がかかりました。

 

今読んでいる本に「心は空気に表れる」とありました。


その瞬間だけいくら笑顔を作っても、イライラ・ピリピリ、自分の自信のなさなど


マイナスな空気は表れて、そして相手にも伝染してしまいます。


ということは、わくわくしている人の空気は、相手をわくわくしてくれます。


わくわくする為には、まず相手を好きになることが大事だそうです。


私にとって必要な人だと、この人から何かを学べると自分に暗示をかけます。


好きになると、自然とやさしさとか思いやりが生まれます

そして安心の空気は信頼を生むそうです。

今回、マイナスオーラ全開だった私に、周りの方は厳しく、そして優しく

見守って下さいました。


その状況に甘えるだけではなく、周りの方に安心の空気を感じて頂けるよう、


まず私自身が感謝の気持ち、そして皆さん好き好きモードで頑張ります

成長するとは

                                                                                                                        By/ N.E


  先月、娘が5歳の誕生日を向かえ、またひとつ大きくなりました。

  ひとつ大きくなってくれたとともに、たくさんの言葉も覚え、

  もう(若干訳の分からない時もあるものの)一人前に話し、行動

  出来るようになってきました。

 

  先月、保育所の修了式があり、所長先生のお話は、本当に心温まるものでした。

  日々の成長や年間を通じての子供の成長のお話を初め、保育所で教えていき

  たいことなど・・・

  

  『まだ子供なので、何をするのも初めての事が多く、幼稚園に行く子、

  年長さんは小学校に進学する上で、人の痛みの分かる優しい子、自分の意見を

  はっきり言える自主性のある子になって、困ってる人がいたら助け、援助を

  しっかり出来る子になりましょう。人を助けてあげて、その人が喜んだら、

  あなたはどんな気持ちになりますか?嬉しい気持ちですよね。その気持ちを

  大切に。

     (中略)

  初めてのお勉強や成長の過程で戸惑ったり、すぐに出来ないことも

  出てくるかもしれません。何か難しいなと思う事にぶつかった時も、

  決して諦めないで、やれるまでやって自信をつけていって下さい。

  こんな事が出来るようになった!っていう事があったり、本当に困ったら、

  いつでも保育所に来てください。先生達は、いつでも笑顔であなたたちを

  迎えます。』

  といった内容でした。

 

  心が温かくなりました。こんな想いの先生方にみてもらって、幸せだなと

  感じる一方、私達も会社で、日々朝礼をはじめ、仕事をするにあたって、

  人としてどうあるべきかからまず全員で学んで、個々成長し、しっかりと

  お客様、家主様、業者の方々、出会う方々に誠心誠意心ある言動をして

  いきたいと。

  私達はすでに大人として社会に出ていますが、所長先生が言われた同じような

  内容を指針に、『成人』(人と成る)として、しっかりと歩んでいきたいと

  思いました。それを、また次の代へ引き継いでいけるよう。

  今をしっかり歩み、未来を見据えて歩んでいければと思います。


 

~ある経営コンサルディングの方のお話~

 

  自分を活かすのは能力ではなく、仲間。

  一番能力のある方が成功されていますでしょうか?

  私の周りではそのようになっていません。成功されている方には何らかの

  秘密がありそうです。

  一番頭の良い人や能力の高い人が、必ずしも成功されていないという現実を

  見ることがあります。

  
  こんなに頭の切れる方がなぜ?という時が多々あります。

  
  成功するかどうかは自分の能力以上にもっと大事なものがあるような

    気がします。

  自分の能力やスキルを高めるだけでは成功しないです。

  人間的に一回りも二回りも成長しないといけません。

  そうさせてくれるのは、どうも仲間のような気がします。

  自分が成長するのは周りの方のおかげです。

  出来る人と一緒に仕事をしていると、必然的に成長するように思います。

  自分よりレベルの高い方とのお付き合いを繰り返すことが一番勉強に

  なるような気がします。

  そういう方と1年でどれだけ知り合いになれたか?

 

 

  独りよがりにならないこと。

  自己満足で終わらないこと。

  人との接触を嫌い、一人になり過ぎると危険です。

  常に周りの人との協調性を保ちながら、教えていただくという姿勢を

  常に持つことが大切だと思います。

 

  自分一人で何か大きなことができると思うのは間違いのようです。

  助けていただく仲間がいて初めて成功への道を歩むことができます。

  仕事仲間との会話はいつも楽しいです。

  同じ方向へ向かっている訳ですから当然ですが・・・

 

  仲間のありがたさを知った時、初めて成長を実感するのではないでしょうか?

 

  自分でやりたいことやできることを主張するのではなく、

  仲間から依頼を受けた仕事を忠実に実践することの方が伸びるような

  気がします。

 

  自分で殻や壁を作らないこと。

  仲間から提案のあったことを素直にやってみること。

  そこに成功の秘訣があるように思います。

~~~

 

   本当にまわりには、たくさん教えて下さる方々がいます。
   その教えに気づき、心底感謝し、自己の成長をはかる。

   人の言葉は、実に不思議で、とらえる側が、軽く聞けば軽くとらえ、

   重みを感じれば、とても深い意味をもちます。

   言葉の重みを知らなければなりません。

   人の本当の優しさを知らなければなりません。

   常に正しさに向かい合わなければいけません。

   そこには、本当の感謝力が必要です。

 

   いつも、ありがとうございます。

洗顔・洗心塾

                                                by/R.M

先日、いつもお世話になっている三田市でエステサロンをされている

墨先生が主催された今野華都子先生の洗顔・洗心塾に参加させて頂きました。

この洗顔・洗心塾では、世界一のエステティシャン 今野華都子先生に
正しい洗顔の方法を、教えて頂けます。
(正しい洗顔の方法をご存知ですか?)

そして、洗顔の方法を変えることで、心も洗うことを教えて頂けるのです。


人がキレイになりたいのは、何故でしょうか?
今野先生は、エステの仕事をされて、そう考えられたそうです。
キレイになった人が幸せになっていく・・・
周りの人をも幸せにしていく・・・
誰だって、キレイになって幸せになりたい。


キレイが1つの自信にもなる。
それは自分の良さが自然と出ること。

外観(目鼻立ち等)のキレイではなく、にじみ出てくる

本来の心のキレイが大切。

 

 

自分の心は・・・?
自分で認識しないと、キレイにはなりません。
自分がどうなりたいのか、
たくさん答えはありますよね、
もっと優しくなりたい
もっと強くなりたい
もっと素直になりたい
もっと・・・

 

 

そして、こんな話をして下さいました。

 

例えば、あなたが新入社員を採用する面接官だとします。
10人の18歳の人を面接をします。
みんな、リクルートスーツに身を包んでいます。
みんな、きれいに髪も束ねています。
みんな、志望動機も言えます。

あなたは、どんな人を採用しますか?
という質問を先生がされました。

たくさんの意見が出ました。

・笑顔が素敵な人
・返事がちゃんとできる人
・清潔感のある人
・目が輝いている人
・オーラが良い人 etc…

 

意見が出た後、ゆっくりと微笑んでおっしゃいました。

 

 そう、みんな何が大事か知っているのです。
 

 そして、他の人にはそれを求めているのです。

 と……

 

 

自分は、どうだろうか?

自分のことは棚にあげて、人には理想を求めていました。

できていなくても、普通は、大人になると誰も教えてくれません。

誰もが、毎日笑顔で過ごすのは難しい。
では、自分の戻るところをどこに定めるのか。
どう自分を律するのか。
そのブレない芯を、しっかり持つことの大切さを教えて頂きました。

私はまだまだその芯がブレることが多々あります。

本当はなりたい自分があるのに、そのプロセスの途中で、
諦めかけたり、投げやりになったり、逃げ出したくなったり。
でも、会社の上司や先輩がいつも助けてくださいます。
こんな環境の中にいられることに、本当に感謝です。

 

 

そしてハイジの法則というのを教えて頂きました。

ハ・・・ハイ!
イ・・・いつも笑顔で
ジ・・・自分から

解っているつもりで、やっぱり出来ていない自分∑( ̄□ ̄;)!! 

いつも与えて頂いてばかりの自分。

自分が他人に求めることをまず、自分ができるように。
何事も自分から、笑顔で発信できるように、与えられる人間になりたいと思いました。

まずは、やはりブレない確固たる芯を持った人間になりたいと思います。 

 研修に行かせて頂きましてありがとうございました。

仕事は見て盗んで覚える

致知 最新号の中から

 

 

小野二郎さん(すきやばし次郎主人)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

  教えてもらったことというのは忘れるんですよね。
  自分が盗んだものは忘れない。
  会社なんかでも同じだろうと思うんだけど、
  ポッと教えてやったら忘れちゃいます。
  
  自分が苦労して苦労して、
  これを必ず自分のものにしようと思って
  やっと盗んだものは決して忘れない。

 

 自分がどうなりたいか、どのようにしたら、先輩方のようになれるか

 明確な目標を持っていたら、教えてもらう以上に、先に見て盗むと思います。

 やる気、本気がどこまでか…を問われるところでしょう。

 先輩方のやっていることを盗んで、その人たちより何倍もの努力をしてこそ

 人の役に立つ人間になるのだと思います。

  できない理由を考える前に、勉強して努力して、

 負けない自分作りに取り組みましょう

ニーチェの言葉より

ニーチェの言葉より

 

「軽やかな心を持つ」

何か創造的な事柄にあたるときにはもちろん、いつもの仕事をする場合でも、軽やかな心を持っているとうまくいく。
それは、のびのびと飛翔する心する心、つまらない制限など顧みない自由な心だ。
生まれつきのこの心を萎縮させずに保っているのが望ましい。そうすれば、さまざまなことが軽々とできる人になれるだろう。
しかし、そんな軽やかな心を持っていないと自覚しているなら、多くの知識に触れたり、多くの芸術に触れるようにしよう。すると、私たちの心は徐々に軽やかさを持つようになっていくからだ。

「日々の歴史をつくる」

私たちは、歴史というものを自分とは関係のない遠く離れたもののように思っている。あるいは、図書館に並んだ古びた書物の中にあるもののように感じている。
しかし、私たちひとりひとりにも、確かな歴史があるのだ。それは、日々の歴史だ。今のこの一日に、自分が何をどのように行うかがこの日々の歴史の一ページになるのだ。
おじけづいて着手せずに、この一日を終えるのか、怠慢なまま送ってしまうのか、あるいは、猛烈にチャレンジしてみるのか、昨日よりもずっとうまく工夫して何かを行うのか。その態度のひとつひとつが、自分の日々の歴史をつくるのだ。

「心の生活習慣を変える」

毎日の小さな習慣の繰り返しが、慢性的な病気をつくる。
毎日の小さな心の習慣的な繰り返しが、魂を病気にしたり健康にしたりする。
たとえば、日に十回自分の周りの人々に冷たい言葉を浴びせているなら、今日からは、日に十回は周囲を喜ばせるようにしようではないか。
そうすると、自分の魂が、治療されるばかりではなく、周囲の人々の心も状況も、確実に好転していくのだ。

 

 

大げさなことではなくて、、日々の少しの意識改革や、心の習慣作りを変えて、

心軽やかな日々を送るためには、まず自分の知識のなさや見聞の不足さを

自覚して努力し続けたいものです。

そして自分の歴史を意識してみたいものです。

成長するとは

問題は、あなたを苦しめるためではなく、成長させるためにある。

吉村思風先生の言葉より


どの道を選んでも、問題のない道はありません。
問題が大きければ大きいほど、乗り越えたとき、大きな力となります。
問題がないことが問題なのです。
問題を感じる感性が鈍っているのです。
予想もできない、とんでもない大きな問題がでてきたときは、

「天はオレを大人物にしようってか!」

と考える。
問題は、天から与えられるもの。
問題から逃げないこと。
問題がでてくることを嫌ってはいけません。
問題がでてこないことを願ってはいけません。
悩みや問題がないことが、幸せではありません。
問題を乗り越えることが人生です。
問題がないのは、成長がないということです。

無理なことばかり言ってくるお客さまやクレームばかりのお客さまを
喜んで受け入れることができるようになったとき、
他のどんなお客さまの要望にもこたえられるようになっていきます。

これでもか、これでもかとやって、万策尽きたと思ったとき、
それでももう1回、なんとかしたいと問題にぶつかっていった時、
眠っていた潜在能力が目を覚ますのです。
問題を乗り越えるキッカケや力がついてくるのです。
問題を乗り越えるヒントや後押しをしてくれる人との出会いがあるのです。

簡単に乗り越えられる問題は、問題ではないのです。
乗り越えられないと思うのは、
「今の実力では」「今までのやり方では」できないということ。

実力は、失敗の連続が作るのです。
大きな問題にぶつかり、
何度も何度も繰り返し、繰り返し、繰り返しやって、
もうどうにもならない状況になったとき、
さらにもう一回「なにくそっ!」とトライできるかどうかが、
潜在能力が目を覚ますかどうかの分かれ道です。
実際にそんな場面にならないとどうなるか、
わからないものだけれども、頭でわかっているだけでも違ってくるもの。

問題が出てきたから、選んだ道・決断が間違っていたのではない。
別の道・他の方法を選択すればよかった・・・という思いが、
問題へ立ち向かう気力を衰えさせる。
自分が選んだ道が最高の選択だ!と自信を持つこと。答のない問題はありません。
大切なことは、選んだ道から出てくる問題を乗り越え続けること。
問題があなたを
成長させてくれるのです。

 

 

まずは、問題を意識できる感性を養わなければ、

成長はないとも思います。

鈍感に気づき、感性を磨く意識を持ち、

これでもかと挑戦し続け、自分の潜在意識を覚醒させ

潜在能力を引出して使わなくてはいけないですね。

そうやって、成長していかなくては……

素直になりましょう

なぜ素直が一番いいかというと、
  お互いに疲れないことです。
  教える側も、教わる側も疲れない。
  素直に聞かれると、素直に答えが出せます。

  これが、下手な勉強をしてくると、
  素直に聞けないから
  こちらの言ってることが全然伝わらない。
            小川三夫(鵤工房代表)

「法隆寺の鬼」「最後の宮大工」と称された
西岡常一棟梁の唯一の弟子として、
約20年間、師の教えを身近に受けられた小川三夫さん。

その小川さんが、弟子入り後まもなく
棟梁から言われたのが、

「これから1年間は、テレビ、ラジオ、新聞、
 仕事の本、そういうものに一切目をくれてはいけない。
 刃物研ぎだけをしなさい」

であったといいます。
当時22歳だった小川さんは、この師の教えを忠実に守り、
毎晩、一心不乱に刃物研ぎに励まれました。

そしてこの学びの姿勢によって、
小川さんは弟子入り5年目に副棟梁になり、
29歳にして寺社建築会社「鵤(いかるが)工舎」を
設立されます。

小川さんは、上掲のような
「素直になれない子、中途半端な知識を身につけている子」
に対して、次のような苦言を呈しています。

「そういう子は、その人間性ののぼせた感じが
 なくなるくらいまで、怒り倒さなくちゃならないんです。
 怒り倒して、素直にものに
 触れられるようにならないと。

 職人というのは、技を得ようとする人は、
 素直じゃなくちゃ絶対ダメ。
 学ぶとは真似るということです。
 素直に真似なくちゃ真似になんないわけですから」

あの王貞治さんを世界のホームランバッターに
育て上げた打撃コーチの荒川博さんも、

「習い方がうまい人とは、習う素直さがある人だ」

と、期せずして同じようなことをいわれています。
そして、王さんが自分に口答えをしたことは一度もない、と。

尊敬する師を持ち、その教えをまっすぐ
素直な心で受け止め、確実に実行していくこと。
そこから新たな人生がひらけてくるのだと思います。

まずは、本気で取り組むことだと思います。

  「縁、援、円をつなぐ」

   「縁、援、円をつなぐ」

和田裕美さんの本の中に、
 

 「人のご縁から
 その人に応援してもらって
 そしてそこからお金が生まれました」と
  あります。

この「えん」
地球と同じように
まあるいことを意味しています。

人との「縁」も
本当につながる人は
ちょっと時間がかかっても
地球一周ぐるっと回っても
かならずつながるのです。
だから、惜しみなく好きになって
見返りなくてもやさしくすれば必ず
それも帰ってきます。とあります。

私もそう思います。

縁のある人とは、自分にとって、いいタイミング(ふさわしいタイミング)

で、ご縁があると、つくづく思えます。

目に見えないものだったりすると、

同じ人からじゃないかもしれないけれど
ご縁は必ずでき
てきているように思います。

 

人からの「援」も同じです。
Aさんに「がんばって」と言ったことから
Aさんが勇気をもらってBさんに
「あなたを信じています」と言って
自信をつけたBさんが
今度はCさんに
「ありがとう。あなたがいてくれて」と言うのです。
そうやってこの「援」も
まあるく広がっていきます。
そしていつしかあなたが誰かに
「心から応援している」と言われるようになるのです。
同じ人からじゃないかもしれないけれど
応援される人になれるのです。

まったく、その通りだと思います。

「ありがとう」の循環をしていくと、必ず良い方向に

援助され援助できます。

 

お金の「円」もめぐります。
自分のところで止めてしまう人には
帰ってこないようなのです。
「ありがとう」と言って
感謝をこめてお金を旅立たせることで
お金はどんどんいろんな人のところに
まあるくひろがっていきます。
そしてやっぱり成長して帰ってくるのです。

すべて「まる」です。
和田裕美さんは、この法則を知ってから

縁と援を円を
できるだけ外に出すようにしているそうです。

私もそうしていこうと思っています。

 

 

   
                

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