姫路の不動産会社 エステート・リードのスタッフが、日々学び、考えたことを綴ります。

エステート・リードトップ > ブログトップ> 2010年3月

2010年3月アーカイブ

知らぬことを知る

 

                                                         by/K.I

先日2010年3月30日にブログにアップされていた言葉は心に響きましたね。


恥を知ること。分かてっても行動しないことが恥ずかしいことですね。

 

4月のカレンダーにも「知らぬことを恥じるには及ばない、知らなければ


知るように努力せよ」


社会人に成って知らないことが恥ずかしいと思って聞かなかったり


教えてもらうことが恥ずかしいと思う心が恥ずかしい事です。


「聞くは一時の恥、聞かぬは末代の恥」

 

孔子の論語より、

「子曰く、由、汝(なんじ)に之(これ)を知るを誨(おし)へんか。

 之、知るを知るとなし、知らざるとせよ。是(こ)れしるなり」


これは、孔子の弟子「由」に説いた言葉です。


おまえに知るという事を教えよう。知っていることを知ってるとし、


知らぬことを知らぬとせよ。これが真に知るというこだ。


 知らぬことを知るようにしなければ、いつまでも進化もない人生になって


しまうので、知らぬことを恥と思わずに生きて行きたいですね。

娘から教えられたこと

またまた、娘の話になりますが、彼女からはたくさん教わることがあります。

今日は、中学生としての最後の強化練習日でした。

 (陸上のハードルをしています。)


先生より、最後に後輩達へ何か話してほしいということで、
自分が学んできたことを伝えたそうです。


1.恥を知ること。
  
  やらないことが恥。
  やって失敗することが恥ではない。
  やろうとしないことが恥。
  やらないと、出来るかどうかもわからない。
  うまくなる可能性があるということにもきづかない。

 

2.自信とプライドをもつ。

  自信とは試合に勝つことや良いタイムがでることも自信につながるが、
  それよりも大事なことは、日々の練習量と、質の高い練習をして自信を

  つけることが大事。


  なぜなら、スタートラインに立つ時は、一人で立たなければいけない。

  その時に自分を励ませるのは自分だけ。

  だから、「自分は、これだけの練習を重ねて頑張ってきたんだから。」とか、

 「こんな練習もしたんだから大丈夫。」とか自分を励ます自信をつけること。


  そして、プライドとは、自分自身のプライドではなく、競技に対するプライド

  です。

  なめたことをしていたら、他の競技者から、陸上(ハードル)は、そんな、

  なめていても出来るんや~と思われる。

 
  なめて掛っていたら、自分で自分の好きな事に、唾をつけることになる。

  一生懸命取り組んでいる人たちに失礼。

 

3.後悔せずに反省しよう。

  あの時に、あーすれば良かった、こーすればよかった、と、人間誰しも

  思うけれど、それよりも、次はこうしようと、反省して実行にもっていこう。


以上の3点を今年のお正月の合宿のミーティングでも話した、

  ◎優勝する選手である前に優秀な人間になること。 
  ◎負ける理由をつくらない。 
  ◎自分で勝手に順位をつけない。

 に加えて、中学3年間の陸上競技を通して学んだことだったと、

 後輩の選手達へメッセージとして送ったそうです。


 

 

私たちの社会生活に置き換えてみて考えてみましょう。

言い訳ばかりしたり、やらないうちから、結果をだしてみたり、

失敗することが恥ずかしいと勘違いしていたり、間違ったプライドを

持ってるのではないでしょうか。

私は、娘がこの話をしてくれた時に、感動し胸が詰まりました。(親ばかですみません)

こんな風な精神性を養ってくださった指導者の先生方に心よりの感謝と、

この子に、このまま素直に、まっすぐに、頑張ってほしいという心からの願い。

それから、自分自身への戒めとして、心に留めました。

ありがとう。

 

明日からは、慣れ親しんだ中学校のジャージも、もう着れない。

高校では厳しい、厳しい環境での部活動生活が始まります。

ワクワクと不安がいっぱいでしょう。

中学生とは違う、厳しい上下関係でも戸惑うことでしょう。

競技もレベルの高いところでの練習が待っています。

さあ、大きくなれ!頑張れ!

悩んで悩んで、練習して、心も身体も強くなってほしい。

怪我なく、苦しくても楽しんでほしい。  いつも、応援してるから。

「請求書の人生と領収書の人生」

「請求書の人生と領収書の人生」


         イエローハット創業者・鍵山秀三郎氏

        
“もっと、もっと、もっと”
際限なく求めて欲しがって生きるのは、
「請求書の人生」であると、
知人の有吉説志様から教えていただきました。


有吉様は、幼い頃お祖母さんから、
寺社にお参りした時は「ありがとうございます」と
請求書ではなしに領収書のお参りをしなさい、
と教えられたそうです。


向上心や探求心は人の成長に欠かせない
大切な条件ではありますが、
度の過ぎた欲求は人を卑しくし、
ひいては国家の尊厳を傷つけることにも繋がります。

有吉様のお話を通じて、求めるばかりではなく、
いま与えられているものごとに感謝の心を持つ
「領収書の人生」を歩めと教えていただきました。


        * *


日本には領収書の生き方をしている方が大勢おられますが、
そういう方は世間から注目されることはありません。

請求書の生き方をする人が派手で目立つのに比べて、
領収書の生き方をする人は
地味で人目につかないところが共通しているからです。


誰からも注目されず、光の当たらないところで、
いつ報われるか分からないことにも
心を込めて取り組んでおられるそのお姿からは、
卑しさは微塵も感じられません。


他人に頼ったり、求めたりすることなく、
人の役に立つことだけを念頭において、
一途に歩み続けるお姿は、
人を惹き付ける豊かな魅力を備えています。

 

 

本当に謙虚にそして素敵に人生を送られている方は、自分が自分がという、

変な「我」がなく、いつも、まず「相手」「周り」を重視した考えや行動が自然に

できていると思います。

お互い様 という心や おかげ様で という感謝の気持ちをもち、内面からにじみ出る

魅力ある人になりたいです。

 

バランスのとれた人間性を備える

バランスのとれた人間性を備える

稲盛和夫の論語より          著/皆木和義

子曰く、過ぎるたるは、なお及ばざるがごとし。(先進)


孔子は言った。「多すぎるのは少なすぎるのと同じだ」と。

バランスの取れた人間とはどんな人物を言うのでしょうか。


①何事に対しても常に「なぜ?」という疑問を持ち、その疑問をロジカルに

 徹底追及し解明していく

②誰からも親しまれる円満な人間性を持っている。

 

この二つが備わってこそ、バランスのとれた人間だと考えられます。

優れた分析力を武器に、合理的な行動を貫くスマートさを備えているだけでは

宝の持ち腐れと言えます。それだけでは、周りの協力を仰げないからです。


逆に、「あの人は心豊かな良い人だ」と言われるだけでも、素晴らしい仕事を

やり遂げる可能性はまた低いでしょう。科学者のような合理性とともに、

「この人のためなら」と他人に思わせるような人徳を持つ「バランス人間」が

ビジネスの成功には必要なのです。


あまりにも、有名な孔子の言葉は「中庸」という一語に言い換えることができます。


この「中庸」は古代ギリシャの哲学者アリストテレスが構築した倫理学において、

「徳」の中心となる概念として使われた表現です。

その意味は、かたよることなく常に変わらないこと、過不足がなく調和がとれている

こと。つまり、「徳」がある人間は、バランスのとれた人間性を兼ね備えていると、

アリストテレスも発見したのです。


うまく、バランスがとれているかという自己分析はむずかしいものです。

まずは、「中庸」を意識しましょう。それが心を高め、人間性と仕事の

クオリティを上げるための第一歩です。

 

中庸(ちゅうよう)とは、儒教において、「四書」の一つであり、

またその中心的概念の一つである。


 

 「中庸」について


「中庸」という言葉は、『論語』のなかで、「中庸の徳たるや、それ至れるかな」と

孔子に賛嘆されたのがその文献初出と言われている。


それから儒学の伝統的な中心概念として尊重されてきた。たがその論語の後段には、

「民に少なくなって久しい」と言われ、この「過不足なく偏りのない」徳は修得者が

少ない高度な概念でもある。

 

古代ギリシャでは、アリストテレスの「メソテース」ということばでそれを

倫理学上の一つの徳目として尊重している。


また、仏教の中道と通じる面があるとも言われるが、仏教学者によれば違う

概念であるという。

 
現在「四書」の一つとして広く知られている『中庸』は、もともと『礼記』の中の

一篇文章として伝えられてきたものである。


子思の作であるという。古くから有名な作品として人々に読まれてきた。


『大学』が四書の入門であるのに対し、『中庸』は四書の中で最後に読むべきもの

とされ、初めて『中庸』を表彰したのは南朝宋の戴顒であるとされている。

 『中庸』の内容について

『中庸』では、「中庸」の徳をくわしく解説している。しかし、『中庸』は、

「中庸」以外に、「誠」、「性」、「道」、「慎独」など多くの概念についても

述べている。


この中で、「誠」は「中庸」よりも一層重要な概念であることも言われている。

 

 『中庸』の「中庸」について

「中庸」の「中」とは、偏らない、しかし、決して過不及の中間をとりさえすれば

よいという意味ではない。


よく、中途半端や50対50の真ん中と勘違いされている。

 

「庸」については、朱子は、「庸、平常也」と「庸」を

「平常」と解釈しており、鄭玄は「・・・庸猶常也言徳常行也言常謹也」と

「庸」を「常」と解釈している。


「庸」が「常」という意味を含んでいることは二人とも指摘している。

現在、多くの学者たちは「庸」が「平凡」と「恒常」との両方の意味を

含んでいると見ている。

中庸は儒教の倫理学的な側面における行為の基準をなす最高概念であるとされる。

「弱点を強みに変える!」

 

 

                                                        by/K.I

先日新聞を読んでいて、感心した事がありました。

メジャーリーグの松井秀樹選手は4年前に、打球の捕球の際に左手首を骨折。
そのときに、手術した腕の中に今なお、骨を固定しているボルトとプレートが
残されています。

今まで、”常に前向きな姿勢で”と心掛けてきた、松井選手は、けがの
ショックは大きく、すぐには気持ちが切り替えられなかったという。
そんな彼を救ったのが担当医師の言葉でした。

「骨折した箇所は、前よりも強くなるよ」

その一言が逆境の捉え方を一変させた。

けがをしたからこそ得られるものもあるはず、と。

その後、両膝とも手術したが、”前よりも強くなってグランドに戻るんだ”

との決意は揺るがなかった(信念を貫く)
その結果として、代打要員から、守備に就きフル出場を目指しておられます。

一言で、悩める友の心が軽くなる場合がある。あるいは、解決への糸口を
見いだすきっかけを与えたり、新たな挑戦に躊躇する背中を後押ししたりも
する事があります。

ましてや、相手を思う真心から発せられた言葉は相手の心に深く届きます。
よく成功者の体験談を聞くと「あの励ましがあったからこそ、今の自分が
ある」と語る方はたくさんいらっしゃいます。

苦悩の渦中にある人にとって、”励ましの言葉”は勇気や希望を与える
魔法の言葉です。
わたしも、落ち込むことも多くあり、”励ましの言葉”で救われた
事が何度もありました。今度は私から、魔法の言葉を多くの人にかけて
いく様にして行きたいと思います。

商人魂

『致知』2010年4月号 特集「発展繁栄の法則」より
           


       私はいろんな店を見てきた結果、
       繁盛している店には
       一つの共通点があることに気がつきました。
       
       繁盛している店は、働いている人が明るい。
       そしてどうしたらお客様に
       喜んでもらえるかを常に考え、
       それが売り場に置いて具体的に実行されている。
       
       一言で言えば、従業員一人ひとりに
       「商人魂」があるんです。


         大久保恒夫(成城石井社長)

           


大久保恒夫氏はユニクロや無印食品の改革を成功させた
企業再生の名手として知られた方です。


大久保氏のいう「商人魂」という言葉が心に響きます。


世間でも、よくこの言葉が使われます。
しかし、大久保氏の言うそれは
決して売り上げや利益を上げることに
躍起になることではありません。

お客様に喜んでもらうにはどうしたらよいか。

その一点に照準を定め、
知恵と工夫を絞り出す努力を
「商人魂」と呼んでいるのです。
 
大久保氏はまたこうも言っています。


「人から何か言われて動くのではなく、
 お客様に喜んでもらうために何をしたらいいかを考えて、
 しっかり実行していく。
 
 ……普通の店だと、上から何かやるべき指示がきて、
 作業としてそれをしなければならなくなる。
 その結果、店の人が始終、仏頂面をして働いているから、
 お客様も楽しくないのだと私は思うんです」


大久保氏が一貫してやってきたのは、
従業員にお客様志向、現場志向を骨の髄まで
教えていくことだったといいます。

しかし、それは「やらされ感」があっては上手くいきません。
その鍵を握るのは、そこに携わる一人ひとりが
いかに自主的に喜んで仕事に臨むか、
いかに仕事を高めていくかです。

顧客満足に徹しきり、仕事やお客様の心と一体になれた時、
本当の喜びを味わうことができると
大久保さんは教えているように思います。

商売に限らず、それぞれの立場で
仕事魂を身につける努力を続けていきたいものです。

 

また、松下幸之助氏の本にもありました。
人間というのはまことに勝手なもので、他人をうらやみ、
そねむことがあっても、自分がどんなに恵まれた環境にあるか、
ということは
案外、気のつかないことが多い。だからちょっとしたことにも、
すぐに不平や不満を持つのだか、不平や不満の心から、良い知恵も才覚も
わきそうなはずがない。そんなことから、せっかく恵まれた自分の境遇も、
これを自覚しないままに、いつのまにか自分の手で壊してしいがちである。
 恵み対して感謝をし、その感謝の心で生き生きと働いたならば、次々と
良い知恵も生まれて、自他ともにどんなに幸せな暮らしができることか。
でも、その恵みに感謝することを頭では理解していても、心に直接響かないのが
人間の心の弱さなのだと思う。
お互い、修行しましょう。自分は恵まれていることを直接心に響かすために、
日常の立ち振る舞いに、今一度反省をしていきたいものです

 「たった3分で見ちがえる人になる」

中谷彰宏著  「たった3分で見ちがえる人になる」 より
                                  


  「見ちがえる」 とは、テンションがあがることです。


   さっきまで、テンションが低かった人が、急にテンションが持ち直すと、

   「あの人は見ちがえたね」と ほめられるのです。


  「元気な人」 はいつも元気な人ではありません。


  元気がなくなっても、すぐ元気が回復する人です。


  テンションをあげるのに時間はかかりません。 

  たった3分でテンションをあげることができるのです。
   

  テンションをあげるのに、時間がかかっていたのでは、意味がありません。
  

  たった3分でテンションをあげる具体的な裏技を、自分の引き出しにたくさん

  持っておくことです。

 


1.食事を抜いても本を買おう。

   いつも元気な人が、テンションが低い時があります。
   そういう時は、まずおいしいものを食べさせます。
   そうすると、ただおなかがすいていただけだったことがわかります。   
   テンションが低いと、相手にいい印象を与えません。
   テンションをあげることが、「見ちがえる」ということです。
   テンションをあげるには、

    ①おいしいものを食べる
    ②本を読む

   という2通りの方法があります。
   人に会うとテンションがあがると言いますが、会う人によりけりです。
   食べるものも、何でもいいわけではありません。
   あり合わせのものを仕方なく食べて、体に悪そうとか、ただおなかが膨らんで
脂肪になる   

   だけと思うと、よけいテンションがさがるのです。

   元気が出る本を読むとテンションがあがります。
   

   自分のテンションがさがっていると思ったら、まずおいしいものを食べて、

   元気が出る本を読むのです。
   

   時間とお金に限りがあれば、ごはんを抜いてでも本を読むことです。
  

   「最近つまらない」と言う人は、本を読んでいないのです。
   

   本には、成長ホルモンを刺激する何かがあります。

   ジムで「このくらいでやめよう」と思ったことも、 「もう少しやろう」という気持ちに

   なるのです。
   

   本は、情報を得るためだけではなく、結局はテンションをあげてくれるものなのです。

          『 3分で見ちがえる人になるために 』 

          テンションをあげるために、おいしいものを食べるか、本を買おう。

 


2.さっさと曲を選べる人が、カラオケを楽しめる。

   カラオケでなかなか曲を決められず、トイレで練習したりする人がいます。
   そういう人は、モタモタしていて感じが悪いのです。
   カラオケで気持ちのいい人は、一番に歌うわりにはサビしか知らなかったりする人です。
   流行っている曲のサビはよく知っています。
   それでその曲を選んで歌い始めても、途中で歌えなくなります。
   でも、そういう人のほうが潔い(いさぎよい)のです。

   カラオケで曲を選ぶのに時間がかかる人は、一歩が踏み出せない人です。
   後半にキーが高くなるから歌えないと考える人よりも、まわりが「こんな高い

   キーで大丈夫かなと ひやひやする人の方が一緒にいて楽しい人です。
 
  「あの人はさわやかな音痴だよね」というとらえ方をしてくれるのです。

 
   そういう人のほうが、人生を楽しんでいるし、一歩踏み出せる人なのです。
   

   普段の仕事でも、上手にやらなければと思い込んでいる人は、人に対しても

   上手かヘタかという基準で見るのです。
   そうするとまわりは楽しくなくなります。
   カラオケで大事なことはテンションです。
   音楽の授業ではないのです。

   どんなに上手に歌っても、テンションが低かったらつまらないのです。

       

             『 3分で見ちがえる人になるために 』 

                カラオケは、潔く曲を決めよう。

 


3.背筋を伸ばして、悩む人はいない。

   宝塚には1組に約70人います。
   劇場は大きいし、みんな似たような濃いメイクをしているので、後ろの方になると、

   誰が誰だかよくわかりません。
   でもその中で目立っている人が、やがてトップになるのです。
   宝塚の男役の人は、テンションをあげて目立つために、襟のところを胸の前で

   持って、真下にグッと下ろします。
   そうすることで、背筋が伸びるのです。
   背筋を曲げたまま襟を伸ばすことはできません。
   テンションの下がっている時は、背筋が曲がっています。
   
   背筋が伸びている状態で、悩んでいる人はいないのです。

   背中を丸めて「どうしよう」と言われても、その時点で終わっています。
   謝るときも、背中を丸めて「すみません」と言われると、よほど悪いことしたような

   感じがして、よけい怒りたくなります。
   ところが背筋が伸びた人に「すみません」と言われると、何か解決したような気が

   するのです。
   謝りに行く時は、背中を丸めて行くという思い込みがあります。
   でも、背筋が伸びた人に「大変なことになりました」と言われると、

   「これは乗り越えられそうだ」と思うのです。

   お詫びに行く時ほど堂々とすることです。
 
              

                 『 3分で見ちがえる人になるために 』 

                     背筋を伸ばして、謝ろう。

 


4.報告のない説明は、受け入れられない。

   説明がヘタな人は、報告が抜けているのです。
   説明が上手な人は、まず報告をします。
   その報告はだいたい悪い結果です。

   ヘタな人は、悪い結果を言わないで、いきなり説明と言いわけから始まります。
   そうすると、相手に伝わりません。
   聞いている人は、その時点でイヤな予感がします。

   「実はこういうことが起こりました。それはこうこうこういう状況です」
   と順序立てて話せる人は受け入れられます。
   それが言えない人は、まず言いわけを並べます。
   「なんでこの人はいきなり言いわけをたくさんするのだろう」 と、

   相手は不審に思います。
   そこに「実は」と、悪い報告が来ると、その報告の印象はとても悪くなります。
   
   聞き手は、言い訳をされると最悪の事態をいろいろ想定します。
   
   その間にムカムカしてきます。
   最悪の事態は起こっていないのに、最悪の事態が起こったような気持ちで

   その報告を聞くから、
   「そんなことも起こったのか」 となります。

   最初に報告をすると、相手にはその説明を聞く余裕が生まれます。
   いい結果は最初に言えるからスムーズにいきます。
   結果が先に出ているからです。 

   上司に怒られるのは悪い報告をしたからではありません。
   言いわけが前に来て、報告が後ろに来たからです。
   報告をしている本人は、「ほらね、悪い報告をするとこうなるでしょう」と思い、

   ますます悪い結果の報告があとまわしになるのです。

           

               『 3分で見ちがえる人になるために 』 

                     まず、報告をしよう。

                                 
   

5.許そう。人も、自分も。

   テンションのあがらない人は、許してもらえていないのです。
   許してもらえないと、エネルギーをグッと押さえつけられます。
   そのエネルギーを発揮させるためには、許してあげることです。
   許してあげるのは、
  ①相手
  ②自分
   の双方です。
   怒っている人はテンションが下がります。
   エネルギーをどんどん消耗するのです。
   怒られている側も、気持ちがしぼんでテンションがさがります。
   最初の1分は、両者のテンションがあがります。
   「しまった。二度としないようにしなくちゃ」 と思うのは最初の1分だけです。
   怒っている側も、最初の1分はストレスを発散するから「ダメじゃないか」と

   テンションがあがってエネルギーが出ます。
   1分からあとは、両者のテンションがひたすらさがります。
   怒っている時は、なかなか1分でやめられません。
   延々と同じことをグズグズ言います。
   「この間もそうだった。」と別件のことまでほじくり出して、

   「だいたい君はいつもそうだ」 となります。
   
   そうならないためには、1分で人も自分も許せばいいのです。
   
      

              『 3分で見ちがえる人になるために 』 

             1分以上怒って、自分のテンションまでさげない。      


   
6.「一生懸命さ」と「いいかげんさ」を持とう。


   人間は自己嫌悪に陥ると、自分が自分を説教し始めます。
   怒る側と怒られる側の2人分の消耗を自分の中でやってしまいます。
   依存症の人が苦しむのは、このパターンです。  
   例えば、「また買物しちゃった。自分はダメな人間だ。」と考えます。
   どこか許せる人、いいかげんな人は自殺をしません。
   まじめな人が自分を許せなくて自殺をするのです。
   
   一生懸命さといいかげんさを備え持つことです。それが許すことなのです。
   許せないことより、許すことのほうが能力的にははるかにむずかしいのです。
   人から許してもらうことを覚えるより、人を許すことを覚えるほうがより高度な

   レベルです。
   
   怒るのは1分間と決めておいて、1分後に許すと、あなたはとても感じのいい人

   になります。
   ワンちゃんを叱る時も、叱ったあとは必ず許すというのがワンセットになるから、

   しつけを覚えるのです。
   許された時にうれしい顔になって、「もう二度とこのことはしてはいけない」と

   学習するのです。

   許している時の顔はとてもいい顔になります。

   悪はヒーローを許しませんが、ヒーローは必ず悪を許します。
   悪をやっつけるだけではヒーローにはなれません。
   悪をやっつけて許したときに初めてヒーローになるのです。


              『 3分で見ちがえる人になるために 』  

                叱ると許すは、ワンセットにしよう。

 


7.上司の話に、ボケ・ツッコミを挟もう。


   上司の話はだいたいつまらないのです。
   聞いているとテンションがさがります。
   話しがつまらないと、聞き方もつまらなくなって、上司自身のテンションもさがります。
   上司は、「笑わせたい」「感動されたい」「カッコいいと思われたい」「尊敬されたい」と

   思って、一生懸命話しています。
   それに対して相手が感動してくれないと、上司は不完全燃焼感を持つのです。
   上司を満足させるるためには、上司の話にちゃんとボケと突っ込みを挟むことです。
   
   語り手と受け手、ボケとツッコミがあって、初めて会話はもりあがるのです。
   「相づちを上手にうちましょう」とよく言います。
   相づちの打ち方の上手な人は、ボケとツッコミをやっています。
   まじめな人ほど、ただの相づちを繰り返します。
  
   上司が「こいつは本当にわかっているのか、感動してくれているのか」と思うと、

   説教はよけい長くなるのです。
   上司の長説教につかまると、上司もあなたもテンションがさがります。
   上司の長説教につかまらないためには、上手にボケとツッコミを入れることです。
   そうすれば、上司と仲良くなれるのです。
   スピード感もリズム感も必用です。
   素直に聞いていてもなかなか距離感が縮まりません。
  
   話し始めの3分間が勝負です。
   3分の間に上司が満足したら、話はそこで終わります。
   3分の間に不完全燃焼感を持ったら、2時間になります。
   「今晩ちょっと来い」と言われて、夜までつぶれることになるのです。

 
             

               『 3分で見ちがえる人になるために 』   

               相づちより、ボケとツッコミを入れよう。

 


8.感謝は、何かしてもらってからするのではなく、してもらう前にするのだ。


   感謝のタイミングは、
  ①何かしてもらった時にすぐに言う
  ②時間がたってから言う
  ③してもらう前に言う
   という3通りがあります。
   時間がたってからお礼を言われても、相手はうれしくありません。

   誰でもすぐにお礼を言おうと思っています。
   でも結果として、時間がたってしまうのです。
   怠慢だからなのではありません。 

    (人によっては、気づかないとか、怠慢が理由だけの人もいますが。)
  

   相手も忙しいので、お礼を言うタイミングをはずしてしまい、「そういえば、この間は

   ありがとうございました。」ということになるのです。

   してもらう前にお礼を言おうと思っていると、ちょうどいいタイミングでお礼ができます。
   最初からお礼を言う態勢ができあがっているからです。
   自分も相手も動いているので、「今」を狙っても間に合いません。
   何かをしてもらってからお礼を言おうとしても、遅いのです。
   してくれるかどうかを見きわめてからお礼を言うのは、相手を信じていません。
   してくれないのに言ったらムダになると思っているのです。
  
   何かしてもらう前にお礼を言うのが一番効果的です。
   先にお礼を言われると、相手は頑張って、本当は100のところを120にしようという

   気持ちになります。
   そうすれば、すべてのことがスピーディーに展開するようになるのです。

 
    

               『 3分で見ちがえる人になるために 』 

               実現する前から、感謝の仕方を考えておこう。

 


9.ライバルをほめることで、自分に自信をつけよう。


   自分をよく見せようと思えば思うほど、テンションがさがります。
   「この言い方では誤解を招いたのではないか」とか「自慢話になっているんじゃないか」
   という自己嫌悪に陥って、逆によく見えないのです。
   
   自分をよく見せる方法は、ライバルをほめることです。
   ライバルをほめることは簡単です。
   ライバルをほめても自分が低く見られるわけではありません。

   逆に余裕が出てくるのです。
   ライバルをほめられない人は、ライバルをほめると自分が負ける、というヘンな

   競争心があります。
   そういう人は、みんながライバルをほめていると、「でも、あの人は実は……」とけなして、  

   よけいテンションがさがることになるのです。
   
   ライバルをほめると、ライバルの得点が上がります。
   でも、ほめている人の得点はもっと上がります。
   そうすれば、自分のテンションもあがっていくのです。
   

             『 3分で見ちがえる人になるために 』  

                  ライバルをほめよう。


    


   私達は人生のあらゆる場面において、テンションをさげられるような辛い状況に

   追い込まれます。
      
   
   そんな時、3分でテンションをあげる方法を、自分の引き出しに持っていれば、

   一生見ちがえる人で いられるのです。

   3分でテンションをあげることのできる人は、一生、元気でいられる人なのです。
  

 

 

 

 

魅力とは何か

 

4月号の「致知」の中に 喜びの帝王学という連載記事があります。

    帝王学 -企業経営者や政治家など、リーダーになるために必要な態度・

        識見を身につけるための修養。

 

その中から、興味深いお話がとても解りやすい実例で掲載されていました。

 

魅力とは  自分の価値

Aさん45歳、部長職は、帝王学の学びの中で、「最高の人生を生きる」ことを

人生の目標として掲げ、その中心となる「修己知人」の「修己」、いわば

魅力づくり」に正面から取り組みました。


魅力とは一体何か?


帝王学で教えるキーワードをノートにメモしました。


「優しさと思いやり」 

「親切心と温かさ」 

「春風のよう人」

「才徳兼備の君子」

「陰徳を積む人」

「聡明才弁の切れ味」

「豪放磊落(ごうほうらいらく)の器」

  意 味: 気持ちが大らかで、神経が太く、小さなことにこだわらないさま。

「深枕厚重(しんちんごうじゅう)の深さ」etc...

 

 

かつての野球界を代表する二大スター、長嶋と王で比較するとどうでしょう。

明るい性格の長嶋が好きと言えば、落ち着きがないと反論する人がいる。

努力家の王ファンに対して、真面目すぎて面白くないという声が上がる。

二人の評価は人によって異なり、何ともつかみどころがありません。

しかし、私たちは、スポーツや芸能界のスターと違い、不特定多数の人を相手にする

立場ではありません。

まずは、自分を取り巻く小さな世界で魅力ある人と言われるようになればいいのです。

では、身近にいる魅力ある人とはどんな人でしょうか。

 

 

◎自分に関心を持ってくれる人。
◎自分を認めてくれる人。
◎自分に期待してくれる人。
◎自分を褒めてくれる人。

 

つまり、これと同様の事を実践すれば、自分も周囲から魅力ある人と慕われる

ことになります。


特別に厳しい修業は必要なく、小さな努力の継続で実現可能です。

 

「魅は与によって生じ、求によって滅す」

Aさんは、この不滅の箴言を嚙み締めました。

魅力づくりは、この「与える」修行と「自己の器を大きくする」修行の両輪です。

自分の器とは何か。それは、自分の心だとAさんは考えました。

心を磨くことこそが、魅力づくりの根幹をなすことに気付いたのです。


「 人生を変えるには、まず心を変える。心が変われば態度が変わる。

  態度が変われば行動が変わる。行動が変われば習慣が変わる。

  習慣が変われば人格が変わる。人格が変われば運命が変わる。

  運命が変われば人生が変わる」

 

  有名な格言です。人生を変えるには心を変える。


 

Aさんは、今一度原点に戻り、心の世界の制覇に挑戦することにしました。


心は、理性と感性から構成されます。

理性はものごとを判別する「智慧」といわれ、感性は自身を優先する「感情」です。

理論理屈をこねる理性は、道徳的ルールの範疇に収まりますが、感情は判断を

自分の都合のいいほうに持って行きます。

潜在意識が「損得」「好き嫌い」を一瞬のうちに判断し、「自己保身」を働かせます。

捉える事のできない真の理由はここにあるのです。

「人生とは喜怒哀楽の四文字を出ず。」といいます。

そこで、日常を振り返り、この四文字の比率を大雑把に数値化してみました。

  喜:5%  怒:73%  哀:2%  楽:20%

 

「怒りの心」がいかに多くの時間を占めているかを痛感しました。

 部下が思うようにならない苛立ち。上司の聞きたくない説教、他部門との

 いざこざ……一瞬にして魔性の世界にはいってしまいます。

 心をコントロールする難しさの真意を見抜いた気がしました。


腹を立てることでのプラス面は皆無に近いと言っていいでしょう。

心の豊かさは「喜楽の量」で計られ、心の貧しさは、「怒の量」で計られます。

怒りを鎮める心をつくるのが狙いとなります。

Aさんは、自分の心をコントロールする修行法を考えました。


多忙な日常の中で実践可能な修行法はないか。

Aさんは思いつくままメモをしました。


 

○一つ目は、心を洗う方法。

 ヒントは、厳冬の早朝に水垢離して心肝を鍛えるという武道の修行です。

 Aさんは水に着目し、お風呂をイメージしました。

 疲れを癒やし、生気を取り戻してくれる場。体を洗うと同時に心も洗うのです。

 一日を振り返りながら、百回「ありがとう」と唱える。

 「晴れてよし曇りてもよし 富士の山」を目指す鍛練であり、

 三百六十五日にわたり心を磨く自分流修行法です。

 これを「洗心の術」と命名しました。


○二つ目は平常心を保つ方法です。

 ヒントは、「いまこの時を大事に生きよ」という禅の教えです。

 一瞬一瞬を生かすには、具体的に何をすべきなのか。

 Aさんは、「自らの心」の二文字を組み合せると「息」になることに

 気付きました。

 今まで理解できなかった「いま」「この一瞬」を真剣に生きようという教え

 の神髄がここにあると考えたのです。


 人間は、一分間に平均十八回の呼吸をしているといわれています。

 つまり呼吸を通じて、一分間に何度も心を鍛錬する修行ができるのです。

 深い呼吸が心を鎮める鍵です。吐く息を長くして上嘘下実(じょうきょかじつ)

 の状態をつくる。

 己の命を磨き、無限の潜在能力を最大限に発揮できる秘訣といえます。

 特に会議中は絶好の修行の場といえます。

 

 

○三つ目は魅力づくりの指針を明確にすることです。

 ヒントは、「一枚の紙の仕組みづくりです。」Aさんはこれをすでに実践し、

 その効果を実感しています。

 机の上に貼った一枚の紙の時計・「魅力時計」。時刻板には、時間毎に魅力を

 磨く言葉が記されています。パソコンのフロント画面にも入れ、目にする度に

 勇気づけられ、反省し、心に深く刻み込んでいます。

 

○四つ目は不動心を鍛えること。

 ヒントは、毎日生まれ変わることです。

 殷の湯王に「日に新たに 又日に新たならんと」の格言がありますが、

 ただよい言葉だと感心するに留まっています。

 一歩踏み込んで実践に落とし込むには、自分をいったん殺さなければダメ

 だと気付きました。

 そこでAさんは、毎朝一時間前に会社に出社し、辞世の句を詠むことに

 しました。作り続けた句が百を超えたころから自分自身が大きく変わり

 始めたといいます。

 

 

○五つ目は、部下の質問がきっかけで始めた修行です。


 「満員電車の中で足を踏まれても、平然としていられる心の状態を

  つくるにはどうしたらいいでしょう」

 

 先輩から中村天風が編み出した「クンバハカ法」がいいと教えられました。

 以来、通勤電車を修行道場に見立てて実践しています。

 肩の力を抜く、丹田に気を落とす、肛門を締める。まさに立禅の心。

 心が乱れない心地がします。

 

 

○六つ目は心に余裕を持つ修行。

 うってつけなのが、毎晩壺の中の別世界に入っていく仙人の故事に

 ちなんだ「壺中天」です。

 入浴後、就寝までのひとときは最高の贅沢アワー。

 好きな音楽、酒、つまみ、本……曜日別にテーマを決めて楽しみを

 掘り下げてゆきます。

 わずか一時間足らずですが、趣向を凝らしての至福のひと時です。

 たった一度の人生、残り少ない時間、豊かに生きることが大事です。

 

 

    自分が自分をつくる最高責任者。
    自分が自分の姿を描く名画伯。
    自分が自分の宝を彫る名仏師。
    自分が自分を演出する名監督。

 

 浅学の身でも帝王学の深さ研究の意識を持つと、牛歩の如くではあっても、

 本質の大事な部分が見えはじめてきました。

 変化していく自分、進化していく自分。

 自分次第で毎日が楽しくて仕方がなくなる。------

 Åさんは笑顔がいっぱいだつたそうです。

まず自分から

 

まず自分から
                松下幸之助 一日1話 より

反省を求める者には反省を求める。また、自分たちにおいて反省すべき点があれば、

大いに反省して協力体制をとってゆく。

そういうことを誰かが言いだし、誰かがやらねばならないのに、誰もが非常な安易感に

浸ってしまって、成り行き任せ、他人任せになってしまっている。

それが日本の現状でしょう。これでは物事は好転していきません。

きょう1日が過ぎれば、明日は明日の風が吹くだろうというような、事なかれ主義は

いつか行き詰ります。


お互いに全体として考え直そうという行き方を “誰か” ではなく、まずは自分が生み出

さなくてはならないことを深く自覚すべきだと思うのです。

また、仕事のコツを体得するということは、決して楽な技ではないと思います。

相当精魂を込めてやらなければならないと思います。

それは、やはりひとつの苦労だと考えられます。

しかし、苦労であっても、それをやらなければ一人前になれないのだということを、

青少年の間から、常に先輩に聞かされていますと、それは、苦痛でなくなるのです。

それは、希望に変わるのです。ですから、コツを体得することに対して精魂を傾ける

ということができてくると思います。


そのように、いろいろむずかしい問題にも、心を励まして取り組んでいくところに、

自己の完成というか、自己の鍛えがあると思います。

 

先日のブログにもある「ブスの25カ条」にもあったように、宝塚の厳しい校風に鍛えられ

そして、この25カ条の反対を目指して生活して体得されていたと思われます。

 

私たちも家庭で幼い時からの環境や、今の会社での社風をしっかりと受け止め

精魂込めて、どんな時も「自分から」という事を発信していくことを習慣にしていくと、

よい社会になると思いました。

「ブスの25箇条」

  「ブスの25箇条」 貴城けい(女優)


             
              
  月刊「致知3月号」

  「宝塚歌劇団の伝説の教えに見る運のつかみ方」の記事より
           

 

 私が宝塚歌劇団を退団する1年ほど前だったと思います。
 ある時期から歌劇団の人なら誰もが目にする場所に
 貼り出された1枚の紙。
 
 
 そこには「ブスの25箇条」とありました。


 いつ、誰が、何のために貼ったのか、
 誰に聞いても分かりません
 (しかもいまは外されているというから、ますますナゾです)。
 
 しかし、誰もがその貼り紙の前で足を止め、見入っていました。


「こうするとブスになる」


という、この25の戒めは、
何も女性だけを対象としたものではなく、
人間としてのあるべき姿を
逆説的に示したものではないかと思います。

そして延いてはそれが人から愛され、
運を呼び込むための資質といえるのではないでしょうか。

 


 ブスの25箇条          

 

・笑顔がない


・お礼を言わない


・おいしいと言わない


・目が輝いていない


・精気がない


・いつも口がへの字の形をしている


・自信がない


・希望や信念がない


・自分がブスであることを知らない


・声が小さくイジケている


・自分が最も正しいと信じ込んでいる


・グチをこぼす


・他人をうらむ


・責任転嫁がうまい


・いつも周囲が悪いと思っている


・他人にシットする


・他人につくさない


・他人を信じない


・謙虚さがなくゴウマンである


・人のアドバイスや忠告を受け入れない


・なんでもないことにキズつく


・悲観的に物事を考える


・問題意識を持っていない


・存在自体が周囲を暗くする


・人生においても仕事においても意欲がない

 

自分ってどうだろう…と振り返ってみるのもいいと思います。

それが、「人として良く生きたい、美しく生きたい」という第一歩

かもしれないですね。

ひとつずつクリアしていこうという決意と実践が大切で、きっと必然に

運をつかめるのではないでしょうか。

そうすることによて、クリアしていって、人間的魅力ある生き方を

していきたいです。

 

和田裕美さんのブログより

「あきらめないで再生しよう」

 

私にはできないことがたくさんあるけれど

あのとき、まさに背水の陣のような状況から

立ち上がったら

そこに、今につながる道がありました。

あきらめないで

歩いてよかったと今思います。

その後に

みなさんと繋がることができたから。

 

 

私もあなたも違う道を歩いているので

あなたが「もう歩きたくない」と言っても

本当はその辛さを心底わかっていないのだと思います。

 

あなたが

これからの人生を不安に思い

今までの人生に不満を抱いていても

私は言うと思います。

「あきらめないで

 自分で起き上がるしかないのだから」と。

 

大丈夫です。

絶対に人は再生の力を持っています。

 

阪神淡路大震災の後

あんなに早く復興できたのも

あきらめずに立ち上がった人がいたからです。

 

原爆が落ち

すべてが燃えた広島が

世界が驚くほどの復活を見せたのも

あきらめずに生きようとした

人がいてくれたからです。

 

人は必ず立ち上がれます。

たとえ、理想的なスタートではなかったとしても。

たとえ、失う物が多くあったとしても。

 

だから

あきらめないでください。

 

生きること

愛することを

けして

あきらめないでください。

 

今がどんなに辛くても

あなたが

ふたたび

立ち上がることを私は信じています。

 

 

      

  「痛みを耐える時期がある」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~

たとえば、期待していたことが
だめになったとき
がんばってやってきたことが
白紙になってしまったとき
人は前に進む活力を失います。

そして
そんな状態のときは
誰の声も一切届かないのかもしれません。

 

 

怪我をしたら実際に痛いのです。
治るとわかっていても
その直後はやっぱり痛いのです。
そんなときに
「痛くないでしょう?」
「だいじょうぶだよ」と言ってもらっても
傷はまだ治ってないので痛いのです。
現実に痛いのだから
回復するまで耐えるしかない。

 

心も同じ。
いま失いそうなときや
何かを失った直後は
まだ心が痛いのです。

明日は明るいと考えて
陽転思考した方がいいと
わかっているのですよね?

わかっているけれど
いま、実際に痛いのですよね?
だから、そんなときは
癒えるまで耐えるしかない。

そんな時期が人にはある。

 

けれど
身体にも心にも
自然治癒力があります。
必ず時間が治してくれるのです。
               

 

 

 和田裕美

 

「私の好きな論語」

                                                           BY/S.D

 

「私の好きな論語」

との論語の勉強は続いており…


先日とても素敵な論語に出会いました。

 

    子日(しのたま)わく

 

  「 知者(ちしゃ)は惑(まど)わず、
    

     仁者(じんしゃ)は憂(うれ)えず、
  

     勇者(ゆうしゃ)は懼(おそ)れず。」


 

(書き下し文)
  

    孔子先生がおっしゃった。

   「知者は(判断力があるので)迷うことがなく、

   仁者は(広く、ゆとりのある心があるので)心配することがなく、

   勇者は(強い心があるので)恐れることがない。」

 

  (子供用に分かりやすく)

  ☆素敵な人の条件☆

  知者は、いろいろなことをよく知っているので、
 

   迷うことがありません。
 

   仁者は、優しい広い心を持っているので、
 

  おだやかな気持ちで過ごせます。
 

  勇者は、何もおそれずに、
 

  正しいことを実行します。
 

  この知・仁・勇の三つを持てたら最高ですね。


 

  この言葉が今の私の軸となっています。

  惑ったり、憂えたり、懼れたりしていると、本来ある力までも

  発揮できなくなってしまいますよね。


  流されることのない、確かな信念ともいうべき、ブレない軸を

  作っていきたいと思います。

 

  この、知・仁・勇の三つを持てるよう、

  日々、目の前の一歩に全力を尽くしていきたいと思います。

私は変わります!

読書
                            BY / K.I

私は昨年の11月からこちらの会社に入社させて頂きました。


入社してからまず驚いたことは、朝礼です。


昨日の行動と今日の予定を順番に一人ずつ報告する、そこまでは、
わりと普通に

されている会社もあると思いますが、エステート・リードでは、なんと日めくり

カレンダーを使って、それについて全員で発表し合います。


最初はなにを言ったらいいのか分からず、自分の順番になるまでずっと

頭の中がグルグルまわっていました。


そして、朝礼の意味も分からず、ただ自分の思ったことだけを発表していました。


でも、今はこの朝礼の大事さがわかってきたと思います。


最近は「理念と経営」という経営誌からの設問について毎日、発表し合っています。


その為には、まず「理念と経営」を読まないと発表できません。


実は、私は最初、読まされている…… そんな感じで「理念と経営」を

読んでいました。


しかし先日、そんな私がなんと久しぶりに本屋に行って本を買いました


「女性はマナーで9割変わる」という本です。


この会社に入って、まず自分はどうなりたいのか、と自分自身に問いかける

機会を頂きました。


そして、自分にはなにが足りないのか。

人の悪いところはすぐに気がついても、自分の悪いところは、なかなか
気がつかないというか、気づかないふりをしてしまいます。


でも、この会社の人はそれを見て見ぬふりをせず、しっかりと教えて下さいます。


それはとてもありがたいことです

 

だからこれから先、私は変わります。

 

エステート・リードの一員として恥ずかしくない私になります


道は険しそうですが……


その為にも、本を読む、基本的なことですがまずそこから始めていこうと思います。
 

娘の卒業式

先日、娘の中学校の卒業式がありました。

小学校の時とは一味違いました。

中学生という期間は人生の中でも、最も変化のある時期です。

心も身体も子供から大人へと…  感慨深いものでした。


「国歌斉唱『君が代』」あまり歌う機会もない国歌でしたが、きみが―よーはー  

 で、もう涙が……

後ろからも、すすり泣きが… 子供たちの制服姿の後ろ姿を見ているだけで

胸が詰まりました。


ひとりひとり、卒業証書を校長先生から授与して頂き、その姿を見て、

また シクシク

校長先生も196名全員に「おめでとう」と声を掛けてくださっていました。

在校生からの送辞、卒業生の答辞。特に答辞を聞きながら、卒業生と保護者の

殆どは、いろいろな中学生活を思い出して、懐かしくそして寂しい気持ちで

涙したと思います。

娘が通っていた中学校は、修学旅行でも、模範的な修学旅行生だったと、

旅先のホテルの方々や旅行会社の方にも評価されていました。


各部活動でも一生懸命努力して優秀な成績を残して、学校に貢献していました。

体育祭でも、学校全体が盛り上がるように3年生をリーダーに縦割りのチーム作り

で、1年生2年生3年生とそれぞれの力を出し合い、とても素晴らしい体育祭とな

り、そのチームワークを活かした延長での、文化祭。クラス全員が一丸となり、

目標に向かって、練習を重ねて、みんなで作り上げた合唱コンクールでした。

 

答辞のあとは、来賓の方々のメッセージ、そして卒業生からの合唱「旅立ちの日に」

「『仰げば尊し」そして、卒業式ピークは全員で「大地讃頌」と「校歌」。

もうこのメンバーで歌い上げることは二度とないという思いで

生徒全員が自然と歌詞を想い、いろいろな想いを胸に、心のこもった素晴らしい

合唱でした。保護者は後ろでハンカチが離せない状況でした。

今この瞬間を大切に生きている  そんな感じでした。


これからは、それぞれの道を歩き始めます。

この3年間で大きな夢や志が決まった人もいました。推薦で高校入学決定の生徒も

いますし、2日後に控える一般入試に臨む生徒と、それぞれです。

この高校を決める際も、保護者と担任の先生との何度も何度も話し合いを重ね、

一人ひとりの将来の為の第一歩だからこそ真剣に向き合いました。

この時のご指導やアドバイスというのには、本当に有難さを感じました。

私たちも、こんな時期を必ず通ってきて、今があります。

すっかり忘れてしまった事柄もたくさんあります。しかし、こうやって、

子どもを通して、私自身も親への感謝の気持ちや出会った諸先生方への

改めての感謝の気持ちを思い出す事が出来ました。

ありがとうございました

娘からも、手紙をもらいました。娘が卒業式前日に夜遅くまで何かを

していたので気にはなっていましたが、お世話になった先生方や部活の

後輩へと、高校で離れ離れになってしまい会えなくなる友達へ手紙を書いて

いたそうです。そして、主人と私へ…。

内容は、

 

 我まま言ってごめんね。

 時には反抗的になってごめんね。

 でも、いつも応援してくれて、誰よりも味方でいてくれて二人の愛情は

 すごく伝わっていたよ。そんな優しさや期待に応えられていなかったかも

  しれない。

 だけど、ずっとずっとこれかも頑張るから変わらず応援お願いします。

 (中略)
   これからもよろしくです。ありがとうございました。

 

陸上を頑張っている娘は、先生方のおかげで随分、心が強くなったと思います。

そして、いつも、「優勝できる選手のまえに優秀な人間になる!」

「負ける理由を作らない練習をする」「誰からも応援してもらえる選手になる」

「努力は自分を決して裏切らない」と自分で自分を励ましながら日々コツコツ

頑張っています。


本当に良い環境に恵まれたと思います。学校の環境そして、先生方、仲間達 

そして保護者の方々…ありがとうございました。

 

とても素敵な卒業式でした。娘にはこちらこそ、ありがとうね。と思っています。

 

 

    

「プロ」と「アマ」の違い

本日の朝礼は「プロ」と「アマ」の違いについて月刊「理念と経営」を読んで
仕事をする上で、「プロ」として課題があると思いますが、それを克服する

ためには何ができるかを皆で話し合います。

そこで、「プロ」と「アマ」の違いを認識しなければいけないので、色々調べてみました。


わかった事としてはプロの要素は世界共通であると思いました。

 

『プロとアマの13の違い』

    プロ                アマ

 

1. 人間的成長を求め続ける       1. 現状に甘える


2. 自信と誇り             2. ぐちっぽい


3. 常に明確な目標を指向        3. 目標が漠然としている


4. 他人の幸せに役立つ喜び       4. 自分が傷つく事は回避する


5. 可能性に挑戦し続ける         5. 経験に生きる


6. 思い信じ込むことができる       6. 不信が先にある


7. 自己訓練を習慣化           7. 気まぐれ


8. 時間を有効に習慣化          8. 時間の観念がない


9. 成功し続ける             9. 失敗を恐れる


10. 自己投資を続ける          10. 享楽的資金優先


11. 使命を持つ            11. 途中で投げ出す


12. 出来る方法を考える        12. できない言い訳が口に出る


13. 自分のシナリオを書く       13. 他人のシナリオが気になる

 


仕事のできる人は,世界どこに行っても仕事ができるのだと思います。

そういった人をプロと呼ぶならば,その人たちは何か共通する要素を

持っているはずです。

自己啓発本や仕事術の本の概念が似ているし、成功者の方々は同じことを

おっしゃっています。

 

例えば7つの習慣の要素では、


 第一の習慣・主体性を発揮する 

 第二の習慣・目的を持って始める 

 第三の習慣・重要事項を優先する

 第四の習慣・Win-Winを考える 

 第五の習慣・理解してから理解される 

 第六の習慣・相乗効果を発揮する 

 第七の習慣・刃を研ぐ

結局,成功を自分で定義し,成功できる人の持つ姿勢やものの考え方は

世界共通なのだと思いました。

また姿勢や考え方に限らず,多くの仕事術の本に共通する要素が書かれている

ことから,仕事のできる人の持つ要素は世界でほぼ共通な部分が多くあると

考えられると思いました。

だとしたら,その「仕事術」を一旦身につけてしまえば世界のどこでも通用する

人間になりうるということだと思います。

仕事術というwhatだけにこだわらずに,人生に対する姿勢や考え方といったhowも

考慮しつつ,何が共通の要素なのかを考えて,身につけていけるといいと思います。  

 

どちらにしようと迷うということは、どっちを選んでも大きな差はない。

大切なことは、行動すること。

「できるか、できないか」ではなく、「やるか、やらないか」。

人間であることは、「感性と理性と肉体」を持っているということ。

動物と人間の違い。動物には理性がない。

感性だけで、人の迷惑を考えず、やりたいことをするのは、野獣と同じ。

人間には、理性がある。感性から湧いてきた欲求や欲望を、

理性を使って人間らしいものにする。

 

 

神さまと人間の違い。神さまには肉体がない。

人間には、肉体がある。

感性から湧いてきた夢や理想を、理性を使い、

どのようにしたら社会の役に立てるか、

他人に迷惑をかけずに実現できるかを考え、行動する。

大切なことは、行動すること。

 

いくら考えていても、夢や理想は実現しない。

どんなに悩んでも問題は解決しない。

「できるか、できないか」と考えているときは、決断できない。

できない理由の方がたくさん出てくるから、不安になる。

 

「どうしてもやりたいことかどうか」を、自分自身に問いかける。

「どうしてもやりたい」と思えなければ、他の事を捨てることはできない。

他の事を捨てるとは、家族を犠牲にすることではない。

他人に迷惑をかけるのであれば、ただのわがままになる。

 

「もっといいことがあるのではないか」という思いを捨てること。

二つの道で、どちらに行くか迷ったときは、ひらめく方をとにかくやってみる。

どっちが面白そうか、どっちが楽しそうか直感で決める。

 

できるか、できないかではない。

 

やるか、やらないかです。

 

短所や欠点は、なくさなくてもいい!

「臆病」ということは、「慎重・堅実」でもあるのだから。

 

人間は、不完全です。

どんな人間でも長所半分・短所半分なのです。

 

欠点・短所は、なくなりません。

長所ばかりの人、短所ばかりの人はいません。

「私は気が弱い」・・・

いつもどんな時でもそうですか?

自分では、短所と思っていることでも、相手や場所・状況や見方によっては、

長所になることだってあるのです。

「気が弱い」から「やさしい」「慎重」「控えめで謙虚」となることもあります。

光には影、表と裏、善と悪・・・

どんなものもバランスです。

短所はなくならないし、なくす努力をしてはいけません。

する必要はありません。

 

短所があって当然。

短所があるから謙虚になれるのです。

短所があるから人間なのです。

短所や欠点がないのは、神さまや仏さま。

人間は、神さまや仏さまのように完全や完璧をめざすのではなく、

人間らしい人間になることをめざさなければいけません。

長所をとことん伸ばせば、短所は愛嬌になり、人間味にもなるのです。

「人間は不完全」ということを自覚すること。

「短所があってはいけない」と思うことは、人間に完全を求めている。

 

短所が無くなれば、人間ではなくなる。

神さま仏さまになってしまう。

「人間らしさ」は、短所が作る。短所が謙虚な人間らしい心を作るのです。

 

 


 

 

言葉の選択

「言葉が人生を拓く」


ひとを幸福にする言葉、不幸にする言葉がありますが、普段だれかと話をするとき、

浮かんだ言葉を口にする前に、じっくり“吟味”するという人は少ないと思います。

しかし、言葉は魂が宿った言霊だといいます。使い方によっては、その不思議な力で

ひとを活かし、幸福にもすれば、災禍をもたらし、不幸のどん底に突き落としもすると

思います。

言葉をぞんざいに扱っていては、幸福もいい人生も引き寄せることはないと思います。


言葉によって、人が持っている光を澱ませたり、ますます輝かせたりするそうです。

 

 

お大師さまが、おっしゃる「真言をいえば、その真言が光となってその人を包む」という

現象を、自分の上に実現することができるそうです。


先日のブログに書いた中村天風先生の本にあった“言葉が人生を左右する”


「自分の言葉に自分が尊敬を感じるものを使え」と言っておられる。

人生というものは、言葉で哲学化され、科学化されているからである。


言葉は人生を左右する力がる。言葉は暗示となり、潜在意識に入っていくのだ

というお話とも同じだと思いました。


ある本に「言葉」はあなたを運ぶ船 とありました。


口は災いのもとという格言を熟知しているばなのに、言葉の使い方で失敗する

ケースが多いです。

自分が加害者となり相手を傷つけてしまうことも、また被害者になって心に深い

痛手を負うこともあります。それが人生を左右することも、少なくないと思います。


言葉はこころを伝える船…  そうですね…こころを言葉という船に乗せて、

相手のこころに届けること、それがどのように受け取られるかは、船である言葉次第

ということです。

感情的な言葉はその声で相手の心に届きます。それで、相手からも感情的な言葉が

返ってくることになる。“売り言葉に買い言葉"という表現が、まさしくそのことを

物語っていると思います。

 


仏教には、「愛語」という教えがあるそうです。「布施」「利行」「同事」とともに、

菩薩の四摂法(ししようぼう)に教えられるのがこの教えだそうで、愛情のこもった

やさしい言葉、ひとのこころを慰める言葉、自分のためではなく、ただ相手を思いやる言葉……

これが愛語です。愛語はこころのそのままを相手に届けます。愛しているという気持ちを

届けるのでも、愛語なら ゆがみも曇りもない、こころのままが届きますが、おざなりな言葉を

使えば、こころのまま届けることができません。

言葉が人生を拓く 本当にそうなんだと思います。最近つくづく自分の心の状態や状況を、

想いを相手に正しく伝えるためには、まず、正しい日本語を使い、たくさんある言語を知り、

正しい選択をしなければいけないと思いました。

普段の言葉の質や使い方で、『人物』がある程度判断されてしまう材料に

なってしまうと思います。

誤解されない為にも、正しく伝える努力をしなければいけないと思います。

そして、いつも、元気に前向きな言葉を発している人は、キラキラ と輝いています。

浅田真央選手  感動をありがとう

浅田真央選手  感動をありがとう。

 バンクーバー五輪で日本中の期待を一身に受けて、みごと銀メダルに輝いた浅田真央選手。


4年前のトリノ五輪に年齢制限で出場ができず、この度のバンクーバーでは 4年間抱き続けて

ものを解き放つように身体いっぱいでオリンピック出場の深い思いを自分らしく精一杯に

表現してくれたと思います。


 4年に一度のオリンピックという大舞台の重圧の中で、弱冠19歳の彼女がこれだけの演技、

これだけの表現を成し遂げたことに心から賞賛したいと思います。


なんと言ってもショート、フリーで計3度のトリプルアクセルを成功させたというのは、

空前の大記録であり、彼女がここまで多くのファンを得たひとつの理由は、この難しい

ジャンプに挑み続ける姿勢にあるのだと思います。


 男子の4回転ジャンプに匹敵する大技に果敢に挑戦し続ける、アスリートとしての姿に

誰もが声援を送り、誰もが喝采したくなるのだと思います。


 彼女は強いアスリートとして毎日厳しい練習と、厳しい自己管理を続けているのだそうです。


靴がボロボロになるまで滑り込む練習の虫。目指す結果を出す為に体重についても、

たった500g増えただけでも、ジャンプに影響があるから行う食事制限等々、

4年間積み上げて来た揺るがないその信念、その精神力、その頑固強さはしっかりと

自分自身の使命感と目的を持った者だけが成せる技。

周囲に振り回されることなくまっすぐ自分の進む道を歩むことで跳ね返して来たプレッシャー。


多くのメディアに囲まれても自分を見失うことなく、

「みんなが応援をしてくれるからがんばらないと」 と進んでいける強さ。


今シーズンのスランプを乗り越え、本番の五輪に照準を合わせてしっかりと結果を出すところが

真のアスリートと言えるのでしょう。


たとえジャンプの調子が悪くても、「自分で決めたからには絶対にやる。」 「必ず跳ぶ。」

そんな頑固さでこれまでに何度も失敗を繰り返して来たが、そのたびに反省こそすれ、後悔を

することはなかったと言う。すべては自分で決めたことだから。


コーチ不在の孤独で不安な時も、選曲した「鐘」が周囲からの反対の意見があった時も

全て彼女は「自分で決める。」「結果が悪くても自分自身の責任なのだから。」と。 

彼女の真の強さが理解できます。


残念ながら、フリーではエッジが氷にひっかかるトラブルからトリプルループが一回転になって

しまうミスがあり、またライバルのキム・ヨナの完璧な高得点の演技には及ばなかったものの、

彼女の新たな挑戦が続く限り、私はきっと次のオリンピックで頂点に立ってくれると信じます。


 私達も彼女の持つ強い『一念』を見習って、

「必ずできる。」「自分で決める。」「自分で責任を取る。」

これを全うして行きたいものです。

                                 藤島 義仁

論語にふれて...

                                     BY/S.D

 新しい日めくりカレンダーを朝礼で勉強させて頂くようになり、「論語」に興味を持ちました。


「論語」と聞くだけで、難しいという先入観がありましたが、朝礼の場で深く掘り下げて勉強

 していくうちに、もっと知りたいと思うようになりました。


  そして、私を動かしたのは、1月21日の弊社のブログの吉田良次さん(丹養塾幼児園)のお話で

  した。

http://www.estate-paradigm.com/2010/01/post-74.html

2歳半の娘がいる私にとっては、衝撃的な話でした。


わが子も丹養塾幼児園の園児のような子に育てたい、


その為には母である私が学ばなければと、今の自分の愚かさと未熟さを痛感しました。

しばらくしてから、「こども論語塾」という本に出会い、娘と寝る前に1ページずつ読み始めました。


次の日は新しい1ページ+昨日のページ。2日目は新しい1ページ+昨日・一昨日のページ。


というふうに、毎日1つずつ読む論語を増やしていきました。

毎日繰り返し読んでいくうちに、娘も声に出して読むようになり、

最初の一言を読むと、次の文が出てくるようにまでなりました。


今では娘から目を輝かせながら「おべんきょうしよー」と本を持ってきます。


時には、私が疲れている日もあり、「今日はお勉強やめとこうか」というと、


「イヤ!おべんきょーする」と1日も休むことなく続けています。

その娘のやる気のおかげで、私も勉強させてもらっています。


本棚にたくさんの絵本もあるのに、なぜか「こども論語塾」の本を持ってきます。

不思議ですね。

いまでは本も2冊目にはいり、昨日は24の論語の素読をしました。

意味はまだよくわからないと思いますが、繰り返し読んでいくうちに、だんだんとその言葉の


すばらしさに引きつけられたようで、純粋で豊かな幼い心に名分が染み込んでいくのが感じられ

ます。

本のあとがきに素敵な言葉がありました。

「論語」の言葉は、普段は人の心の奥底に眠っていて、いざというときに姿を現します。


そしてその人の支えとなり、助けとなり、喜びや幸せを倍増してくれたりします。


大きな声で元気に素読をすると、漢文独特の美しいリズムが、自然に体の中に入っていきます。


そして、数々の名言・名文が、いつの間にか心の奥にたまっていきます。

それらは人生の様々な場面でお子さんたちの支えとなり、助けとなるでしょう。

もちろん、論語は私の心の支えともなっています。


毎日読んでいても、その日の心の状態によって感じ方が違い、いろいろな新しい気付きが

あったり、勇気づけてくれたり、優しい気持ちにさせてくれます。

先週の朝礼当番では、せっかく論語を勉強しているので、みんなにも知ってもらいたいと思い、

その日の課題の内容や私の思いから論語を選び、毎日1つずつみんなで読み上げました。


アウトプットしようと思うことにより、より深くその内容を掘り下げ、


今の自分には何が必要なのかと考えるよい機会となりました。


中でも、私の心に響いたのが

子曰く、(しのたまわく)
「之を愛しては、能(よ)く労(ろう)すること勿(な)からんや。


 焉(これ)に忠(ちゅう)にしては、能(よ)く誨(おし)うること勿(な)からんや。」
 
《訳》あなたのまわりの人達はあなたのことが大好きで、心優しい素敵な人に

なってほしいと願っています。だからこそ、いろいろな苦しいことも。乗り越えて
ほしいのです。そして、たくさんのことを教えてあげたくなるのです。
すべては深い愛情があるからなのです。

 まわりにいる方々に、感謝の気持ちでいっぱいになりました。
これまでの周りの方々の教えや注意を素直に聞けていただろうか? と考えさせられました。
きっと、反発した態度もたくさんとっていたと思います。それでも、私の事を思い指導をして下さる
まわりの方々の深い愛情に本当に感謝です。何事も信じて肯定的に受け入れていき、
自分も深い愛情をもって、周りの方々に接していきたいと思います。

「百三歳、なお学び続ける」

「百三歳、なお学び続ける」
  ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

       佐藤文悟さん著(さとう・ぶんご=元歯科医) 


                              


今年、齢百三になる私を、一人の歯科医が訪ねてきた。
 

娘が今度、歯医者になりました、と言う。

私はそれはめでたいと言いながら、こんなことを述べた。


「お嬢さんをあなたより一段高いレベルの歯科に勤めさせ、
 

 親のことを批判しつつ彼女が正しい道を歩めるよう、
 

 そして本人には悟られぬよう
 

 遠くからそっと見守ってあげてください」


すると後日、そのお嬢さんが挨拶に見えた。

私は  「あなたはよい職業を選ばれた。
 

      職場へ入ったなら、自分の師と仰ぐ先生の
 

      生活態度を問うのではなく、仕事に臨まれる姿勢、
 

      それを精一杯学んでください」
 

と言い、餞(せん)の言葉とした。       (はなむけ旅立つ人に贈り物をすること)

 

 

人の仕事ぶりというものは、
 

上の人も見ていれば、下の人も見ている。
 

一人でしているような物事でも必ず誰かが見ている。
 

時には喜びに頬を緩めることもあるだろう。
 

ただし、仕事の手だけは決して決して
 

最後まで緩めてはいけない。私はそう自分に言い聞かせてきた。


         * *


明治三十七年、新潟の田舎に生まれた私は、
 

生来学問好きな性質で、勉強はいくらしても倦(あぐ)むことがなかった。(嫌にならなかった)
 

しかし家は貧しい農家で、中学へ進学できる望みなどない。

担任の教師が、この子を進学させてやってくれと
 

頼みにいらしたこともあるが、父は


「我が家より格式のある御宅でさえ中学へはやっていない。
 

 うちの息子だけやるのでは筋が通らない」
 

と聞く耳を持たなかった。
 

それでも学問に対する欲求はやみ難く、
 

ほぼ家出同然の状態で故郷を後に上京した。

母はそんな私のために上等な着物を織り、
 

出掛ける前にそっと渡してくれた。
 

私が実業家の家へ書生に入ることができたのはこのためである。
 

後になって奥様から


「まだ幼くて暮らしも豊かには見えないのに、
 

着物だけはずいぶんと良い物を着ている。
 

 きっと愛情深く育てられたのだろう、と思った」
 

という話を聞いた。


入学した開成中学では学費を自分で稼ぎながら、
 

懸命に学業に励んだ。
 

進学したのは日本大学歯学部の夜学で、
 

昼間は仕事をしながら深夜まで黙々と勉強を続けた。

貧乏であっても学問に食らいつき、
 

どうしても一人前にならねばならぬと覚悟をすれば、
 

それなりにモノにはなるものらしい。

 

尊敬する川合渉校長から
 

「日大で最高の勉強家だ」
 

とお褒めの言葉をいただいたほど、夜も寝ずに勉強した。

 

わき目も振らず一心に学問に取り組んだのが
 

良かったのだろう。
 

治術の実習では、私の元へ診察を申し出る患者と
 

同級生が後を絶たず、やがて日大の総代を務めることになった。

卒業時には褒美として、
 

大の大人が三人がかりでも動かせないような
 

立派な診療台をいただき、生涯をこの仕事に捧げようと決意した。

家が貧しくなかったなら、
 

私はあれほどまで熱心に勉強に励んだだろうか。
 

それを思う時、貧乏であったことが、
 

あるいは私の人生を幸せへと
 

導いてくれたのではないかという気がするのである。

 


         * *


卒業後、縁あって東京の南千住に開業し、
 

戦後は疎開先の横浜でそのまま開業することにした。
 

その後、横浜にあるアメリカの陸軍病院で
 

隊長より直接単独で臨床学とそれに伴う学問を教わった。

そのために中学時代の英語の教科書を
 

引っ張り出してきて一から英語を勉強し直した。

その後、川崎でもう一度始めた診療は七年前、
 

九十六の歳になるまで休むことなく続いた。

学校で教わる学問は頭だけのこと、
 

患者の皆様が私を歯科医として、
 

また一人の人間として今日まで育ててくださったように思う。


 

 

いまから数十年前のことである。
 

親しくさせていただいた尊敬する先生方と
 

歯科医の国際学会を結成した。

私は結成当初から長く事務局長を務めていたが、
 

ある時周囲から会長に推されたことがあった。
 

大変有り難いことだと思ったが、
 

私はいくら言われても決して首を縦には振らなかった。

家内はそんな私の行動を訝しく思っていたようだが、
 

私は博士号もない一介の町医者で、
 

学校も夜学しか出ていない。

周りの面々は代々続く歯科医の生まれで、
 

大学などで教鞭を執っている者ばかり。
 

そんな中で私が会長職を務めて誰が快く思うだろう。

だがこれを引き受けなかったがために、
 

私は諸先生方から支持を受けることになり、
 

もめ事や争い事は一切起こしたためしがなく、
 

また先輩方からもずいぶん可愛がっていただけたように思う。

出過ぎず、引っ込まずというのは、
 

世渡りをしていく上で大切な心得の一つではなかろうか。

 

歯科医を志すからといって、
 

何も特別な学問をする必要はない。
 

技術も特別に人より優れていなければならぬということはない。

ただし、学ぶべきことは当然怠りなくやるべきであるし、
 

その知識や技術を身につけたなら、
 

どこまでも忠実に守り通していくことが必要である。

引退後、私は東大で物理学を専攻する孫に触発され、
 

量子力学の勉強を始めた。

 

「九十六の手習い」など聞いたこともないが、
 

学ぶ喜びや知る喜びに年齢は無関係だと思う。
 

私には、若い人に偉ぶったことなど一切言う術がない。
 

できるのはただ、若い人から学び続けることだけである。

 

 

 

私たちは、まだまだ ひよっこだと…つくづく思います。

何歳になっても、好奇心と学ぼうとされている姿や謙虚な生き方を感じ、

ふと、自分に振り返り、恥ずかしさでいっぱいですが、

少しでも見習って、いつまでも、学び続けていきたいと思います。

 

「人生は縁ありて 花ひらき  恩ありて 実を結ぶ」

「実るほどこうべを垂れる 稲穂かな」                  の詩が浮かびました。
 

すべての元は自分にある

いよいよ3月

     3月の名言                          (理念と経営のコーチングカレンダーより)
 

         すべての元は

             自分にある


         自分の一念によって

             すべてが変わる

 

 

 

この3月の名言を読んで、中村天風先生の本を思い出しました。

 

言葉と笑顔が人生を変える

“言葉が人生を左右する”

  心身一如

『万物の根元である“ただ一つの気”が、人間の心の中に入って、“観念”となり、

その観念が“思考”となる。そして、その思考が 一方において行動となって現れ、

一方においては言葉になって現れる。これが、人間のみが造物王から与えられた恩恵であり、

他の動物にはないのである。』

 

“心身一如”という先人たちが説いた真理が、最近の心身医学や深層心理学の面から実証されて

いることは、まことに興味深いものがある。


西洋医学の祖と言われるヒポクラテスも「病は自然に治癒す。医はこれを助けるものなり」と、

われわれ人間の身体には、本来素晴らしい、“自然治癒力”が存在することを指摘した。

かりに病になり、負傷したりして、医者の治療を受けても、回復する治癒力、生命力は

われわれ自身に内在しているというのだ。


また、ヒポクラテスは「医者には三つの武器がある。言葉、薬草、メスがそれである。」とも

説いている。言葉が第一に置かれている点が興味深い。


言葉による自己暗示や他者暗示が心身医学の面で応用されていることは、周知の事実である。

天風先生も、「自分の言葉に自分が尊敬を感じるものを使え」と言っておられる。

人生というものは、言葉で哲学化され、科学化されているからである。


言葉は人生を左右する力がる。

言葉は暗示となり、潜在意識に入っていくのだ。  


「人間の心で行う思考は、人生の一切を切る」という視点から言えば、

愚痴をこぼしたり、、言い訳けばかりしている人は、いつまでたっても、

「できない」「だめだ」「無理だ」というマイナスの想いを口に出しているからで、

つまり、それらの言葉が自分の耳からも入るようになり、暗示として、潜在意識に

インプットされるわけである。

人間である以上、時には、グチや言い訳をすることもあるだろうが、問題なのは、

それが習慣化してしまうことである。その時点で、悪い想念を潜在意識に送り込んでいるという

ことになる。だから、運を好転させたければ、日常生活の中で、できるだけ明るい積極的な

言葉を使うことが大切になってくる。積極的な言葉を使う事によって、それが潜在意識と

同化するため、生命の一切が極めて良い状態になって現れる。

 

天風先生は、「いかなる場合にも、積極的な考え方と行動が成功を生み出す。」といつも、

強調されていたそうだ。


積極的な考え方とは、清く尊く強く正しい心である。

それらがなければ、人間が持っている本心=良心を、力いっぱい発揮することはできない。

積極的な行動とは、明るく朗らかに、勇気を持った行動を指す。

それは、清い心、尊い心、強い心、正しい心といった良心に支えられたものなのである。

 

積極的な言葉とは、
「失敗は成功のもと。だから、私はくじけない。」

「可能性は無限にある。だから困ったことがあっても、必ず解決できる絶対に成功する。」


「毎日が楽しくて仕方がない」

「私は健康でいつも元気だ」というような、聞いていて勇気が湧いてきたり、嬉しくなったり、

気分が陽気になるような内容の言葉を指す。


これらの言葉を積極的に日常生活の中で意識的に多く取り入れていくようにすることが、

重要である。自分の発した言葉は暗示として潜在意識に刻印されるため、考え方や行動が

おのずと、積極的な方向に変わるようになるからである。

 

しかし、「言うは易し。行うは難し」で、悩み事がある場合、それを実行に移すのは

なかなか難しいかもしれない。それどころか、心構えも否定的になりがちであろう。

そこで、考え方や行動までできない場合は、まず、言葉を変えてみよう。

たとえば、愚痴や言い訳・悪口のかわりに、

「大丈夫!」「かならずうまくいく」「素晴しい」「ありがたい」「今日はいいことがある」

「なんとかなる」といった、自他ともに聞いた時、気持ちが良くなる言葉を多く使うように

してみる。


会話もしかり。会話というのは、キャッチボール相手に合わせて強さを考え、会話の内容を

明るく積極的なものにしたければ、あなたのほうから、明るく積極的な話題を提供すれば

よいのである。

これを習慣化できるようにすればよいのである。

そして、最後に笑顔

笑顔は年齢、性別、学歴、職業を問わず、誰にでもいますぐできる素晴らしい能力。


笑顔があれば、自分が変わる。笑顔があれば、他人が変わる。笑顔は、まさに幸福の泉なのである。

内向的な人でも、自分に出来ること  そこから、はじめると変われるのだ。

Archives

2010年
2009年
2008年

WE PRAY FOR JAPAN 3.11 日本のために祈る


社内研修・人材育成の記録
変革の時 「道」
blog「パラダイム」

携帯からもアクセスできます!