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感謝の出会い

花は香り人は人柄

 

花は香り
  人は人柄
 

これである。見た目にいくら華やかで艶やかでも、造花には真に人を引きつ

ける魅力はない。人もまたいくら実力があっても、傲慢で鼻持ちならない人

に人間的魅力はない。

 

「人生の大則」から

 まず自分を創ること。自分という人間を立派に仕上げること。

 そして、徳の香る人になること──六人の先哲がその生涯を通して

 語っていることは、その一点に凝縮される。

 これこそ人生で一番大事な法則、これを遵守すれば人生は絶対に

 大丈夫という原則、すなわち人生の大則であろう。


 では、どうすれば自分を創ることができるのか。

 六人の先哲の言っていることは、概ね次の三つに集約されると思う。

 

 一つは、人生に対して覚悟を決めること。覚悟を決めない限り、

     真の人生は始まらない。先哲は繰り返しこのことを説いている。

  

  沖縄の漁師が言ったという。

 

  「遠洋の漁場に出ようと決めると、風が起き、帆がざわめき、

   波が立ってくる。だが、まだ覚悟が決まらない船には風が

   起きんのよ」


   人生もまた然りである。


 

 二つは、 傲慢になるな、謙敬(謙虚で敬い、慎むこと)であれ、

      と教える。

      不遇のときには謙虚だつた人が、うまくいきだすと

      傲慢になる。人間の通弊である。だが傲慢になった時、

      天は人の足をすくう。その事例は数限りない。

 

 

 三つは、 誠実であれ、ということ。

      誠実は古来聖賢がもっとも大事にした人間最高の徳目である。

 

 

 あえて、もう一つ付け加えれば、「久」であろう。久しく続けることで、 

 人生の大則は揺るぎないものになる。

 

 

 

  最後に二宮尊徳の道歌を紹介したい。

  

  父母もむその父母もわが身なり  われを愛せよ我を敬せよ


  あなたの命はあなた一人のものではない。

  父母、その父母と幾世代にもわたり、連綿と続いてきたからこそ、

  あなたの命がある。あなたの身体の中には幾百万、幾千万という

  先祖の連綿たる命の炎が燃えている。

 

  そういう尊い命の結晶が自分であることに深い思いをはせ、

  自分を愛し、自分を敬うような生き方をしなければならない。

 

  私たちが決して忘れてはならない、人生の大則がここにある。

                   小さな人生論より

 

 

 

  今になっていろいろな事を思い返すと父母に感謝したい気持が

  いっぱいになります。

  私が通っていた中学校、高校は、カトリック系の女子校だったの

  ですが、父が、その学校の校風や、理念に共感し素敵な女性を

  目指せるように入れてくれたのだと思います。

  その指針を改めてよく感じてみなおしてみると素晴らしいでした。

    

     行動・教育

        

       愛徳・純潔・謙譲・信頼・勤勉という
       五つの徳を心に
       強い意志と正しい判断力,
       高い知性と豊かな教養に富む
       強固な意志と鋭敏な良心をもった
       女性の育成を目指しています。

     

     精神性

        『白ゆりのように清らかで,
        すみれのようにつつましく,
        ばらのようにまわりの人に
        ほのぼのとした喜びを与え,
        フリージアのように
        徳の香り高い人になりましょう』
 
        という『魂ゆずりの言葉』により、先輩から後輩へと

        受け継いでいく。

  

     校訓
        ・ 心清きものは幸いなり
            (聖書の言葉,マタイ5章より)
        ・ マリア様、いやなことは私が喜んで
            (学園創立者 江角ヤス先生の言葉)

     祈りにあふれた1日
 

       朝礼の聖歌,聖書朗読で一日が始まります。
       授業などの始まりの挨拶には必ず,
       「心清きものは幸いなり」という
       聖書の言葉をとなえます。
       これは,自分の心の清らかさと,
       周りの人々の幸せを願う祈りです。


                    という学校でした。


本当に、今頃いろいろ、改めて素晴らしさに気づける事が出来ました。

その頃は日々、実践させて頂きながら、徳を高め素敵な女性を目指して

いたものでした。それがいつしか、忘れてしまっていて、なかなか、

つつましい女性にもなれず…ただ、歳をとってしまったかもわかりません。

ただ、知らず知らずのうちに心の奥底に、根付いていて精神性は育まれて

きたのかもわかりません。

遅いかもしれませんが、誇りをもち活かして魅力ある人間にならなけれ

いけないと思っています。せっかく環境をもらっていたのに…いつまでも、

未熟者でごめんなさい。

 

 

そういう環境を与えてくれた両親に感謝し、母校の恩師に改めて感謝いたします。ありがとうございます。

今日の朝礼の日めくりです。

「仰ぐべき師を
 持たぬ人生は
 大きな不幸である」

 『荀子』(じゅんし)はいう。

  人には三不祥あり。
  幼にして長に事(つか)ふるを肯(がえ)んぜず。
  賤(せん)にして貴に事ふるを肯んぜず。
  不肖(ふしょう)にして賢に事ふるを肯んぜず。

  人に三つよくないことがある。
  幼いのに年長の人につかえようとせず、
  卑賤なのに貴い人につかえようとせず、
  愚かなのに賢者につかえようとしない

  仰ぐべき師をもたぬ人生は大きな不幸であることを、先哲の言葉は教え  

  ている。

 

  とても、むずかしい言葉での日めくりカレンダーだったので、
  さらにどういうことかを掘り下げようと思いました。
  すると、この「仰ぐべき師を 持たぬ人生は 大きな不幸である」
  というメッセージには深い深いものがありました。

  この「小さな人生論」の中の文章を読んで、私は、衝撃を受けました。
  感動で涙が溢れてきました。 胸がいっぱいになりました。
  こんな感動は、久しくなかった感動でした。
  そして、自分の愚かさに情けなさに涙がでました。

 


 わが心の先師先賢

 

吉田良次さんは兵庫伊丹の跡継ぎに生まれた。安岡正篤師に出会ったのは、昭和24年、18歳の時である。
「自分の人生は一介の農民としてこのまま終わっていいのか」--
その煩悶(はんもん)が師の門を叩かせたのである。   

                      煩悶 (悩み苦しむこと)

以来、吉田さんは農業に勤(いそ)しむ かたわら安岡師に親炙(しんしゃ)し、古今の聖賢の教えを学ぶ道に入った。  

               親炙 (親しく接して感化をうけること)


吉田さんの非凡な点は、その学びをわが身のみにとどめなかったところにある。自分が培ったものを少しでも後世にと、自宅の納屋を改装し「丹養塾幼児園」という保育園を開設、古典の徹底した素読教育を実践したのである。
二歳から六歳まで、園児は常時20人ほど。吉田さんは、自分が感動をもって、学んだ古典の言葉をそのまま教えた。

子供たちの1日は、朝30分の"勤行"から始まる。
「禊祓詞」(みそぎはらいのことば) 「修証議第四章・発願利生」(しゅうしょうぎ だいよんしょう・はつがんりしょう)「般若心経」、それに本居宣長などの「和歌」、三輪執斎の「憤」なを唱和するのである。
 
意味を教えたりはしない。解説を加えることもしない。吉田さんが先頭に立ってとにかく朗誦(ろうしょう)する。子供たちが後について和する。

この繰り返しが驚くべき力を発揮した。一年もしないうちに、どの子も古今の名言をすらすらと朗読するようになったのだ。それだけではない。新しく入ってきた子は年上の子に倣って朗読するようになる。そして、いつか漢字交じりの原文を読み、書き、意味を理解するようになっていくのだ。


平成15年11月20日、吉田さんは亡くなられた。

葬儀では園児を代表して六歳の吉田歩未ちゃんが、「お別れの言葉」を読んだ。
その原文がある。筆跡は六歳児らしくたどたどしい。だが、漢字仮名まじりで書かれたその文章は、誰に教えられたのでもない。紛れもなく六歳の子どもが自分で考え、自分の手で書いたものなのだ。

そのまま引用する。


     お別れの言葉

園長先生、歩未の声が聞こえますか。
二歳十か月の時、丹養塾幼児園に入園してから、漢字、算盤(そろばん)、諺(ことわざ)、俳句、花園文庫、伝記、少年日本史朗誦集など、園長先生には沢山の事を教えて頂きました。毎日、一所懸命勉強して南宋の文天祥の正氣歌を暗誦できるやうになった時も、園長先生はとても喜んで褒めて下さいました。 それから、園長先生は、色々な所にも連れていって下さいました。北海道巡歴研修でクラーク博士の像の前で「青年と大志」を朗誦した事、青森駅のデパートの)軒先で野宿した事、北陸巡歴研修で、永平寺で座禪をした事、橋本佐内の銅像の前で啓發録を読んだこと、沢山の楽しい思ひ出があります。他にも親子教室甲山の遠足、運動会、お餅搗き、立志集、卒園式、小音楽会、桃太郎の劇など園長先生に教えて頂いた素晴らしい思ひ出が沢山できました。
これから園長先生は天国へ行って、私達の事を見守っていて下さい。
私達は、園長先生に教へて意味を頂いた事をいつまでも忘れず深くさぐって強く引き出す人になります。天から受けたものを天にむくゆる人になります。そして、この世に役立つ人になります。園長先生、ありがとうございました。
      平成十五年十一月二十三日    園児代表  吉田歩未

吉田良治さんにとって、安岡正篤師はまたとない「わが心の先師先賢」であった。同時に園児たちにとって、吉田さんは、かけがえのない先師先賢であったのである。

この吉田歩未ちゃんの六歳児とはとても信じられないような格調高い一文が、余すところなくそのことを示している。

良き師を得、良き先達にめぐり会い、学び得た者の豊穣をここに見る思いがする。

 

 

先師先賢に学びたいものです。
ちなみに、あの忌まわしい「池田小学校事件」覚えてますか。
あの時、大勢の先生が、大人が現場にいたのですが、
みんなパニックで何も出来なかったそうです。
3人の児童が相談して、警察に電話を入れました。

それが、この丹養塾幼児園の卒園児だったのです。

 


我々人間は、最初は物まねから学び、次第に自らが「考え」成長していくのだと思いました。

そして、この様な智慧を親として与えられるような存在にならなければいけないと!そのためには、沢山の奥深いそして、高次元な学びをしていきたいと思いました。
この丹養塾幼児園の園児たちはもちろんのこと、その親御さんも自然に学んでいかれているはずだし…
世の中には本当に素晴らしい方々がいらっしゃるんですよね。

 

自分の愚かさ未熟さを痛感し、どんどん素晴らしい方たちと縁できる自分になりたいです。

『考える=神返る 』

 神様 対 自分

 の対話を通して適切な答えを導き出す。

 本来「考える」というのは、楽しくてたまらないことなんだと思います

朝原宜治氏の講演会

先日、娘の通う中学校に2008年北京オリンピックの男子4×100メートルリレーで銅メダルを獲得された朝原宜治氏が来て下さって講演会をして下さいました。
「あきらめなければ夢は叶う」と題して、ご自身の体験にねざした熱い思いを語って下さいました。また、生徒たちの素朴な質問にも真摯に答えて下さり、さらに実技指導までして頂きました。私の娘は幸運にも実技指導のアドバイスを直接頂くことも出来ました。

今回の講演会は広畑中学校の主催で、姫路西ロータリークラブの方々のご人力で開演できたことだそうです。
本当に有難いと思いました。普通はお会いしたくてもチャンスすらなく手の届かない方と保護者を含め子供たちに御縁を頂いて感謝でいっぱいでした。
中学生に対するメッセージで終わることなく保護者として社会人として多くの学びを得ることがありました。

コツコツと努力を続けていたら、その結果は必ず自分自身に必ず戻ってくる…という事を実感されたお話。

どんな選手になりたいかという明確さを持つ事によって、先は違うし、自主性を見出すことができた。というお話。

これは、練習すればするほど強くなる。でも、それもある程度のところまで。そこから後が問題。その後というのは、自分自身が燃えていなければ、それ以上にはならないしなれない。つまり、情熱をもたなければ、動かない。

どうなりたいかをしっかり持てば、自主性が生まれる。その為にいろいろな情報を得て素直に取り入れ自分自身で判断していく力を養う。そういう力をつけることによって、自分自身の感覚を大切にできていける。

「考える前に感じる」

積極的に取り組む大切さ。「勇敢に積極的に進み生きる」ということなど、大人になり、消極的になりつつある、諦めた感のある生き方を見直さなければと思いました。

自分自身がどうなりたいか、どう生きたいか、「行動ありき」頭であれこれ悩む前に、とにかくやってみる。

明確なビジョンを持たなければ、目標は達成しない。

自分で自分のプロデュースをしていく。

リスクが生じてもチャレンジする心をもつ。「殻をやぶる勇気」
それが、「生きる力になる」

自分に合うような練習を見つけるには、いろいろな指導者の方のやり方をとにかくやってみて、いろいろ試してみて、その中から適しているものを見つける。つまり、自分で考えて工夫していくことが大切。

そして、3位と4位では、メダルや社会的には差があるが、自分が一生懸命頑張って得た順位にはすごく価値がある。メダルをとりたい、優勝したいということに拘りを持つのも大切だけれど、頑張った自分の価値を無いものにすることではない。

陸上だけではなく私達の社会生活や仕事に於ける成果なども同じことだと思います。

また、今は、アスリートの指導というのは、技術はもちろんですが、メンタルの部分にはとても力をいれているのはご存知の通り、色々な分野の例えば将棋の世界の羽生氏であったり、脳科学の研究者の博士方だったりするそうです。

「あきらめない」という「心の強さ」を生みだすこと。そしたら、「必ず夢は叶う」
沢山の励ましと教えを頂きました。

                             by/R.M

 

先日、祖父の四十九日の法要がありました。

お経が終わると、ご住職が説教を説いてくださいました。

生き方について・・・

“病める貝のみ真珠を生むに足る”
 

美しい真珠は、どのようにできるかご存知ですか?
まずアコヤ貝に異物が入ります。
異物が入ってきた貝は、苦しくて苦しくてたまらない。
貝にとっては病なのです。
嫌でも、それを除去できない・・・。
だから頑張って体内の液をしぼり出して異物を膜で包もうとする。
その膜が何層にもなって、真珠になります。
つまり、貝が苦しまないと、美しい真珠は出来ないそうです。

人生に於いても、いろいろな障害や、自分自身の能力などの問題があって
挫折してしまうことが多い。しかし、これらの障害などに負けないで
努力を続けることで、大きな成果が得られ、また自分自身も大きく成長するということです。

ご住職は一日、一日、何気なく過ぎることがないよう、
今日の自分はどうだったかを、自分に反って記しておられるそうです。

自分の人生を終えるまで・・・
苦しい問題や壁を乗り越えてこそ、幸せを感じたり、成果をあげることができる。というお話でした。

私たちの生きているとは、真珠の如く輝くために、日々の試練があると思いました。この試練を大切に受け止め乗り越えると綺麗な真珠のような私たちになれるのだと信じます。


素晴らしいお話に感銘を受けました。

                           by/R.M 

今回の講演会に参加させていただいて、今の私では、理解する力が足りないと思うこともありましたが、たくさん心に残るところがありました。

中国が急成長している話、日本が戦後40年で世界一の“金持ち国”になったという話では、自分が今与えていただいている環境や、何不自由なく生活できることへの感謝の気持ち『これが当たり前ではない』ということに、改めて気付きました。

例えば、私は支店の方でアシスタントをさせて頂いていますが、もう一人アシスタントがいて、極限の状況を経験した方、強い一念を持っている方だったら、仕事でも到底及ばないと思います。
仕事に対する意識でもまだまだ足りないところがあるので、本当にいい仕事をする!という意識を、自分で確認しながら継続したいと思います。

今、自分が仕事をさせて頂いている中で、自分に自信がなかったり、新たなことをするのを恐れたり、落ち込んでしまったりすることもありますが、松下幸之助翁が『自分のしたことの実に8割は失敗だった』と言われるのは、一生懸命考えられ、より良く・・・ということを追求されたからこそ言えるのだろうな、と思います。悩むことは多いに結構だけども、迷ってはいけない ということを聞いて、普段自分が芯から外れて、迷ってしまっていることがあるな・・・と思いました。

『尊い仕事』をさせていただいている。ということに自信を持って、今の自分の100%を出し切れていないからマイナスに捉えたり、止まってしまったりしているのだと思います。まだまだ自分のことしか考えられていない部分があるので、挑戦して成功した先にある、お客様が更に喜んでくださること、失敗してもそれを糧にすることを意識しようと思います。

木野先生が言われていたように、良いお話を聞かせていただいても、車でいう、Dの状態でアクセルを踏まなければ、Rでアクセルを踏んでも後退するだけだということを本当にそうだな、と思いました。せっかくのきっかけやチャンスを与えて頂いても、凧の例話でもあったように、自分で行動を起こさなければ何も変わらないのだということを、改めて実感しました。心に一念を持つ、決心をする、Dの状態にする。全ては自分の心のあり方次第なのだと思いました。木野先生の笑顔が本当に素敵だったことも、とても印象的でした。

ディスカッションでは、1時間の講演を聞かせていただいて、たくさん感じることや学ばせて頂くことがあったのに、やっぱり表現力に欠けて、思うように発表できない場面があったので、仕事でも同じ課題だな、と思います。今岡さん、カイハツさん、毎床さん、藤原さんのご意見をお伺いして、やっぱり気付きのレベルが数段違われるな・・・と、とても勉強になりました。初めてお出会いした方とあんな場面でお話をできることが、とても刺激的で楽しかったです。

貴重なお時間を与えていただき、ありがとうございました。
 

イチローの人生信條

致知1月号の中に 料理評論家の山本益博さんの記事がありました。

山本さんは、ファンともスポーツジャーナリストとも異なる視点でイチロー選手を

9年間見続けてこられ、そこから垣間見るイチロー選手の人生信條について語られていました。

見続けたきっかけは、NHKがイチロー選手のオールスターに選ばれて、その活躍ぶり(前半戦)を振り返る特別番組を放送していたそうです。

「番組中、本人のインタビューもあって、興味深くみていたが、すべての質問が終わり、「ありがとうございました。」と部屋を出て行きかけたその時、くるりと振り返って彼は、こう言ったのだそうだ。

"やっていることには、すべて意味があるので、よく見て下さい。"

 

そして、ずっと見続けてこられたそうです。

その活躍ぶりをみて、改めて「イチロー選手は職人である」という思いを強くした…とありました。

職人仕事とは、昨日よりも今日も明日も同じ仕事をしながら、同じ仕事をしてはいけない人。

完璧主義の職人は、「百点満点」など、この世には存在しないと重々分りながらも、その百点満点に一歩でも近づくために日々精進を重ねていく、これまで様々な職人仕事を見てきたが、いま野球界で職人と言える人物はイチロー選手の右に出るものはいない。

イチロー選手は「普段の自分でいることが僕の支え」という。
ヒットを量産するから好調、
何打席もヒットが出ないから不調というのでは、
自分のバッティングはできないのだという。

それはあくまでも他人の評価であって、
たとえ2、3試合ノーヒットで終わっても、
バッティングの「感覚」さえ残っていれば
心配することはない、と言い切っている。

よくないのは、何打席もヒットが出ないことを
次の打席にまで持ち込むこと。
そのために、いつも平静、冷静でいられる
「普段の自分」を保っておかなければならないのだと。

9年間イチロー選手の動きを逐一見て、
まず感嘆するのは、すべての所作が
計ったように同じであることだ。

例えば、試合開始で守備につく時、
ベンチから飛び出してきた彼は
必ず19歩から20歩目にファールラインの白線を越える。
そして自分の守備位置のライト方向へ走るが、
いつも40歩目で走りを緩め、15歩くらい歩いて定位置につく。

打撃でも、バッターボックスに入って
構えるまでの一連のセレモニーはあまりにも有名である。

スポーツライターであり、かつて新体操で
オリンピックに出場した山崎浩子さんは、
新聞のコラムに興味深いことを書いていた。


「実は私も現役時代、出番が近づいて
 トレーニングウェアーからレオタードになる時には、
 下のウェアーの右足から脱ぐというふうに、
 脱ぎ方からたたみ方からいつも一緒だった。

またフロアーに入る時も決まって右足から。
これはジンクスの類ではなく、いつも同じ行動をとることで、
自分なりのリズムを作り出していたのである」


この話からも、オリンピックやメジャーリーグといった
世界最高峰の舞台で一流の選手が鎬(しのぎ)を削る時、
最も大切なのは「いつもの自分である」ということ。
おそらくどの選手も自分なりの約束事があるのだろう。
そしてその手順を踏むことで、
「いつもの自分である」とセルフコントロールしているに違いない。
 

イチロー選手に関していえば、
それはグラウンドを離れてからも徹底している。
密着番組で話題になったが、イチロー選手は
本拠地・シアトルで試合がある時の昼食は、
必ず奥さんがつくった「カレーライス」と決めている。
他の球場で試合がある時は「チーズピザ」だそうだ。

これは何もイチロー選手が
ただカレーやピザを好きだからではない
(もちろん好きな食べ物ではあると思うが)。

曰く
「試合中に何か異変を感じた時、
 食事を言い訳にしたくないから」。
 
そこまで自己管理を徹底しているのだ。

普通の人間ならそんなに毎日同じものを食べていたら
飽きがこようものだが、それ以上に
「ヒットを打ちたい」という思いが強いのだろう。
とにかく心身ともに「普段の自分」で
いることがイチロー選手の信條なのである。

 

☆☆

この記事を読んでつくづく思うことは、超一流を極めている方々の心は、いつも戦っていて

常にどういう場合も超一流であれるということなのだろうな~と感じます。

イチロー選手はテレビでしか見たことのない方ですが、新体操の山崎さんは、同じ高校で、私は大分、後輩でしたが、山崎さんの新体操の練習とかは、よく見に行きました。やはり、どんな時も鍛えておられ、高校時代は、他にスターがいらしたので、あまり目立つ事はなかった方でしたが、(あの時代は新体操はとても華やかに見え、私の通っていた高校は超有名な新体操部だったのです。)あきらめずに、大学に行かれてもずっと、あの過酷な練習を毎日、鍛練し続けた結果がオリンピックという ★ のは、山崎さんただ1人でしたので、心から素晴らしいと思っていました。スポーツの世界は、本当に厳しいと思います。

私たちが、今、働いている会社での仕事も、その危機感との戦いを感じ、そして、努力を重ねて、常に「普通」でいられる事の中に生きていけなければ勝ち残れないと思います。

木野親之先生もおっしゃっていたように、いつでも、日本一の仕事をしていたら、常に必要とされる人であり、会社であるという言葉を思い出しました。

どんなことも、自分で決して、言い訳など作らない自分づくりをしていきたいと強く思います。 

ある店員さんのはなし

さくら.jpg                                

 

中学生の娘がよく行くブティックの店員さんのこと。              

ある日のこと「おかあさん、イオン行こう! 

めっちゃ楽しいおねえちゃんいるんやぁ。楽しいから‥」と、なかなか、

私の仕事の都合と娘の部活の都合で、なかなか時間が合わず、買い物とかも

あまり行かないため、何かほしい服があるんだろうなぁ‥‥程度での気持ち

で、でも、まぁ、こんな誘い方をして来るから、時間を作らなければ‥‥と

の思いで、一緒に行きました。

 

 

 

そしたら、本当に楽しいお姉さんでした。そして、いっぱい娘は服を買って 

もらえました  きっと、娘の作戦通りでしょう

 

中学生の娘が感じることができた、「きっと、このお姉ちゃんだったら、お

母さんに気持ち良く自分が欲しい服を買ってもらえるようにしてくれるだろ

う‥‥」と、思えたのだろうなぁ‥‥

 

と、本当にとても、接客の上手な店員さんで、第一印象の満面の笑顔と、や

はり中学生・高校生を対象としているだけあり、親切・丁寧

そして、テンションの高さ‥と商品の知識‥と説明。そして、何よりも、

ゴイと感じたのは、提案力 

お客さんへの希望や夢やワクワク感をもたせる会話力。

どれもこれも、見習うことばかりでした。

子供が気に入っても、親が代金を支払うわけですから、親に対しての安心感

とか‥。

 

 

思わず、「失礼ですが、何歳で何年間お勤めされていらっしゃるんですか~?」とお尋ねしてしまいました。

そしたら、その受け応えも、謙虚で明るく、「まだ2年なんです。24歳な

んですが、まだまだできていない事があって、失礼な事が

あったら、申し訳ありません。」と‥‥

 

いやいや、まだ24歳であの接客対応ができるなんて‥‥素晴らしすぎる。

お客さんの年齢層が低いとうことは、必ずバックに大人がいて‥どちらに

も、気に入ってもらわなければいけないので、大変だと思います。

ましてや、ただ、お客さんが、「欲しい」とレジに持って来た商品を会計す

るだけなら、誰にでもできるでしょうが、服を探索して歩いているお客さん

に、さりげなく声を掛け、1つの要望から沢山の会話をしてイメージを膨ら

ませてあげ、あれもほしい、これもほしい。と思わせる接客だったり、その

一緒についてくる大人の人に対しては、最近の若い子の流行の傾向性などの

話しや、一番大事な、コストパフォーマンスをうまいタイミングで話して、

クロージングしていくという、私達が日々、営業活動をする上で悩んで勉

強している事を見事にやってのけていた、この店員さんは、本当に「スゴ

イ」「ブラボー」でした。

ウチの会社に来て欲しいわぁ~と思いました。しかし、この店員さんは、き

っとどこでも、どの商品でも業界が変わっても、売れる営業マンになれる人

なんだろうなぁ‥‥と思いました。

 

見習わなければ!!!!

そして、ただ、この店員さんだけではなく、ここまで、インパクトは強くな

いにしても、他の店員の皆さんが全員、素晴らしい笑顔での接客だったの

で、私は、ここの会社に興味を持ちました。きっと、会社の本体の幹の部分

がしっかりと、人材教育されていらっしゃるんだろうなぁと‥‥。

そして、ホームページで検索して、調べました。

やはり、経営理念が素晴らしい。と思いました。
                                              

自己実現と自己犠牲

CSPには「自分のやりたい事をやろう」という人が集まってきています

この会社を設立した社長の自己実現の場、社員の自己実現の場、それが

CSPという組織です。 自分のやりたい事や夢はクリアに持っていて、そ

れに向かって努力する。その一方で、周りの人達が自分に期待している

ものがあるなら、精一杯それに応えようと思います。 周りのために進

んで自己犠牲をはらう事ができ、それを喜びとしながらも、自分の夢は

意志強固に持ち続け機が熟すのを待つ事ができる。そして最終的には、

自己実現を通して社会貢献していく。 それがCSPの基本的な精神です。

理想論と思われるかもしれません。しかし、私達は理想を追求するため

に、この会社を運営しています。 社会的存在価値のある楽しい日々を

送り、最後には自分の人生においても勝利をおさめたいと思っていま

す。

 

自分のやりたい事や夢をクリアに持ち努力する。

そして、自分に期待してくれている人たちがいるから、精一杯それに

応える。そういう姿勢って、本当にとっても、大事だと思います。

そして、世の中には、沢山の素晴らしい方が働いていらっしゃるので、

どんな場所でも、どんな時でも、学びの機会があるという事を忘れない

で欲しいです。

                                      

【出会い】

光00679.jpg最近、つくづく感じ想うこと‥‥‥

 

出会いというのは、不思議なもので・・・。

人と人との出会いというのも、よく考えるととても不思議です。

 

 

どうしてこの人と出会ったんだろう?

どうしてこの人を好きになったんだろう?

あるいは嫌いなんだろう?

 

 

 

偶然のようでありながら、よーく考えてみると、実は出会うべき必然があっ

て出会っているんではないかって思われますね。

そこには学ぶべき、感じるべき、惹かれあう、何かがあるんでしょう。

 

 

少なくとも、そこで、ある人間関係が形成されていれば、そこに惹かれるの

は、そこに惹かれるべき何かがあるんでしょうね。出会うべくして出会った

運命?

 

 

 

最近になって、ようやく人生は何があっても、それは学びなんだ、って思う

ことが良くあります。

こうなるようになってるのかもなぁ~なんて・・・。

それに振り回されて、病んでる(?)時期もありましたが、少し心の成長と

信じる心が発達したのか

何があってもそれなりに楽しめるようになってきました。そういうもんなん

だと思えるように。

すべて、内なる心との戦いなんだわって。(とはいうものの、まだまだです

が・・・日々精進。)

 

 

これが良い、これが悪い。この人が好き、この人が嫌い。

全部、自分の心が決めてるんですもんね。

 

 

大好きなアイリーンさんの言葉

「人のことを考え、人の気持ちを感じることを学び、自分がされたいよ

うに人にもする事を学びなさい。

人の人生の中、心の中にはいり、そこに愛と思いやりを注ぎ込んで、批

判や審判、それに非難などはすべて去ることを学ぶのです。愛は、あら

ゆる反感や憎しみを美しいものへと変容させてしまう力を持ち思いやり

は、ずっと閉ざされてきて、反応のない冷たいままの心を開くことが出

来るのを知りなさい。

『悪に抗うのではなく、善で克服せよ』という言葉を生きる中で実践するの

です。」

 

 

悪に悪で対抗しても、悪+悪= しか生まれないだな。

悪+愛=愛    愛の勝ち! みたいな感じでしょうか・・・


 

ここからは、わたしの好きなHPのワタナベさんのブログより~

聖書の言葉には、

「汝の隣人を汝のごとく愛しなさい」

と言う言葉があり、周りの人々を愛することは、人生の中で、本当に大

切だと思っていましたし、それは、自分を労わることよりも優先すべき

ことだと思い込んでいました。

 

自分を客観的に見てみたときに一つ発見がありました。

「自分に厳しい人は、人にも厳しい」と。

私は、人に優しくしてきたつもりでしたし、人の心の痛みを汲み取って

あげることをとても大事にしてきたものの、自分が不幸で、自分を大事

にできていないときは、他の人にも厳しかったような気がします。

 

表向きは、優しく接しているつもりでも、今思えば、影でその人の行動

を裁いていたことも多々ありました。「普通は、こうじゃない?」と、

自分基準の「普通」を持ち出して、あたかもそれが、マナーのような、

ルールのような、自分が何者かにでもなったかのように、相手を裁いて

いた時期があったかもしれません。

 

 

とりあえず、周りからは「○○さんは、優しい」とは言われてはいたも

の、本当に意味では全然優しくなかったのです。今思えば、ニュート

ラルでなくて、偏った見方をしていたなー、と恥ずかしいです。

 

心の余裕がもてたとき、時間の余裕が持てたとき、そして、ほんのちょ

っとお金の余裕が持てたときそれを自分を労わるために、自分の癒し

のために、自分を喜ばせるために、それらを用いたときに、本当の意味

で人にも優しくできるのだな・・・と最近特に実感しております。

 

先ほどの聖書の言葉をもう一度よく読んでみると、「汝の隣人を汝のご

とく愛しなさい」

汝のごとく、つまり、自分自身のように他人を愛するわけですから、ま

ず、自分自身の愛し方を知らなければ、隣人をも愛することはできな

い、という意味です。

たまーに、このような相談をされることがあります。

「私は、人に優しくできない。どうしたらいいか」と。

大抵の場合は、そのような人はやはり自分にもかなり厳しいことが多い

ようです。

自分ができていることよりも、できないことに注目して、

「どうしてできないんだ」とか「自分はまだまだ・・・」とどうしても

自分を褒めてあげられない。

 

もちろん、それは見方を変えれば、その人は向上心があるんですが、そ

のような形で向上しようとすると、成長に時間がかかることがありま

す。

ほら、人間は「褒められたほうが伸びる」から。

何もこれは子供だけに限ったことじゃないんですよね。

 

誰だって褒められたらうれしい。

うれしいと頑張れる。

叱られると悲しい。

悲しいとやる気がでないものですもんね。

私も、向上心という名のもとに、自分の成し遂げたことを褒めてあげる

こともせず、いつもできない自分を鞭打ってきました。もう、その時期

は、心身ともにズタズタ・・・きっとそんな人は多いはず。

日本人の気質は、元来真面目で、どうも、苦行を強いてしまうような特

質がどこかに根強く残っているのかも。今まで頑張りすぎてきた皆様、

こんな未熟な私が言うのも、恐縮ですが、どうぞ、本当の意味でご自愛

くださいませ。

まず、自分に優しく、自分を褒めて、自分を喜ばせて、自分を労わって

癒してあげてください。

自分で自分の心と感情を思う存分満たしたとき、自然に周りには優しく

なれてくるものです。

 

自分を大事にするとまず、こんなことがおきます。

○自尊心が持てるようになる。

○幸福感に満たされてくる。

○周りと比べなくなる。

○周りの言動がどうでもよくなる。

○周りの苦しい人がいると、助けたいと思う。

○周りの人が喜んでいると、自分のようにうれしくなる。

上記の点は、マイナスの部分を排除しよう、ってことではなくて、マイ

ナスの部分もしっかり認めて受け止めた上で、かつ、これまで何十年も

がんばってきた自分を認めてあげて、優しくしてあげることは、これか

ら生きていく上で、とても大事なことのような気がします。

 

偉そうなことは言えませんが、これからも「自分に優しく」をモットー

に生きていこうと思います。


_____________________________________________________

素晴らしい!!

そうそう!そうだなぁ~って赤ベコの人形のように、何度もうなずきながら

読ませて頂きました。

汝も隣人も 愛せよ!!

こうして、幸せの○(輪)が広がっていくんでしょうね。

何か問題があっても、つまずいても人や周りのせいにせず、自分の心と対話

して、まず自分の事をしっかり見つめ、認め、愛し、周りの人へ配信。

すべての物事、存在には意味があり、出会うべくして出会い、起こるべきし

て起こる。

それが必要だからなんでしょうね。


「空気を読む」という言葉がありますが、この空気・・・は、場の雰囲気と

いう意味だと思いますが、人と人との間にも、目にはみえない空気のような

ものがあって、その空気をみだすと対人関係が上手くいかないのかなぁと思

います。

決して、気持ちを押し付けてはいけないし、無視してもいけないし。

(ここに関しては思いはたくさんあるが、長くなるので・・・)

縁あって、出会った人と人の間にある空気を、ほんわかした空気で包みたい

ものです。
                              合掌

                          担当 N.E

~吉村思風先生に学ぶ~

薔薇jpg.jpg人生を自分のものとして生きるために 

 人生をより幸せに生きるために、

 哲学という学問はある。

 

 

 

 

今日は、大阪で「感性論哲学者の吉村思風先生」の講演会があり、参加させて頂きました。

 

 

素晴らしいお話で、印象に残ったお話を温かいうちにお伝えしようと思います。

 

 



 

   理性能力を手段として使い、
   命から湧きあがる感性の真実を原理にして生きる。



 

   理念・理想を語る前に物事の本質を追求し学ぶ‥‥それが、哲学

   物事の本質を掴む眼力を自分の物にする

   そして、感性を養う。

   

 

 

 

   今のこの不況を乗り越えるためには、感性を養い、敏感にならなけれ

   ばいけない。

なぜなら、  何かの問題を感じるのは、  『感性』なのです。

   些細な変化を感じ取れる“敏感" さが必要。

   問題の対応が出来なくなってしまってから気付いても遅いわけです。

 

   何事も問題が起こる前に何らかの予兆が必ずある。その変化に対応す

   る生き方、感性を磨かなければいけない。

 

   問題が起こり、それを解決していくのが、『理性』というわけです。

 

  『理性』も大事で、高度な理性を使いこなす人間にならなければいけな

   い。

   

 

  人間は、唯一、生き物の中で『文化』をつくる生き物。

 

  『文化』とは、自然に人間が手を加えて自然を自然のまま放っておくの

  ではなく努力して人間が成長したものが『文化』

 

例えば、茶道   美味しくお茶を飲むことに人間性を加えて、(礼儀作法      

           など)出来たものが、茶道という文化

      華道   同様、より美しく、花を活け、部屋の空間作りに人間性

           を成長させ、人間が成長した文化のひとつ。

    柔道   身体を鍛え人間性を鍛えたもの。勝っても負けても相手

         に敬意を払って戦うという武道のひとつ。 
        

         戦いに感謝し、立ち去る美学を持って、戦いを通して自  

         分を磨く

  この様なものが 『文化』 という。

  手を加えて人間が生き抜く、人間を成長させることが文化なのです。

  

   『文化』それは、全部、『愛』をもって、行われたことなのです。

   

 

 

 

 生き抜く力  は、愛 (情緒・感情・本能・情熱) を育むことにより養

        える。

 

 『愛』は自然発祥的なものでなく、ひとつの能力と認識しなければいけ

  ないと思う。

  愛を能力として、育んで行かなければ苦難を乗り越えてはいけない。

  そしてまた『愛』というものは、『命』をもってしか生まれない。
       『愛』は命を育む。『愛』は命を満たすものです

 

  『命』を本当に満たす愛は大いなる力となり、理屈に勝る。そういうこ

  とある。
  

  理屈に勝る問題解決は愛しかない。

  解りやすい話で言うと、凄いクレームがあって、謝罪しても、謝罪して

  も分かり合えない‥手土産をもって誠意をと考えても、解ってもらえな

  い。謝罪の内容でも、説明をいくらしても、そういう問題ではない。

  本当に心から心からの愛を持っての謝罪なら、解ってもらえる。

  お金の問題ではない。何かの物の問題でもない。その気持ちの持ち方が

  相手にどう反映するかなのであろうと思う。

 

 

『愛』の本質‥‥  どのように育むか。

  『愛』とは、人間と人間を結びつけるもの。

  『愛』は人間関係をつくる力。

  人間関係は、社会。

  社会の中には、様々な考え方、立場、宗教、文化がある。

  その中で私達は生きる。

  こういう事を考えることが 『哲学』

  この方程式でいくと    社会性がない  =  人間性がない
            

    自分の合わない人(違う考え方の人)と仲良く出来ないというのは、

    社会性がなく、至るに人間性がないからとも言える。

 

    社会性とは、共に仲良く生きることである。

 

   人間として生まれた以上、社会性はもっている。

 

    しかし、人間は、人間手によって育てられないと、人間にならない。

 

   生まれてからの教育がいかに大切か。前にもブログで思風先生のお話

   を書かせてもらった時に、オオカミ少女の話を書きましたが、

   人間がオオカミに育てられたら、オオカミの能力が養われるというこ

    と。

 

    猫が人間に育てられても人間にはならない。だから人間がもともと、社

   会性を本能的にもった証拠として教育というものが、大切なのでしょ

   う。

 

 

 

 

  

    社会性そして、人間関係を養う為には、調和というものが大切。

 

  愛するということは、長所と短所が必ずあるという事を認めること。

  何に於いても、陽・陰 半々。

 

  

  宇宙はエネルギーバランス
  

  宇宙はプラスのエネルギーとマイナスのエネルギーがお互いに
  

  バランスを模索しながら形成されている。
 

  善と悪・美と醜・真と偽・表と裏・前と後ろ・光と影・・・

  すべてが対の構造になっている。

  真理はひとつという科学的な考え方・理論では現実に対応すること

  ができません。

  自信を持って、人間であることに徹する生き方を求めなければならな 

  いのです。

  すべてのものの本質と理念、つまり真実が変化であるならば、人間の

  本質は 理性ではなく感性です。
  

    人類は早く理性の奴隷から脱却しなければなりません。

  自分と同じ考え方の人間しか愛せないのは、理性の奴隷になっている

  から。
  

  自分しか愛せないというと同じこと。

  愛という能力は、命が他者を愛するために作ったものです。

  自分しか愛せないのは偽物の愛です。愛の堕落です
 

  だから、長所と付き合えば良い。短所はその存在を許す。これが、愛  

  の原則。

  「愛するって赦すことなのよ」 と、よく聞くセリフですが、

 

    長所を愛し、短所を愛してこそ、愛の力を養うことになる。

  そして、愛の文化が生まれる。

  

 

 

   でも、どうしたら、一体、短所を愛せるか‥‥

  短所とは、何なのか‥  短所は無くならない。 

  だから、短所を責めない。

  理性での教育では、短所を無くそう!という教育でゆがめた人間形成

  となり、ひねくれ、卑屈になるが、感性哲学的には、

  短所は無くならないので、短所を無くすエネルギーではなく、

   長所(素晴らしい能力)をさらに伸ばしてしき、存在価値のある、人の役

   に立つ、他人から一目置かれるようなそういう能力にまでするというエ

   ネルギーに使うと良い。

   ○長所をとことん伸ばして能力に作り上げる事が幸せ
 

   ○人間には、それぞれ天分がある。

  顔がその証明。顔は1人ひとり違う。顔は能力の顕れ。

  昔から、人相という易があるが、顔を決定するのは、遺伝子である。

  遺伝子とは、能力が物質化したもの。

   顔が違うと言うことは、個々の能力の証明。

  『顔』を生きる。とは、この顔がこの顔に生まれた理由。天分をもら

     った証明。

 


  では、自分の天分とは何だろう。

 

  天分とは、先天的な能力、肉体的能力、感性的能力

 

  

 

 

 

   まず、天分を知るための5つ。

 

     ① やってみたら、好きになるかどうか。 見ているだけでや、頭

         で 考えての好きはダメ。肉体を使って実際やってみて、好きかど 

     うかを動かして、始めて目覚めるものである。意識だけでは目覚

         めない。

      ② 実際やってみて、興味、関心が沸いてくるか。

     ③ それが得手か得意であるか。

     ④ 他人と比べて秀でているか。何度やっても、勝つとか‥。

     ⑤ それに真剣に取り組んだとき問題意識や改善意識が沸いてくる

         か。

 

   そうやって天分をみつけ天分のツボにはまる人生を作っていかな   

   ければならない。

  天分は、平等にある。それに気付いているか、気付こうとしているか‥ 

  この5つの方法で探していくことを、常にやっていくと、その能力が必

    ず見つけることができる。それは、80歳90歳になってでも、いつか

    らでも見つかる。 

  ただ、いち早くその長所を伸ばす事に努力をしていくと、誰しもが持っ

  ている短所の部分が 嫌がられる短所ではなく、その人の『味』にかわ

  る。 (角熟)

  その上で、短所をなくすことはない。

  他人の短所を見つけたら、助けてあげなくっちゃ‥と思ったらいい。そ

  のために自分の長所がある。短所に愛情を持つことで、人間らしい人

  間になる。短所があってこそ、人間。

  人が短所を持っていることで、自分の長所が輝ける。

  短所と言うのは、嫌われるからあまり出ないように、助ける。

  本当は、自分で短所をさらけ出して、助けを求めたらいい。人に助けて

  もらって、人間。

  人に助けてもらえる力をつける。短所をさらけ出す勇気をもつ。

  ただ、短所だけさらけだしても、馬鹿にされるので、そのまえに、一目

  置かれる自分の長所をちゃんと、出せるようにしておかなければいけ

  ない。


   人間性の短所・性格の短所

   マイナス面というのは、出ないようには、できるが、無くすことはでき

    ない

  性格というのは、遺伝だったり、意識していないところの体験・経験で

  命に積み重なられたものなので、変わらない。

  しかし、人間性は成長するものである。だから、人格を磨く努力をした

  らいい。

  

 

 

  人間は 『格』がまず2つある。

  性格・人格 人格は、おぎゃあ~と生まれてから後に作られるものであ 

  る。

  人間性の成長は、人格を磨くこと、人間性の短所は、人間性の長所

  を伸ばすことで短所を目立たなくすることができる。

  そして、人間性を高め、深め、大きな人間となり、品格をあげてい

  かなければならない。

  だから、愛とは、短所を赦し補い、長所と関わる力。
 

  人間関係での愛とは、他者と共に生きる力。

  愛の実力を成長させる事が努力の目標になる。

  自分と違う価値観、考え方、自分に無いものを持っている人と関わ

  ることで学べる。

  愛をもって相手から学ぶ愛。

  考え方や違う感覚の人と関わって、学び成長できる。それを受け入

  れことが愛。

   

   感性を豊かに敏感に持った人格を養い努力し生き残れる会社にしまし

   ょう。
 

 

 

     

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の上司

  

むらさき.jpg先日のブログに書かれた『新春全国経営者セミナー』の中での『ありがと

う卓越経営大賞』の受賞をされたのは、我社の女性取締役であり、私の尊敬

する上司です。

この賞は、1月25日のブログにあるとおり、会社の経営者の方々が

普段から会社へ貢献されている優秀な社員の方に対して、その感謝の気持ち

を込めて、貢献された仕事への姿勢や、それにまつわるエピソードなどを作

文にされ、全国何千人の中から、たった13人が選ばれるという内容のものな

のですが、前回のブログで本人が、「他の受賞者の方に比べて自分はまだま

だで、もっとがんばらないと恥ずかしい」というような内容がありました

が、とんでもない!

 

私が今まで生きた中で、こんなに謙虚で、人の為に時間を費やせる方はい

ないです!

その仕事振りを毎日見ている私は、それを見て、

この方が『まだまだ』と言われるんであれば私は『全然』だな・・・

と反省しました。

そしてこの上司がどんな生き方をされているのかを伝えたいと思いました。


社長が書かれた作文というのは、その会社に貢献されている中でのご苦労さ

れている話や、日々努力されている事、が書かれていて本当に感謝されてい

る気持ちが伝わるものでした。

 

そのなかで、その上司を一言でどんな人か?と表現する文面がありました。

それは、『太陽のようなお母さん』『厳しい学校の先生』というフレーズで

した。

まさにその通り!

本当にぴったりの言葉なんです。

『太陽のようなお母さん』

睡眠時間がたった一時間のときでも、いつも笑顔で自分の事より私たち社員

の心配され、誰かが落ち込んでる様子を誰よりも早く気付き(超能力者!?

と思うほどです!)、

帰り際でも、さりげなく追いかけて声を掛けてくださいます。

そして、次の日には笑顔で出社できるように元気を下さるんです。


『厳しい学校の先生』

自分たちが気付かないうちに「一人の力でがんばった」などと勘違いした

り、感謝の気持ちを忘れ、自分を見失いそうになっている時などは、

自分の保身など考えずに、上司として、又、一人の人として

愛情ある厳しい言葉でしかってくださいます。

それも、自分たちが気付くまで根気よく・・・


何人もの社員がこの上司に救われ、今、イキイキと

仕事が楽しい!と思えるまでに育てていただきました。

今思うと、「辞めよう」と思い、悩んだときも、

反発して、えらそうな態度をとったときも、

失敗して落ち込んだときも、

いつも見放さずに支えてくださいました。

 

いつもいつも私たちのことを心から思ってくださり、

いつもいつもご迷惑をお掛けして、

いつもいつも叱っていただいて、

本当に本当にありがとうございます。


あなたは、私たち社員の誇りです。


 

 

ちなみに、翌日の社内での表彰式の後日談ですが、

先輩社員からの提案で花束を贈る予定だったんですが

朝一番で渡すはずの花束がトラブルで間に合わなかったんです・・・


が、ちょうど社長が表彰状を読まれている時に

ちょうど良いタイミングで花屋さんから花束が届きました!

ほんとにナイスタイミングでした!

そのサプライズに社長も女性取締役も、涙をみせて喜んでくださり、

感動して私も涙が・・・

と思って前を見ると、後輩がすでに泣いていました。

 

本当にこの会社に出会えたこと

良い上司に恵まれたことに感謝です!

そして、私のテーマであり、今年の会社のテーマのひとつでもある

『想いを形にする』こと。

そして『実行』すること。

次は、私達がその上司のように会社に貢献し、人としても成長し、

このような受賞をいただけるようにならなければ、と思います。

社員の皆さん、一緒に頑張りましょう!!    

                       担当 M.F

 

昨日、京都のヒューマンフォーラムビルにて,『秋山 利輝』さん講演会が行われ、お話を聞かせて頂きました。

 

一言で感想を申し上げますと、     「楽しかった~」 

最初から最後まで、楽しくお話をして下さり、気付いたら当初1時間半の予定の講演時間が、2時間半。

しかし、そんなに時間が経過しているともわからず、まだまだお話を聞かせて頂きたかったです。

 

 

秋山利輝さんという方は、1971年に神奈川県で手作り家具メーカーを設立さ

れ77年からは、社員研修制度を設け、家具職人の養成を始められ、これまで

技能五輪全国大会「家具」競技で研修生が金メダル・銀メダル、銅メダル、

敢闘賞などを受賞されています。研修生の指導や家具職人に情熱を注ぐ秋山

さんの姿は、テレビや雑誌などで、度々紹介されています。

今回も、TBSの取材が同時に行われていました。2/8(日)18:30放送

 

 

秋山木工では独特の研修制度があり入社後4年間は丁稚(でっち)と呼ばれる

修行期間がありその間は、挨拶や礼儀作法、親孝行など人間的に大事な事を

教わり、その後4年間は職人と呼ばれ、家具作りの真髄を叩き込まれるそう

です!

秋山利輝さんは家具作りの名人であり、人づくりの名人

とも呼ばれておられます!

 

技術は“こころ"とともに磨かれる。

とあるように、一流の職人を「一流プレーヤー」と秋山さんはおっしゃ

います。

「できる職人」ではなく「できた職人」の養成が目的。

仕事ができる職人は、どんな分野でも世の中にたくさんいます。それは、「できる職

人」のことで、プロだから当り前、そう威張ることではないんです。

「できた職人」が、一流なんです。

できた職人は、自慢はするけれど、威張らない。

お客さんの注文には何でも応じられ、その品物の良さをちゃんと説明できる、これ

が、自慢することです。

できた職人とは、人間が磨かれているということです。

と、オールラウンドプレイヤーになってほしいとおっしゃっていました。

 

この8年間の研修期間には、先輩からの学びを素直に聞き、また後輩が正確にき

っちりと教えていく。人としてというところからの修行をされているそうです。

その研修期間の中で、心得が28項目あり、毎日全員で唱和されているそうです。

内容は、本当にごく当り前のことなのです。

例えば、1.あいさつの出来た人から現場に行かせてもらえます。

   2.連絡・報告・相談の出来る人から現場に行かせてもらえます。

   3.明るい人から現場に行かせてもらえます。

   4.周りをイライラさせない人から現場に行かせてもらえます。

   5.人の言う事を正確に聞ける人から現場に行かせてもらえます。

    中略

   14.前向きに事を考えられる人から現場に行かせてもらえます。

   15.感謝の出来る人から現場に行かせてもらえます。

   16.身だしなみの出来ている人から現場に行かせてもらえます。

    中略

   26.お金を大事に使える人から現場に行かせてもらえます。

   27.そろばんの出来る人から現場に行かせてもらえます。

   28.レポートがわかりやすく出来る人から現場に行かせてもらえま

    す。

 

 

   社会人として、きっちりと人としての生き方を簡単な言い方で、       

   一つずつ書いてあります。

   ひとつひとつを、感じてみると本当に納得できて、自分の事に会

   社の事に置き換えてみたとき、

   こういう、当り前であろうという、この大切な一つ一つがなかな 

   か、見過ごされたり、まっいいか!と、

   あきらめに繋がって行ったりとしているような気がします。

  そういう人として大切な生き方、行動を出来るようになって、初め

  て現場へ行かせて頂けるという謙虚な気持ちと感謝の気持ちで家具

  を作って行かれるのだろうなぁと思いました。

  

  私たちの会社でも、お客様に接するプロとして、まずは、人とし

  て、周りの空気をよんで、自分勝手な行動ではなく、きっちりと生き

   て、プロの一流の「できた営業マン」を目指しましょう。

 

   そして、普通の職人と一流の職人の違いとは、

   人の面倒を見れるか。

   人を感動させられるか。

   

【Thanks】

黄色の花.jpgもうひとつ、私の大好きな後輩と三歳の女の子よりのプレゼントの紹介を‥‥

 

絵本「松原 里恵作」になっているのですが、とっても、とっても素敵な

『詩』でした。

  

 

        今の私は、
    
       たくさんんのひとやものに 
  
       ささえられている。

       その中のひとつが あなた

                                          もし、それが
                         
                                                  なくなるなんてことがあると
       
                                                  どうなっちやうの ?
 

 
          あなたと私、
   
        別々のことを思いながら
  
        毎日過ごしているけれど、

      

        宇宙における、月と地球みたいに
  
        磁力でひき合っていて、
             (でも、くっつかない)

 
       

         無意識のうちに あなたに影響を受けていたりする。


          あなたは、しょぼくれている私に  優しくしてくれたり

       

                    迷ってるときに  さりげなくヒントをくれたり                  ありがとう

 
       

 

          かたくなな私や、
                                 
           でも、あなたも少しお天気屋さん   
           気まぐれな私に付き合ってくれたり、 
           


            あと一歩が踏み出せないときに
                                                          ありがとう
            勇気をくれたり

           くじけそうになっているときには
                                                          ありがとう
           励ましてくれたり、

           寂しいときに
                                                         ありがとう
          そっと近くにいてくれたり、

          楽しいときには
                                                   
ありがとう
          いっしょに笑ってくれたりする。

    

   

        でも、そんないっぱいの  

       ありがとうより なによりも、

   

 

       なによりも

 

 

 


         ただ、あなたがいてくれることに

                  『ありがとう』

 

 

  

  言葉にあらわせない、何とも言えない、温かい優しい気持ちになりました。

 

 こういう ただ いてくれるだけで、ありがとう‥‥  すごっくわかります。

 

 こんな温かい気持ちで、日々を過ごしたい。

 

 そして、この絵本を選んでくれたこと感謝してます‥‥‥

 

 すべての事に‥‥    感謝  です。

『夢かな手帳』

 

 

 

 

赤い花パート.jpg

 長年の親友より 『夢かな手帳』を 誕生日のプレゼントで頂きました。

それと、その手帳の使い方としての『夢をかなえる人の手帳術』も一緒に送ってくれました。

 

彼女は、いつも、私の夢を聞いてくれます。そして心の底から応援してくれます。

だから、きっと、この手帳なんだと思いました。

「この手帳を1年間、きっちりと使いこなしたら夢がかなうから!」 と言われました。

どんな事がこの手帳に‥‥潜んでいるのだろう‥‥と 興味深々で 開きました。

 

『夢かな手帳2009』のテーマは、 『好き』! !

     メインコンセプトは、「人を好きになる、自分を好きになる」。

     自分を好きになることで、まず、自分と仲良くなる。
 
     人と繋がることで、現実世界とも仲良くなれる。
 
     つまり自分とも、周りとも、もっと、もっと仲良くなる。

      2009年は、そんなハッピーな1年にしたいのです。    

                                                        と言うような出だしで始まっていました。

 

   毎月の目標みたいな心の持ち方のアドバイスが書かれています。

  
  例えば、 1月  
新・エネルギーの保存の法則

          『好き』を増やすと『嫌い』が減る

          「嫌い」=ネガティブになってしまう。
 
  
嫌な気持ちになったとき、落ち込んだりした時、自分は、ツイてないな と思うとき

  そんな思考がネガティブな回路につながりそうなときは、
 

        『ストップ』     『次に移ろう』 

    

         アメリカの有名な著述者であるウエイン・ダイアーは、そう言って、
  
    きっぱりと、つながりを
断ち切っていたそうです。
  
   
習慣で、つい繋がってしまうネガティブなチューニングとの繋がりをきっぱりと、

   断ち切るのだそうです。
 

   これ以上、 「嫌だ」  「ついていない」  を増やさない。
 
   そして、前向きなほうに、思考を移します。

 
   心は、意識しないと自動操縦。この自動操縦を、人は、習慣と呼びます。

 
   そして、自動操縦に任せていると、いつまでたっても、

   未来の時間は変わりません。

 
   習慣を変えるのは、たやすいことではない。 でも、一度変わった習慣は、

   確実に定着してくれます。

 
   だから、何がなんでも肯定的に考える習慣をつけるのです!!

   

 

   慣れてしまえば、今度はそちらが自動操縦になりますから。

   それには、『人間には、ふたつのことを同時に考えられない』 

   という性質を利用すればいいらしいです。

   『嫌だ』を減らすと考えずに、『スキ!』を 増やすんだと考えます。

 

  物理学と同じように、心理学にも『エネルギーの保存の法則』というものがあります。

  人間のエネルギーは一定。

  ポジティブが増えれば、ネガティブが減る。


  『嫌い』が増えれば『スキ』は減るけど『スキ』を増やせば『嫌い』が減る。

  そして、『スキ』と『嫌い』を同時に考えられない。この性質を利用します。

 

 

 

 

  『好き』を増やすと、3つの良いことが起こります。


 
  ① 気分がよくなる!

     明るい気持ちの時に、暗いことなんて考え続けられないですね

  
  ②「未来は、まだ起こっていない」 ということが、思い出せる。
  
  
   
思考がポジティブでさえあれば次の瞬間に出会った人、カフェで隣になった人。

  
   
雑誌で見た記事、電車で隣になった人がきっかけになって、人生が変わるかも

   しれない。

   

  ネガティブな事を考え続けていれば、ネガティブなことが、アンテナに引っか

  かってきますが、ポジティブなことを考えていれば、良いことが引っかかって

  きます。

 
 
③  ほら‥‥‥実際に、現実が変わっていくでしょう?

   
   
「イヤ」よりも「スキ」を選んだだけなのに、本当に望んだ未来を

   造りはじめることが できるのです
  

                                   ‥‥‥‥素敵ですね!


   
明るい気持ちに満ちた、朗らかなあなた。いろいろ大変なことがあっても、

  「あはは!」 と 笑顔で いられるあなたには まるで、お花に蝶が引き寄せ

  られてくるように、幸福が 寄ってきます。

  だって、人は、しかめっ面 の人よりも、笑顔の人の方が好きですから。

  ホラ、また、ひとつ交流の武器が増えました。


 
「好き」を増やして「嫌い」を減らそう。そして、「好き」でもっともっと人と繋がろう。

 「好き」のエネルギーを増やすと、実際に、現実の時間にハッピーが増えるのです。


 1月も 10日過ぎましたが、小さなチャレンジをしてみようと思います。

 

 こういう、考え方のヒントと、ちょっと、簡単に挑戦してみたい!  と、思えるような 課題を

 手帳にしてあり、自分自身、その課題などに対しての感想などを 書き込んでいく手帳です。

 意識して行動や考えを持つための 手段ですね‥‥

 
 この「夢かな手帳」をプレゼントしてくれた親友とは、30年来の友です。

 とても、ポジティブで、いつも、私に勇気と 優しさをくれます。学生時代から

 叱咤激励・切磋琢磨とでも言いましょうか、いつも、お互い刺激しあいながら

 姫路と仙台という遠く離れていますが、すぐそこにいるように、私を励まして

 応援してくれます。

 会社のホームページの事、将来の事‥‥

 自分の事のように愛情いっぱい考えてくれます。

 こんな関係になるとは、30年前に出会った時は想像もしていなかったけど、

 大切な時間の積み重ねが 「今」という、時をもらい、そして、未来があるんだなぁ

 と思えます。  

 ありがとう‥‥。

 

 

  

人間とは

人間とは
●人間は、不完全な存在です。どんな人でも「長所半分、短所半分」

 光には影・善には悪、表には裏・・・というように、
 どんなことでもふたつの側面があります。
 宇宙は、バランスでなりたっています。
 どんな人にも嫌な所や短所があります。
 他人だけでなく、自分も長所半分・短所半分。。
 長所が突出すれば、短所は人間味・愛嬌になります。
 短所をなくそうとしなくてもいい、長所を徹底的に伸ばすこと。
 自分にも短所・欠点があると認めることで、謙虚になれる。
 他人にも短所・欠点があるのを認めて、許すことが大切なのです。

● 人生は、どの道を選ぶかでは決まりません。
 問題のない道はありません。
 選んだ道からでてくる問題を乗り越え続けられるかで決まります。

 多くの人は、問題がでてくると、
 「選んだ道が間違っていた」と考えてしまいます。
 これは、理性で考えているから。
 人間は、不完全です。
 問題や悩みのない人生はありません。
 決断で大事なのは、選らばなかったもののすべての可能性をすべて
 捨て去ること、断ち切ることにあります。
 そして、その「決断にかける」こと。
 決断からでてくる問題を乗り越える続ける努力を
 するかどうかできまります。

●「?」(問い)があるから、「!」(答え)が出てくる。
  大切なのは「問い」続けること。

 答えを持つことは大切なことです。
 それよりも大切なことは、「問う力」です。
 答えに縛られると、違う答えを排除しようとする。
 対立が生まれる。説得しようとする。
 常に答えを持ちながら、
 「これでいいのか?」と問い続けることが大切。

● 「仕事」は、人に喜んでもらえるような
 「能力と人間性」を作るためにあるのです。

●問題が、起きてくるのは、向上心のバロメーターです。

 動けば動くほど、問題はやってきます。
 乗り越えられないのは、
「今までのやり方では・・・」「今の能力では・・・」ということ。
 問題に気がつくのは、現実への違和感を感じるから。
「何も問題がない」というのは、問題を感じる感性が鈍っているだけ。
 問題があって当然。必ず乗り越えられる!
 10年前の問題で、今も悩んでいますか?

● 短所は、他人の長所を活かし、輝かせる活人力になるんだよ。 

 「たすけてあげる」ことは価値あること。
 「たすけてもらう」ことも同じくらい価値のあることなのです。
  それは、人を輝かせる力・活人力だから。

    ● 「したいことがわからない」ときは、
 今与えられている仕事を真剣に取り組むときです。
 別のところに求めても見つからないよ 

 今、自分に与えられている職業や人間関係は、偶然でなく、
 大宇宙の必然によって自分に与えられたものです。
 自分に与えられている今やっている仕事を放っておいて、
 どこか他にあるのでは・・・と思っているようでは、どんなに探しても
 結局死に得るものとは出会えません。
 今やっていることの意味や価値・すばらしさを感じることが
 できたとき、命は燃えて、輝きはじめるのです。 

                                 芳村 思風さんの言葉より

人は 格を 獲得していく。それには、まず労働して人間性を養い創り人に喜んでもらえる人間になるよう努力する。

労働することで本物の人間になっていく。

そして、人の値打ちにあった 「お金」が入ってくる。

人間の「質」 会社の「質」が向上することで 「お金」が入ってくる。

「労働」を通して、鍛えていこう。

経済の 「壁」にぶつかるごとに人間性を改め人間性を創っていく。

使命 人間性・人格を作り上げていくことを目指す。

なぜ?? 今、日本は、物質的に潤っているが、人間性が豊かでない。品格が落ちている。

精神的な豊かさ 人間の品格を求めて、日々、試練ですね。

《生きるとは》

芳村思風

人間において生きるとは、
ただ単に生き永らえる事ではない。

人間において生きるとは、何のためにこの命を使うか、
この命をどう生かすかということである。

命を生かすとは、何かに命をかけるということである。
だから生きるとは命をかけるということだ。

命の最高のよろこびは、
命をかけても惜しくない程の対象と出会うことにある。

その時こそ、命は最も充実した生のよろこびを味わい、 激しくも美しく燃え上がるのである。

君は何に命をかけるか。
君は何のためなら死ぬことができるか。
この問いに答えることが、生きるということであり、
この問いに答えることが、人生である。

先日、感性論哲学者の芳村思風先生の講演会に行かせて頂きました。
感想は、日本人の素晴らしさ、と許しあう生き方が大事ですべては愛ということだと。 何事においても最後にたどり着くのは愛です。
もともと、経済とは大昔の物々交換から始まって現在の貨幣社会になっている。
金の奴隷にならないようにしていかないと社会が狂ってくる。
経済のあり方には、根底に愛が元々は、あったはず。
愛しているつもり→相手に伝わっていなかったりそれを感じていなければ、身勝手な愛。

~~つもり の労働も身勝手。お客様にも同じ職場で働いている仲間にも喜んでもらわなければ全部、身勝手な愛。相手が幸せだと感じてくれていなかったら幸せだと感じてもらうまでの努力を諦めない。

経済のあり方 → 人に喜んでもらえる仕事。結果を出さないと価値が無い。

そこで、人間力。人間が人間として本物になるため政治力、経済力、教育力、などを身につけなければいけない。

人間として生まれてきて、狼に育てられた狼少女の話は、皆さん知っていらっしゃるかと思いますが、生まれてすぐに狼に育てられたので、推定7歳くらいの時に見つかった時は、骨格が四足の構造になっており、無理に立たせても、ちょうどチンパンジーが立って歩くようにしか立てない。ものを食べるために皿を持たせても、すぐに下に置いてしまい、ペロペロなめる。
そんな食べ方しかできない。言葉は単語をだいたい50前後覚え、発音はできるのだが、何を意味しているか全く理解できなかった。耳で聞いた音をオウム返しに発音しているだけで、意味と結びつけては理解出来ない。単語と単語を結びつけるニューロンの結びつきが全然出来ないから、考えるという事が出来ない。
しかし、オオカミの感性は立派に持っている。 いろいろな状況に対する判断、逃げなければならないか、このままいても安全か、といった感性はすごく発達している。オオカミとして積み重ねた体験や経験からくる知恵、オオカミの知恵はあるのだが、言語を根底にした抽象的思考能力がまったくない。したがって理性もない。人間に戻そうと随分努力したのですが、とうとう理性を獲得できなかった。似たようなことはするが人間には戻れない。人間に戻そうという無理があったのでしょう。16歳頃に死んでしまいました。

この例から見てからも解るように人間の子供に生まれたから理性がある、などと思うのはとんでもない間違いなのです。人間の子供に生まれても、オオカミにさらわれたらオオカミになってしまう。ということは、人間が人間になるのは、そう簡単なことではないということです。人間の子供に生まれ人間の社会の中で成長し、人間の手によって育てられることがなかったら人間は人間にはならない。

ここから、「人間であるとはどう在ることか」という問いが出てきます。
ここから続きは、次回に‥‥