先日、1月の営業会議があり、今年の目標を一人ひとり発表しあいました。
皆さん、会社を永続繁栄していくために、自分の内から、人間力を養っていくことに重きを置かれた目標を掲げていらっしゃいました。
皆さんの前向きな目標を聞かせていただき、このような環境の中で私も一緒に働けることが、とても幸せだと感じ、自分も皆さんに置いていかれないように必死で頑張らないと!!とやる気が湧いてきました。
私は、昨年の失敗から学ばせていただいた、「自己管理をしながら、足元をしっかり固め、一から信用を積み重ねていくこと」を目標の一つに掲げました。
今年は、昨年と同じような失敗を繰り返さない為にも、基本を怠ることなく、初心を忘れることなく、一歩ずつ確実に足元を固めながら、前に進んでいきたいと思います。
また、毎日を生き生きと過ごせるようにする為に、一日の大半を占める仕事に意欲的に取み、仕事を生きがいや楽しみに出来るように、目の前の事に全力で取り組んでいきたいと思いました。
『致知』2月号の特集記事《一途一心》の中に、このようなお話がありました。
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一途一心(いちずいっしん)とはひたらすら、ひたむきということである。
一つ事に命を懸けること、ともいえる。
あらゆる道、あらゆる事業を完成させる上で、欠かすことのできない心的態度である。
物事の成就はこのコア(核)なくしてはあり得ない。
イエローハット創業者の鍵山修三郎氏は、ある時若い人たちから成功の秘訣を問われ、「成功のコツは二つある」と答えて白板に、「コツコツ」と板書きされたという。
コツコツは一途一心と同義である。この根底にあるのは無心である。心に雑念、妄年が入っては、人間、コツコツにはなれない。
森信三著『修身教授録』にある言葉。
「真の“誠”は何よりもまず己のつとめに打ち込むところから始まるといってよいでしょう。
すなわち誠に至る出発点は、何よりもまず自分の仕事に打ち込むということでしょう。
総じて自己の務めに対して、自己の一切を傾け尽くしてこれに当る。
即ち、もうこれ以上はつくしようがないというところを、なおもそこに不足を覚えて、さらに一段と自己を投げ出していく。
これが真の誠への歩みというものでしょう」
『安岡正篤一日一言』の中にも次のような言葉がある。
「何ものにも真剣になれず、したがって、何事にも己を忘れることができない。
満足することができない。楽しむことができない。
常に不平を抱き、不満を持って、何かの陰口を叩いたり、やけのようなことをいって、その日その日をいかにも雑然、漫然と暮らすということは、人間として一種の自殺行為です。
社会にとっても非常に有害です。毒であります」
では、どういう生き方をすればよいのか。
「いかにすればいつまでも進歩向上していくことができるのか。
第一に絶えず精神を仕事に打ち込んでいく、ということです。
純一無雑(じゅんいつむざつ)の工夫をする…近代的にいうと、全力を挙げて仕事に打ち込んでいく、ということです」
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このお話を読ませていただき、成功していらっしゃる方々は、コツコツと何事にも真剣に打ち込まれ、コツコツとたくさんの事を積み重ねてこられたのだと思いました。
私も今年の目標でもある、「足元を固めて、一から信用を築いていく」為にも、自分の仕事に無心になって全力で打ち込み、力を付けていきたいと思いました。
また、森信三先生が「もうこれ以上はつくしようがないというところを、なおもそこに不足を覚えて、さらに一段と自己を投げ出していく」と書いて下さっているように、自分に負けることなく、妥協することなく、これでもか、というくらい目の前のことに必死で打ち込み、決して傲慢になることなく、常に自分の足るを知ろうとしながら、努力を積み重ねていきたいと思いました。
そして、いつまでも進歩し向上できる人になれるようにしたいと思います。
また、不平不満を抱いたりすることや、漫然と暮らしてしまうことが、どれだけ社会にとって有害になってしまうか…ということを肝に銘じ、仕事をさせて頂けるということに心から感謝しながら、今年は昨年以上に、一途一心に何事にも取り組んでいきたいと思います。










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