朝礼のカレンダーに「笑いは人を潤す」というものがありました。
仕事の中で用いられる笑いには、人を和ますもの、励ますもの、そしてフォローするもの、と、さまざまなものがあります。
中でも、私は周りの温かい方々から「フォローの笑い」を頂いて、助けていただくことがあります。
最近、読んでいる本の中に、この「笑い」に関することが書いてありました。
~池上明さん著 『伝える力』~
円滑にコミュニケーションするより
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「爆笑問題」の危機管理
人に話をするときに、つかみと同じくらい大切なのが、危機管理です。
皆さんご存じの「爆笑問題」。彼らのやりとりは、太田光さんがボケをかまし、田中裕二さんがツッコミを入れる。
このスタイルが特徴です。
実は彼らのこのボケとツッコミは、立派な危機管理にもなっているのです。
あるテレビ番組で彼らとご一緒したとき、こんな事がありました。
太田さんがタレントをからかうコーナーがあり、そこで映画化されるリリー・フランキーさんの『東京タワー』の話題になりました。
この役は何とかさん、これは何とかさん、と話が進んでいって、最後に、「なお、東京タワーの役は和田アキ子さんです」と太田さんが言ったのです。これはウケました。
その時すかさず、横にいた田中さんが、「おまえ、アッコさんこの番組見てるんだぞ」とツッコミを入れました。
この一言が、彼らの危機管理です。
どういうことか。和田さんは芸能界の大御所。彼女を?揄したとなると、大きな問題になるかもしれない。これは回避しなければならない。そこで、太田さんが一言を付け加えたのです。
一見、言わずもがなのツッコミです。でもこの一言をいうことで、
「オイオイ、太田、そういうことを言ってはいけないんだぞ。和田さん、すみません。失礼いたしました。」
というニュアンスが出るのがお分かりでしょう。
ツッコミがエクスキューズ、つまり言い訳にもなっている。
実に高度で見事な危機管理です。
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私たちの会社では、このような形で自然に「危機管理」が行われています。
この場合の、「危機管理」とは、その人に及ぶであろう危機(誤解や悲しい思い)を回避しようと、周りのだれかが自らピエロや悪者となってその人を守ろうとすることではないでしょうか。
社長をはじめ、上司や先輩方、社会経験を積んでこられた方は、必ずこのように人を援助されていますし、私たちはその援助で助けてもらった経験があると思います。
私も最近、お客様と緊張して接する中で、和ませることに気を向けることができずにお客様に退屈な思いをさせてしまいました。
そのときすかさず、上司がピエロになって下さり「笑い」で空気を変え、大きな援助をして下さいました。
管理部門のIさんはこのような気遣いに長けていらっしゃり、朝礼の場や、業務中に困っている人がいたら、すかさずこの「フォローの笑い」を入れていらっしゃいます。
それはなぜか?当然、自分が注目を浴びたくて笑いをとるのではありません。
常に、「困ってる人がいたら助ける」という体制であり、その事が身に付いているからできることなのだと思います。
そして、それだけ周りに目を配り、社内のコミュニケーションを円滑にしようと努力されている証拠だと思います。
決して、自分さえよければいいと思っている人にはできませんし、自分がしてもらったことにも気付かずに通り過ぎている人にはできないことだと思います。
そして、このような援助は「笑い」だけに限りません。援助は形として「注意」や「叱咤」という形であらわれることもあります。
しかし、この形の援助は「笑い」と違い、する側にもされる側にも痛みが伴います。
そして、する側は、自分が痛みを伴うという覚悟をもって、「その人のためになるんだ」と相手を信じないとできません。
でも、これを受ける側は、この援助の形が違うと、助けていただいているという事を見逃してしまい、受け身になって被害者になってしまいます。
私もこれで何度も失敗しています。
でも、これも「笑い」と同じで、その人に及ぶであろう危機(誤解や悲しい思い)を回避しようと、周りのだれかが自らピエロや悪者となってその人を守ろうとする「危機回避」だと思います。
これらは、自分さえよければいいと思っている人にはできませんし、気づくことができません。
もちろん自分がしてもらったことにさえ、気付かず通り過ぎている人には一生周りへ援助することなどできないと思います。
「気づいた人間ほど苦労するのは当たり前。負けずに頑張ろう」
朝礼でも何度も出てきた言葉です。
自分の足りないところ、できていないところに気付くと、目の前に選択肢が出てきます。
「逃げて楽になる」か「努力して改善する」かです。
窓のガラスが汚れている事に気付くと、拭くという努力をしないといけません。汚れを見逃すと、楽にはなれますが一生汚れたままです。
周りからの援助の形が、「笑い」であったにせよ、「注意」や「叱咤」であったにせよ、気づいたら努力をしないといけません。
今までの自分にはできなかった事なので、今までと同じ努力ではできません。今まで以上の努力をすることを「苦労」というのだと思います。
そして、その気付いたことによって、苦労があったとしても、嘆くのではなく「自分がやらなければ、誰がやる!」の精神でやり続けることが、自分の人間力につながるのだと思いますし、そう思って実行されているのだと思います。
だから、自分がしていただいている周りの方々のさりげないフォローや援助を、決して表面だけを見るのではなく、心を見ることのできる人になりたいと思います。そして、気付きが高く「笑い」であれ「叱咤」であれ苦労をして下さっている方に嘆くことをさせないようにしなければいけないと思いました。
そして、援助の「笑い」や、愛情を持った「注意」「叱咤」のできる心ある人になりたいと思います。そのためには、自分がしてもらったことにも気付き、やはり感謝の気持ちが大事だと思いました。










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