私は最近、「自分の良心に従って生きる」「まっすぐに生きる」 ということを以前より意識するようになってきました。
上司が朝礼や、ブログで、よく「自分の良心に従って、まっすぐに生きていかないといけないよ」と話して下さいます。
この会社に入社させていただくまで、自分の良心に従って生きる、まっすぐに生きるということを意識したことがありませんでした。
「自分に正直にまっすぐに生きたいでしょ?」と聞かれると「はい、自分に正直にまっすぐ生きたいです」と答えます。きっと誰もがそう答えると思います。
先日、上司にいろいろ相談をさせていただいていたときに、「ENKOちゃんは違和感を感じないの?」と上司に聞かれたことがありました?
違和感・・・・?????分かっているはずの言葉なのに、とっさに違和感ってなんだっけ?と考えてしましました。
違和感とは、しっくりこないな?とか、なんか違うな?と感じることだと思います。
それは、自分の心が「ちょっとおかしいんじゃない?」と自分にメッセージを送っていることなのだと思います。
その自分の心の声に耳を澄まし、きちんと聞いてあげればいいのですが、人の意見に流されてしまって、自分の意見が言えなかったり、相手の威圧感に負けてしまい、言えなかったり、自分かわいさに、目の前の事実から逃げて楽なほうに行ってしまったりして、自分の良心に従うことなく、違う方向に行ってしまうことがあります。その時は、それでよかったと思っているのですが、後から後悔したり自分の良心に従っていないので、人のせいにしてしまったり、悪い方向にどんどんいってしまったりします。
自分への自信のなさも、自分の良心、本心から目を背けてしまっているのが原因なのではと思いました。
いつも、自分の良心を裏切っていると意識して生きているわけではありませんが、いつの間にやら、弱い自分に負けてしまい、自分を裏切ってしまっていました。そして、少しずつズレが生じてきていたのだと思います。
自分の本心に忠実に生きていかないと、どこかでズレが生じてきます。潜在意識は自分の本心とつながっているので私自身が、どこかで本心を求めていれば、心の声に耳を傾けていれば、そのズレを調整しようとしたはずです。
自分の本心、良心に従って生きるということは、静かに自分の心の声に耳を傾け、それに従うような感覚で行動していくこと。自分の純粋な心、魂が求めるものこそが、自分の進むべき道なのだと思います。
理由も根拠もなければ、恐れも必要ありません。静かにそれを見つめ、ただそれを信じて進んでいく。
自分の本心、良心と自分の軸をしっかり結びつけていきたいと思いました。
加藤諦三の本にこんな言葉がありました。
生きるのが苦しい人は、「自分に正直に生きていない」からです。
私は、生きるのが苦しいとまでは思うことはありませんが、自分と正面から向き合うのが怖くて、出来ていない自分を受け入れるのが嫌で、逃げ出してしまいたくなったり、悩んだり、考えるのがしんどくなってしまうことはあります。
自分に正直に生きるとは、自分が心から望むことを求めて生きているかどうかだと思います。
自分はどうしたいか? 自分は何をしたいか? 自分はどう生きたいか?
日々の生活がしんどいと思ったり、また幸せだと思えないときは、自分に正直に生きていないからかもしれません。
自分に正直に生きている人は、自分が望むものを目的・目標に生きているでしょうし、そのためのエネルギーがあり、イキイキと生活できているのだと思います。
うまくいかないことや失敗することがあっても、自分の目的を忘れずに、へこたれることなく、次の目標に向かって歩き出せるのではないでしょうか。
努力によって、充実感や達成感を感じられることもあるはずです。そして、自分が望むものに向かって精一杯生きたのなら、後悔することは決してないと思います。
幸い私は「違和感はないの?」と上司に聞かれたとき、「違和感ありました。」と答えることができました。
違和感にも気付いていなければ、自分の心の声に耳を傾けることも難しいと思いますが、私は違和感を感じることができたのです。でも、そう感じたのなら、向き合わなければ意味がありません。
違和感と感じたことを聞き流す、通り過ぎるのではなく、きちんと立ち止まって、なんで違和感を感じたのか、心の声に耳を傾け、いろいろなことを改善していきたいと思います。逃げるのも、聞き逃すのも、知らないふりをするのも自分の勝手です。
しかし、自分で自分の声を聞いてあげないことほど、悲しいことはありません。じゃー、誰が聞いてくれるのでしょうか?
誰もいません。
逃げれば、逃げたなりの人生しか歩めません。また、同じ違和感を感じることになると思います。
せっかく、この世に命をいただいたからには、幸せな人生を送りたいです。
仏教の教えにこのような言葉があります。
「善因善果、悪因悪果、自因自果」
幸福という運命は、善い行いが生み出したものであり、不幸や災難という運命は、悪い行いが引き起こしたものなのです。
善いものも悪いものも、自分の運命はすべては、自分のまいたタネが生み出したものですよ と仏教では教えられています。
自分に正直になる を はき違えて、自由気ままに自分勝手にするのではなく、正義に生きたうえでの話だと思います。
自分の心を偽り、他人のせいにし、愚痴の心で暮らしていては、未来はますます暗くなってしまします。
いつも自分に正直に、努力を惜しまず、みなさんに親切にしていく。そのように心がければ、きっと明るい未来が開けていくはずです。
反対に、自分の心に背いたり、さぼったり、嘘をついたり、人を傷つけたりしていては、悪い結果が引き起こります。
一度しかない人生、心から幸せだと思えるように、まず、善悪の判断と自分の良心に従い正直にまっすぐに生きることを心がけていき、そして、以前上司がブログに書いてくださったように、自分自身に恥じない『正々堂々』とした人生を送っていきたい。正々堂々と、そして魂をいれて、命を吹き込んだ行い生き方をしていきたいと思います。










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