「徳を積む」という言葉は以前から知っていましたが、
「陰徳を積む」という言葉を、この会社に入り教えていただきました。
徳には大きく分けて「陰徳」と「陽徳」があるそうです。
その違いは「陰徳」は、人知れず行われ陰に隠れた徳(誰にも知られず、感謝されたり、ほめられたりしない徳)」で、「陽徳」は、その行いが人々に知られて「ありがとう」「素晴らしい」と感謝されたり、ほめられたりするような徳だそうです。
私も陰徳を積める人になろうと、人のために自分のためにと行動しているつもりですが、まだまだ学びが足りなく、人のためにしてやっていると、傲慢さが出ているときがあります。
その傲慢さに気付いたときに、和田裕美さんのお話を思い出しました。
■人の陰に隠れていても
有名でなくとも
その評価を直接受けることができなくても
すぐれた人はたくさんいます。
私のように本を出していると
「本を出せるなんてすごい。」
と思われることも多いのですが
私の場合はたまたま
そういう仕事をさせていただいているだけであって
本を出してなくても
社長や役員じゃなくても
それ以上に素晴らしい人がたくさんいるのです。
■「幸せレシピ」にも書きましたが
知りあいのYさんは
金融業界のすごい人です。
彼が手がけた上場会社は数百にもなります。
でも彼の名前は世間では有名ではありません。
ある時、私は彼に言いました。
「Yさんのように素晴らしいなら
講演でもやったほうがいいのでは?
Yさんの話を聞きたい方がたくさんいますよ。」
と。
■彼は言いました。
「いいんです、和田さん。
私の生きがいはね、
こうやって自分が上場をお手伝いした会社が
会社四季報に載っているのを見ることなんです。
それが私の幸せなのです。」
彼は上場利益をもらっていません。
彼は上場させたことを自慢しません。
私は彼と話していると
自分がとってもちっぽけに見えて、
人の陰でがんばっている
縁の下の力持ちこそ
一番大きな器の持ち主ではないかと
いつも思っているのです。
■誰かが見ているから
がんばることもあると思います。
でも、
誰も見ていなくても
誰かのために頑張れるなら
きっと心が豊かになれます
そして
誰も見ていないときこそ
神様が見ているのです。
自分が見ているのです。
人が見ていないところでは手を抜き
人の前では自己顕示ばかりする要領のいい人に、
多くの人は嫌悪感を持ちます。
見えないその人の
見えない部分が
なんとなくわかるのです。
私は、陰徳を積める人になりたいです。
和田裕美
私も、誰かが見てるとか、見てないとか、褒められるから、とか関係なしに陰徳が積める人になりたいと思っています。が、自分が行ってきた行動を振り返ったとき、人のために私が出来ることは何か?と自分では謙虚に援助の気持ちを持って考えた上での行動が、後になって相手よりも自分が中心になってしまい、相手のための行為だったのに、自分を評価してほしいとか、やっていることに気付いてほしいと、何らかの見返りを期待するようになっていて、最終的には自分の欲求を満たすための自己満足の行為になってしまっていました。
このことも、自分ではなかなか気付くことができず、教えてもらって初めて自分の傲慢さに気付かされました。
私には傾向性があるらしく、人のためにしているはずの行為が、自己満足の行為になってしまっているときは、何気ないメールの一文や、ちょっとした一言に傲慢さが出ているとも教えていただきました。
見返りを求める行いには、ある程度キーワードがあるようです。
・○○のために毎日〇〇しています。
・いつも他人のことばかり考えています。
・自分のことより、人の世話ばかりしています。
・私はお人よしだから。
・別に私がここまでしてあげる義理はないんですけど、やってあげま しょう。
このような思いがあると、陰徳ではなくなってしまっているようです。
自分の心の状態を確認することによって、傲慢になっていないか?
自己満足になっていないか確認したいと思います。
以前から、みなさんが「徳」についてブログを書いてくださっていました。
その中で上司が書いてくださってブログに、「魅は与によって生じ、求によって滅す」という言葉がありました。
帝王学の教えの一つにも陰徳を積むという教えがあるそうです。
陰徳を積み、魅力ある人になる為には、「与える」「自己の器を大きくする」修行、心を磨くことが大切なことなのだと改めて教えていただきました。
私たちは、平等に徳を頂いてうまれてきた。この命をどれだけ役立たせられるか自分を磨き、良い行いを重ねていくことが「徳」をつむ。ということなのだと思います。そして、信じる気持なのかもしれません。
見返りを求めない無私の精神でやっているからこそ、天から応援してもらえるようになり、この積み重ねが子々孫々にまでその余徳が及んでゆくのだと思います。
本当にきれいな純粋な気持ちで、自分の出来ることを見返りを求めることなく、みなさんに喜んで
いただけることは何か、私にできることは何か?とよく考え、多くの人に幸せを感じていただけるような陰徳を積んでいけるように、自分の根幹を見つめなおし、心を磨いていきたいと思います。










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