By/S.D
先日、また新しい素敵な論語に出会いました。
論語を学んでいくうえで、孔子先生が大切にされていた教えを再認識しました。
子(し)、四(し)を以(も)って教(おし)う。
文(ぶん)、行(こう)、忠(ちゅう)、信(しん)。
孔子先生は四つのことを教えられた。
文とは即ち、「学問、古典をよく学ぶ」こと。精進を怠らず研鑽を重ね、書を読み、先達に教えを請うことを厭わず。
行とは即ち、「実践」すること礼楽など学んだことを実行すること。我々は機械ではない。知識を蓄えることは機械でも出来る。だが、機械は指示なければ実践できない。人は指示を待たずとも、己の知識や技術、経験を活かすことが出来る。1を渡せば1を返すだけなら機械でも良い。100を返すことこそ人の人たるが所以。持てる知識は活用してこそ意味がある。「知っている」だけではプロとは言えぬ。
忠とは即ち、「誠実」たること。心に誠のあること。嘘をつかぬこと。隠し事をせぬこと。信頼を得んとすれば、まず誠実たれ。「知られなければ良い」「気付かれなければ儲けもの」では不誠実である。己のすべてを示し、全身全霊を以って向かうべし。
信とは即ち、「信義」言葉に偽りがないこと。相手を信ずること。無知蒙昧であるべきとは言わないが、少なくとも相対するときは疑念を以って見るべきではない。 相手への疑念は自己への疑念に返ってくる。
この教えは、今の私の心に、ずしっときています。
まずは沢山の本を読んで学ぶ。そして自分自身で何が問題なのかを探索し、発見することができる力をつける。そうしたら、発見した問題を解決するために自分自身で行動を起こす。実践、実行の伴わない知識は無いものと等しいのです。本を読んだだけで出来ているつもり、満足している自分に反省です。(すみません)
そして実践、実行を助けるのは、自分自身の誠実な振る舞い、周囲に対して常に裏切ることのない信義によって寄せられる周囲からの信頼なんだと思います。
信頼を得んとすれば、まず誠実たれ。人には信頼を求めるが、自分はどうなのかと考えさせられました。誠実な振る舞いが出来ているだろか?「知られなければ良い」「気付かれなければ儲けもの」という不誠実な態度や行動をとっているかもしれません。今日、上司に注意されたことも、私の不誠実な行動でした。上司がずっと気にしていたことについての電話を私がとりました。しかし、すぐに報告せず、少し時間が経ってから報告してしまいました。その電話を待っていたのを知っていながら、なぜそのような行動をしてしまったのか、反省です。
依頼を受けた仕事に対しての報告。期限のある仕事なのに、期限を守らず、それに対して報告もしない。相手はどのような気持ちで待っているのでしょうか?私を信じて仕事を依頼してくれているのに、期待して待っていてくれるのに、私が誠実な振る舞いをしないばかりに、相手に周囲に迷惑をかけ、がっかりさせてしまっていることがたくさんあるのでは・・・と同時に、私が気付かないだけで、そのような不誠実な行動を許してもらっていることもたくさんあるのでは・・・と反省と感謝の気持ちでいっぱいになりました。
この四つの教えを再認識し、日々、これでいいのか?と自分を振り返りながら君子(思いやりの気持ちがあり、強く正しい行いの出来る人)になれるよう、まずは、自分の不誠実な行動に気付き、心ある誠実な振る舞いをしていきたいと思います。
いつも許していただき、ありがとうございます。












を営んでいます。
と話しかけてくれます。
を言って 反発していた時期もありました。
?という感じでした。
、
、マイナスオーラ全開でした
してくれます。

を向かえ、またひとつ大きくなりました。
