今日の日めくりカレンダー
『一道を究めた人たちは、一様に八十になっても九十になっても
感動する心を失っていない。
その姿勢はそのまま、人に感動を与える力になる。』
無名の彫刻家ロダンは孤独の中で黙々と修業を積み、密かな成熟を
遂げた。
そして、1864年、24歳の時、1つの作品を発表する。
「鼻のつぶれた男」である。だが、ロダンの成熟は当時のサロンには
理解されなかった。作品は落選した。
ロダンは、ふたたび沈黙する。
この沈黙はそれからロダンが若者の像『青春時代』を発表して
世間の注目を集めるまで、実に13年も続くのである。
20歳を過ぎたばかりで神経衰弱を病む、これもまた無名だった
ドイツ人の詩人リルケが、パリ郊外にロダンを訪ねたのは,
ロダンがその地位を確立していた1902年だった。
リルケは約2年間、ロダンの秘書としてロダンの下で暮らす。
リルケは感嘆した。ロダンの生活ぶりに、である。
世間の批評なと゜ どこ吹く風、ひたすら、大理石を刻み、
思索にふけり、また鑿を振るう。黙々とその研鑽を繰り返す。
その姿に感動して、リルケは言った。
「ここに生き神様がおられる。これだけ我慢でき、
これだけ仕事に情熱を注ぎ得る人は神様だ」
ロダンの生活と人格に若い詩人の魂が
感応し、リルケもまた詩人として大成していくのである。
後年、リルケはこういう言葉を残している。
「私の課題は私自身を成熟させることだ。」
若年期のロダンの生活の中からこの言葉がうまれたことは
想像に難しくない。
「我流」とは、単なるわがままのことではない。
単なる気まま、自分勝手のことではない。リルケの言う
「自分自身を成熟させる」ことである。
大いなる理想に向けて自分を成熟させていく、そのプロセスの
果てに自然に生まれてくる、あるいは形成される、その人なりの
流儀 それこそが「我流」なのである。
「守破離」という言葉がある。
世阿弥の『花伝書』に書かれ、また武道などでも言われる、
修業の姿を示す言葉である。
『守』 最初の段階では、指導者の教えを守っていきます。
できるだけ多くの話を聞き、指導者の行動を見習って、
指導者の価値観をも自分のものにしていきます。
学ぶ人は、すべてを習得できたと感じるまでは、
指導者の指導の通りの行動をします。
そして、指導者が「疑問に対して自分で考えろ」と
言うことが多くなったら、次の段階に移っていきます。
『破』 次の段階では、指導者の教えを守るだけではなく、
破る行為をしてみます。 自分独自に工夫して、
指導者の教えになかった方法を試してみます。
そして、うまくいけば、自分なりの発展を試みていきます。
『離』 最後の段階では、指導者のもとから離れて、自分自身で
学んだ内容を発展させていきます。
厳しく鍛えて基礎を完璧に自分のものにするのが「守」である。
その向こうに創造性が芽生える。 「破」である。
そして自分のリズムで自在に動く境地が出てくる。それが「離」である。
これはそのまま「我流」の姿でもある、と言えるだろう。
「離」に至るのは至難の業である。だが、「守」がなければ「破」にも
「離」にも至り得ないことを我々は知るべきである。
どの道にも必ず型というものがある。
そして、繰り返し繰り返し、型の稽古をしなければならない。
型は昔から代々受け継がれてきているが、実は少しずつ工夫が
加わって次第に良いものだけが残されてきている。
型は常に同じものではなく、変化している。
受け継いだものを守り、現代(いま)に合わなくなったものを
捨て去り、そこに新しく、独自の工夫を加え、それを繰り返す。
そして今までの型を越える、独自の世界(オリジナリティ)を
創り出していく。
このような教えの下、ひたすら、自分の特徴を生かして、
人に感動を与えられる人間になるために学び続けたいと思いました。
致知の購読されている方でも、素晴らしい方が沢山いらっしゃて、
中でも、「私は、93歳の老農です。死を直前として少しでも磨きを
かけて旅立ちたいと勉強しています。……」
というような内容のお手紙を頂かれたそうです。
素晴らしいと思いました。