苦境が人を鍛え上げる by/N.E
「気持ちがすさんでいれば、どんなに良い環境にいても悲惨な境遇と
変わらず氷のように冷え切ったところにいるようなものだ。
気持ちが健やかであれば、苦境に陥っても氷が溶けて水になるような
暖かさに包まれた気分で生きていける。」
人生は、本来意に染まない事が多いものだが、そういう時にも正面から
向き合わなければならない。
しかしながら、決して苦難の道しか残されてないと考えるべきではない。
世の中は、「正」と「負」が表裏一体になっている。
悲しみや苦しみからは、喜びや楽しみが常に生まれ、衰退や敗北からも
繁栄や栄光が立ち上がってくる。
昔から「楽は苦の種、苦は楽の種」というではないか。
喜ぶべきことに、生活が苦しくても、笑いが絶えず、あたかも苦しい
ことが無いようかのように振舞う人々がいる。
そういう人々は、「楽しいのは心の動きであり、外界によって
左右されるものではない。」という。
孔子は、弟子の顔回(がんかい)を次のように賞賛した。
「質素な食事、わずかな飲み物、狭苦しい路地裏住まい。
普通の人にはとても我慢出来ない赤貧の暮らしでも、顔回は相変わらず
楽しく生きている。まことに素晴らしい人物である。」
たくましく生きている人は、困難な生活でも不安におののくことは、
ないのである。
苦しいと思うかどうかは、気持ち次第でどうにでもなることを
知っているからである。
不遇な日々でも落ち込むことは無い。
なぜならば、耐え忍んでいれば、苦しい時ほど、そこから得られる
果実がますます美味であることを承知しているからだ。
だからこそ逆境は必ずしも悪いことばかりではなく、素晴らしい
恩恵もあたえてくれるのである。
苦境は、人の頭を働かせ、精神力を鍛え上げ、後に人格を育むのである。
前回に続き『菜根譚』の一説です。
人生の中で、会社(社会)で、家庭で良い事もあれば、悪いこともある。
人生には楽あれば、苦あり、その繰り返しで人生は変化し、過ぎていく。
過ぎていく過程をどう過ごすか・・・
辛いとか悲しいと思う事が起きたときに、どう対応するかで、
その先の人生が変わります。
苦しい、辛いと嘆き、悲観し、逃げるのか。
苦しいけど、頑張ろう。辛いけど耐えよう。逃げずに立ち向かおう。
両者の違いは、どこに出るのでしょうか?
いつかのカレンダーにあったように『一筋の光明』で違いがでるように
思います。
暗いトンネルの中、じっと目を凝らしていると、一筋の光明が、
行き先を照らしてくれます。
逆境に耐え切れず、暗闇をやみくもに逃げ回っては、行き先もみえず、
出た先は崖かもしれないし、途中で息絶えるかもしれない。
でも、暗闇でじっと耐え、泣きたくなることもあるかもしてないが、
泣いてしまうくらい、暗くて怖くて辛い思いをしても、先にある光を
信じて、疑わず、進んだものが一筋の光明に照らされ、歩むべき道を
歩めるのだと思います。
松下幸之助氏のお話の中で、
『悲観したり、思うようにいかなかったり、 迷うときもある。
もうこれしかないと運命をかける事ができるかどうかが、
成功と失敗の分かれ道となる。』 と。
人は、逆境に陥ると心が迷いはじめます。
心が迷い、後ろ向きになった時、正しい道を見失います。
逆境は必ずくるものです。真摯に受け止め、それを乗り越えたとき、
たくさんの悲しみや辛さがあった分、人は大きく成長します。
迷わない自分になれます。
心の成長が、次の成長を生み、また次の成長を生み・・・
そうやって、逃げずに、しっかりと足を、心を踏ん張って自分の成長を
楽しみたい。
そう思います。









