今日の朝礼の日めくりです。
「仰ぐべき師を
持たぬ人生は
大きな不幸である」
『荀子』(じゅんし)はいう。
人には三不祥あり。
幼にして長に事(つか)ふるを肯(がえ)んぜず。
賤(せん)にして貴に事ふるを肯んぜず。
不肖(ふしょう)にして賢に事ふるを肯んぜず。
人に三つよくないことがある。
幼いのに年長の人につかえようとせず、
卑賤なのに貴い人につかえようとせず、
愚かなのに賢者につかえようとしない
仰ぐべき師をもたぬ人生は大きな不幸であることを、先哲の言葉は教え
ている。
とても、むずかしい言葉での日めくりカレンダーだったので、
さらにどういうことかを掘り下げようと思いました。
すると、この「仰ぐべき師を 持たぬ人生は 大きな不幸である」
というメッセージには深い深いものがありました。
この「小さな人生論」の中の文章を読んで、私は、衝撃を受けました。
感動で涙が溢れてきました。 胸がいっぱいになりました。
こんな感動は、久しくなかった感動でした。
そして、自分の愚かさに情けなさに涙がでました。
わが心の先師先賢
吉田良次さんは兵庫伊丹の跡継ぎに生まれた。安岡正篤師に出会ったのは、昭和24年、18歳の時である。
「自分の人生は一介の農民としてこのまま終わっていいのか」--
その煩悶(はんもん)が師の門を叩かせたのである。
煩悶 (悩み苦しむこと)
以来、吉田さんは農業に勤(いそ)しむ かたわら安岡師に親炙(しんしゃ)し、古今の聖賢の教えを学ぶ道に入った。
親炙 (親しく接して感化をうけること)
吉田さんの非凡な点は、その学びをわが身のみにとどめなかったところにある。自分が培ったものを少しでも後世にと、自宅の納屋を改装し「丹養塾幼児園」という保育園を開設、古典の徹底した素読教育を実践したのである。
二歳から六歳まで、園児は常時20人ほど。吉田さんは、自分が感動をもって、学んだ古典の言葉をそのまま教えた。
子供たちの1日は、朝30分の"勤行"から始まる。
「禊祓詞」(みそぎはらいのことば) 「修証議第四章・発願利生」(しゅうしょうぎ だいよんしょう・はつがんりしょう)「般若心経」、それに本居宣長などの「和歌」、三輪執斎の「憤」なを唱和するのである。
意味を教えたりはしない。解説を加えることもしない。吉田さんが先頭に立ってとにかく朗誦(ろうしょう)する。子供たちが後について和する。
この繰り返しが驚くべき力を発揮した。一年もしないうちに、どの子も古今の名言をすらすらと朗読するようになったのだ。それだけではない。新しく入ってきた子は年上の子に倣って朗読するようになる。そして、いつか漢字交じりの原文を読み、書き、意味を理解するようになっていくのだ。
平成15年11月20日、吉田さんは亡くなられた。
葬儀では園児を代表して六歳の吉田歩未ちゃんが、「お別れの言葉」を読んだ。
その原文がある。筆跡は六歳児らしくたどたどしい。だが、漢字仮名まじりで書かれたその文章は、誰に教えられたのでもない。紛れもなく六歳の子どもが自分で考え、自分の手で書いたものなのだ。
そのまま引用する。
お別れの言葉
園長先生、歩未の声が聞こえますか。
二歳十か月の時、丹養塾幼児園に入園してから、漢字、算盤(そろばん)、諺(ことわざ)、俳句、花園文庫、伝記、少年日本史朗誦集など、園長先生には沢山の事を教えて頂きました。毎日、一所懸命勉強して南宋の文天祥の正氣歌を暗誦できるやうになった時も、園長先生はとても喜んで褒めて下さいました。 それから、園長先生は、色々な所にも連れていって下さいました。北海道巡歴研修でクラーク博士の像の前で「青年と大志」を朗誦した事、青森駅のデパートの)軒先で野宿した事、北陸巡歴研修で、永平寺で座禪をした事、橋本佐内の銅像の前で啓發録を読んだこと、沢山の楽しい思ひ出があります。他にも親子教室甲山の遠足、運動会、お餅搗き、立志集、卒園式、小音楽会、桃太郎の劇など園長先生に教えて頂いた素晴らしい思ひ出が沢山できました。
これから園長先生は天国へ行って、私達の事を見守っていて下さい。
私達は、園長先生に教へて意味を頂いた事をいつまでも忘れず深くさぐって強く引き出す人になります。天から受けたものを天にむくゆる人になります。そして、この世に役立つ人になります。園長先生、ありがとうございました。
平成十五年十一月二十三日 園児代表 吉田歩未
吉田良治さんにとって、安岡正篤師はまたとない「わが心の先師先賢」であった。同時に園児たちにとって、吉田さんは、かけがえのない先師先賢であったのである。
この吉田歩未ちゃんの六歳児とはとても信じられないような格調高い一文が、余すところなくそのことを示している。
良き師を得、良き先達にめぐり会い、学び得た者の豊穣をここに見る思いがする。
先師先賢に学びたいものです。
ちなみに、あの忌まわしい「池田小学校事件」覚えてますか。
あの時、大勢の先生が、大人が現場にいたのですが、
みんなパニックで何も出来なかったそうです。
3人の児童が相談して、警察に電話を入れました。
それが、この丹養塾幼児園の卒園児だったのです。
我々人間は、最初は物まねから学び、次第に自らが「考え」成長していくのだと思いました。
そして、この様な智慧を親として与えられるような存在にならなければいけないと!そのためには、沢山の奥深いそして、高次元な学びをしていきたいと思いました。
この丹養塾幼児園の園児たちはもちろんのこと、その親御さんも自然に学んでいかれているはずだし…
世の中には本当に素晴らしい方々がいらっしゃるんですよね。
自分の愚かさ未熟さを痛感し、どんどん素晴らしい方たちと縁できる自分になりたいです。
『考える=神返る 』
神様 対 自分
の対話を通して適切な答えを導き出す。
本来「考える」というのは、楽しくてたまらないことなんだと思います







