「人間の修養の眼目は、これを内面からいえば、
心を浄(きよ)めるということであり、
これを現われたところから申せば、
まず言葉を慎むということが、
その中心をなすといってもよいでしょう」
「あなた方は、静かに、しかもすっきりと歩くようにと、
常に気をつけることが大切でしょう。
その人の歩行がバタバタと慌ただしいのは、
結局はその人の心がガサガサしている証拠であります。
同時にまた歩行を静かにするということは、
逆に心を静かに保つゆえんでもありまして、
歩行をすっきりさせるには、
どうしてもまずその心をすっきりさせなければなりません」
「そもそも人間の『気品』というものは、
いわばその人の背後から射(さ)してくる
後光みたいなものでありまして、
それは結局その人が他人の見ていないところで、
どれほど自己を慎むかどうか、
その程度によって光の射し方が違ってくるわけであります」
「現在自分の受けつつある不幸を、
単に自分ひとりが嘗(な)めさせられていると考えるか、
それともこうした不幸によって、
自分の甘え心を取り去るために
神の深い計らいが働いていると気づくかにより、
その人の一生にとって、
実に大きな分かれ目になると思うのであります」
「実際女性としての真価は、
ある意味ではその人のたしなみいかんによって
決まると申してもよいでしょう」
「子どもにとっては母親は絶対ですから、
したがって良きも悪しきも、
子どもはそのすべてを母親に学ぶところからくるわけでしょう。
かくして今あなた方について申すとすれば、
現在あなた方の一挙一動は、
そのまま未来のあなた方の子どもの中へ
種子として蒔(ま)かれつつあるといってもよいでしょう」
「苦労のどん底にありながら、
そこに人生の教訓の泉を掘り当てるまで、
全力をあげてこれと当面していかねばなりません。
そうすることによって、初めてわたくしたちは、
まずは一人前の人間になれるというわけでしょう」
(森信三・著/寺田一清・編)









