
心の形・・・

左右対称で、下の1点で支えています。
左脳と右脳、心と頭、なんらかのバランスが崩れると、
ハートがグラグラする。
バランスが取れていれば、ピタッと安定したハート。
こちらが神経質になり過ぎなのか?相手が無神経過ぎるのか?
あるいは、逆なのか?
人にはそれぞれの人格があり、性格があり、気が合うとかいつも同じ感覚を
抱くという人もいますが結局のところ別の固体なので、全く別の心を有してい
る訳で、自分と同じ思い感覚をもった人は、極論から言えばいない。
それが、わかっていても、相手の無神経な一言や態度に振り回される事とい
うのがありますね。
それは、上記であげたように、相手が無神経なのか、こちらが神経質なの
か‥‥????
こちらが、必死に考えて、接していても、相手は何も考えてない、
何も思ってない・・・
そこに歪みが生じる。
考えすぎると『苦のループ』にはまってしまって、いつまでもグルグル抜
けれなくなるもので・・・
ハートのぐらつきが生じてくる。
物事に対処するのに仏陀の処方箋というのがあります。
般若心教に無苦集滅道がありますが、その苦集滅道です。
生は苦しみであることに気づき、その苦しみには原因があることを知り、
その苦しみを滅することが出来る事を知り、そのための道、方法がある
ということです。
まず、最初にその事実に気づくということが第一歩です。
この生が苦しみであると認識したところから、仏陀の探求と教えが
あります。
その事実に気づかない限りは探求も癒しもはじまらないわけですね。
苦しみとは何なんでしょう?
それは人それぞれこの人生を生きていく中で感じるものでもあります。
虐待や暴力、怒りや嫉妬、恐怖、罪悪感、裏切り、許せない思い、悲しみ、
孤独感、人それぞれ内側に苦しみをかかえています。
まずその苦しみを意識すること、認識することが第一歩です。
次にその苦しみには原因があるということを知るということです。
すべての苦しみには原因があります。
例えば、なんらかの否定的な感情を認めないで抑圧していると、それが
自分の中に蓄積されていきます。
自分の感情を抑圧すること自体が自分を傷つけてしまう。
自分に対して苦しみを与えてしまうのでしょう。
そうするとその抑圧した感情、怒りなどを吐き出すために、それが周りの
人や他人に対する怒りとなって周りの人を、自分を、傷つけるわけです。
それらはその人の中にある感情から引き起こされています。
その感情を変容していくことが必要なわけです。
そして、そのための方法が必要になってくるわけです。
それは一言で言えば「気づき」なのかと思います。
感情への暴力は心身に蓄積していきます。
それを変える方法を知らなければ、自分の痛みを有害な形で出し、
誰かを、自分を、傷つけてしまうかもしれません。
あるいは自覚することもないまま押さえつけられた感情が、心の中で
爆弾となってしまうかもしれません。
最終的に、自分の感じている暴力が自分自身に向けられて、心の痛み
から逃れる道がどこにも見つからず自己破壊的な行動にでてしまうかも
しれません。
まずは、自分の心と向き合う。
真実を見る。
よく聞く。
感じる。
そうしていくうちに、ループからの抜け道、一筋の光明が現れるんでしょう。
最近の朝礼の日めくりカレンダーで出てきた言葉。 『忍耐』
『忍』・・・心に刃。
刃というのは、切れものですが、人や自分の心を傷つける為にあるものでは
ないんだろうなと思いました。
キリスト教で、大天使ミカエルという天使がいます。
天使でありながら、大きな剣をもっています。
なぜか?・・・人の心にある低い次元や意識、苦しみを切り離す為の剣だ
そうです。
忍の刃も、同じなんでしょうね。
心にある刃を上手に使っていければ、
道が切り開かれていくと信じています。
いい加減じゃなく、真剣に考え 生きていく事を楽しめる事が
幸せじゃないかと思います。
担当N.E









