最近、つくづく感じ想うこと‥‥‥
出会いというのは、不思議なもので・・・。
人と人との出会いというのも、よく考えるととても不思議です。
どうしてこの人と出会ったんだろう?
どうしてこの人を好きになったんだろう?
あるいは嫌いなんだろう?
偶然のようでありながら、よーく考えてみると、実は出会うべき必然があっ
て出会っているんではないかって思われますね。
そこには学ぶべき、感じるべき、惹かれあう、何かがあるんでしょう。
少なくとも、そこで、ある人間関係が形成されていれば、そこに惹かれるの
は、そこに惹かれるべき何かがあるんでしょうね。出会うべくして出会った
運命?
最近になって、ようやく人生は何があっても、それは学びなんだ、って思う
ことが良くあります。
こうなるようになってるのかもなぁ~なんて・・・。
それに振り回されて、病んでる(?)時期もありましたが、少し心の成長と
信じる心が発達したのか
何があってもそれなりに楽しめるようになってきました。そういうもんなん
だと思えるように。
すべて、内なる心との戦いなんだわって。(とはいうものの、まだまだです
が・・・日々精進。)
これが良い、これが悪い。この人が好き、この人が嫌い。
全部、自分の心が決めてるんですもんね。
大好きなアイリーンさんの言葉
「人のことを考え、人の気持ちを感じることを学び、自分がされたいよ
うに人にもする事を学びなさい。
人の人生の中、心の中にはいり、そこに愛と思いやりを注ぎ込んで、批
判や審判、それに非難などはすべて去ることを学ぶのです。愛は、あら
ゆる反感や憎しみを美しいものへと変容させてしまう力を持ち思いやり
は、ずっと閉ざされてきて、反応のない冷たいままの心を開くことが出
来るのを知りなさい。
『悪に抗うのではなく、善で克服せよ』という言葉を生きる中で実践するの
です。」
悪に悪で対抗しても、悪+悪=悪 しか生まれないだな。
悪+愛=愛 愛の勝ち! みたいな感じでしょうか・・・
ここからは、わたしの好きなHPのワタナベさんのブログより~
聖書の言葉には、
「汝の隣人を汝のごとく愛しなさい」
と言う言葉があり、周りの人々を愛することは、人生の中で、本当に大
切だと思っていましたし、それは、自分を労わることよりも優先すべき
ことだと思い込んでいました。
自分を客観的に見てみたときに一つ発見がありました。
「自分に厳しい人は、人にも厳しい」と。
私は、人に優しくしてきたつもりでしたし、人の心の痛みを汲み取って
あげることをとても大事にしてきたものの、自分が不幸で、自分を大事
にできていないときは、他の人にも厳しかったような気がします。
表向きは、優しく接しているつもりでも、今思えば、影でその人の行動
を裁いていたことも多々ありました。「普通は、こうじゃない?」と、
自分基準の「普通」を持ち出して、あたかもそれが、マナーのような、
ルールのような、自分が何者かにでもなったかのように、相手を裁いて
いた時期があったかもしれません。
とりあえず、周りからは「○○さんは、優しい」とは言われてはいたも
のの、本当に意味では全然優しくなかったのです。今思えば、ニュート
ラルでなくて、偏った見方をしていたなー、と恥ずかしいです。
心の余裕がもてたとき、時間の余裕が持てたとき、そして、ほんのちょ
っとお金の余裕が持てたとき、それを自分を労わるために、自分の癒し
のために、自分を喜ばせるために、それらを用いたときに、本当の意味
で人にも優しくできるのだな・・・と最近特に実感しております。
先ほどの聖書の言葉をもう一度よく読んでみると、「汝の隣人を汝のご
とく愛しなさい」
汝のごとく、つまり、自分自身のように他人を愛するわけですから、ま
ず、自分自身の愛し方を知らなければ、隣人をも愛することはできな
い、という意味です。
たまーに、このような相談をされることがあります。
「私は、人に優しくできない。どうしたらいいか」と。
大抵の場合は、そのような人はやはり自分にもかなり厳しいことが多い
ようです。
自分ができていることよりも、できないことに注目して、
「どうしてできないんだ」とか「自分はまだまだ・・・」とどうしても
自分を褒めてあげられない。
もちろん、それは見方を変えれば、その人は向上心があるんですが、そ
のような形で向上しようとすると、成長に時間がかかることがありま
す。
ほら、人間は「褒められたほうが伸びる」から。
何もこれは子供だけに限ったことじゃないんですよね。
誰だって褒められたらうれしい。
うれしいと頑張れる。
叱られると悲しい。
悲しいとやる気がでないものですもんね。
私も、向上心という名のもとに、自分の成し遂げたことを褒めてあげる
こともせず、いつもできない自分を鞭打ってきました。もう、その時期
は、心身ともにズタズタ・・・きっとそんな人は多いはず。
日本人の気質は、元来真面目で、どうも、苦行を強いてしまうような特
質がどこかに根強く残っているのかも。今まで頑張りすぎてきた皆様、
こんな未熟な私が言うのも、恐縮ですが、どうぞ、本当の意味でご自愛
くださいませ。
まず、自分に優しく、自分を褒めて、自分を喜ばせて、自分を労わって
癒してあげてください。
自分で自分の心と感情を思う存分満たしたとき、自然に周りには優しく
なれてくるものです。
自分を大事にするとまず、こんなことがおきます。
○自尊心が持てるようになる。
○幸福感に満たされてくる。
○周りと比べなくなる。
○周りの言動がどうでもよくなる。
○周りの苦しい人がいると、助けたいと思う。
○周りの人が喜んでいると、自分のようにうれしくなる。
上記の点は、マイナスの部分を排除しよう、ってことではなくて、マイ
ナスの部分もしっかり認めて受け止めた上で、かつ、これまで何十年も
がんばってきた自分を認めてあげて、優しくしてあげることは、これか
ら生きていく上で、とても大事なことのような気がします。
偉そうなことは言えませんが、これからも「自分に優しく」をモットー
に生きていこうと思います。
_____________________________________________________
素晴らしい!!
そうそう!そうだなぁ~って赤ベコの人形のように、何度もうなずきながら
読ませて頂きました。
汝も隣人も 愛せよ!!
こうして、幸せの○(輪)が広がっていくんでしょうね。
何か問題があっても、つまずいても人や周りのせいにせず、自分の心と対話
して、まず自分の事をしっかり見つめ、認め、愛し、周りの人へ配信。
すべての物事、存在には意味があり、出会うべくして出会い、起こるべきし
て起こる。
それが必要だからなんでしょうね。
「空気を読む」という言葉がありますが、この空気・・・は、場の雰囲気と
いう意味だと思いますが、人と人との間にも、目にはみえない空気のような
ものがあって、その空気をみだすと対人関係が上手くいかないのかなぁと思
います。
決して、気持ちを押し付けてはいけないし、無視してもいけないし。
(ここに関しては思いはたくさんあるが、長くなるので・・・)
縁あって、出会った人と人の間にある空気を、ほんわかした空気で包みたい
ものです。
合掌
担当 N.E














